第16話 ヘレンは見た

 ヘレンは、エルムデールの街の領主であるトーマス・ハミルトン伯爵に仕えるメイドである。

 その役目はトーマスの一人娘であるシャーロット・ハミルトンの護衛とお世話であるが、最近はもう一つ、重要な仕事を任されている。

 レベル99の兄妹、アキラとユイの情報収集だ。


 今日もヘレンは冒険者ギルドを訪れ、なじみのギルド職員に声をかけた。


「ギルドマスターはいらっしゃいますか?」


 職員は少し困ったような表情で答えた。


「今ちょうど、勇者ドレイク様がいらしてまして、ギルドマスターは訓練場に向かわれました。なんでもドレイク様とアキラさんが戦うことになったそうです」


 ヘレンは思わず眉をひそめた。

 アキラ様が戦いを求めるとは到底思えないので、おそらく傲慢なドレイク様が、アキラ様に因縁をつけているのだろう。


 しかしこれは、アキラ様の実力を見る絶好のチャンスかもしれない。


「それは面白そうですね。私も見物させていただきます」


 職員に案内され、ヘレンは訓練場に向かった。


 そこで見たものは、世界最強であるはずの勇者ドレイクを圧倒する、アキラの姿。

 あまりに圧倒的なその姿に、ヘレンは言葉を失ってしまう。


 が、呆然とばかリしてはいられない。

 情報収集の任務を思い出したヘレンは、ブラッドリーのもとに駆け寄る。


「ブラッドリーさん。あの、勇者ドレイク様の腕ですが、どうなりますでしょうか?」


「ああ、ヘレンか。ドレイク様の腕は、あの通り完全に灰になっっちまったからな。どんなヒーラーを呼んでも治療は無理だろうな」


 ヘレンはブラッドリーの視線の先にある、ドレイクの腕だったものを見る。

 ユイの魔法で焼き尽くされた今では、灰の塊にしか見えない。


 性格には問題があったが、ドレイク様は魔王軍との戦争に欠かせない存在だったと聞く。

 そのドレイク様が再起不能になったという事実は、非常に重いと言えそうだ。


「ブラッドリーさん、私はこれから領主様に報告に向かいます」


 ヘレンはブラッドリーの返事を待たず、領主の館に向けて駆け出した。


    ◇    ◇    ◇


 領主の館に到着したヘレンは、トーマスとシャーロットがいる談話室のドアをノックした。


「入りなさい」


 トーマスの声に促され、ヘレンは部屋に入る。

 トーマスはデスクで書類を読んでおり、シャーロットはソファでお茶を楽しんでいるようだった。


「トーマス様、シャーロット様、大変なことが起こりました」


 ヘレンの切迫した様子に、二人とも顔を上げる。


「冒険者ギルドで、勇者ドレイク様がアキラ様を殺そうとして、返り討ちにあって再起不能になりました」


「何だって!?」


 トーマスが驚愕の表情で立ち上がった。


「どういうことだ、詳しく話してくれ」


 ヘレンはアキラとドレイクの戦いの一部始終を報告した。

 アキラがドレイクの大剣を受けながらも無傷だったこと、アキラがドレイクから剣を奪い、両腕を切り落としたこと、ユイがその腕を灰にしたこと。


 トーマスは信じられないという表情で何度も頷いていた。


 一方、シャーロットは複雑な表情を浮かべていた。


「ドレイク様も自業自得ですわ。アキラを殺そうとするなんて」


「ええ、その通りだと思います」


「とはいえ、これは一大事だ。次に魔王軍が攻め込んで来た時は、勇者抜きで戦うことになるのだからな」


 トーマスは難しい顔で腕を組んだ。


「この一件は陛下にも報告せねばなるまい。アキラとユイについても、きちんと説明しなければ」


「お父様」


 シャーロットが口を開いた。


「アキラとユイは王国の宝ですわ。この国で二人の力を存分に発揮してもらえるよう、お願いしますわ」


 トーマスはしばし考え込んでから、力強く頷いた。


「分かった。私からも陛下にそう進言しよう。この件で、二人の罪を問うようなことがあってはならない」


 こうして、アキラとユイのによってドレイクが再起不能になったことが国王に伝えられ、国王から貴族達に『アキラとユイに決して敵対してはならない』との命令が下ったのだった。

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