第17話 卒業旅行

「お兄ちゃん。唯、卒業旅行に行きたい!」


 いつものようにウサギ亭の1階で朝食を取っていると、唯が唐突なことを言い出した。


「卒業って、いったい何からの卒業なんだ?」


「それはもちろん、中学生からの卒業だよ。ほら、今って3月でしょ?」


「確か今日は…… 3月20日だっけ?」


 マイホームの時計に日付が表示されるので、俺達は日本基準で今日の日付を認識している。


「そうだよ。日本にいたらちょうど中学を卒業する頃だよ。だから卒業旅行に行こう!」


 中学生が卒業旅行ってあんまり無いような気もするけど、十分な収入もあるし、たまには旅行に行くのもいいかもな。

 この街はいい所だけど、もしかしたら他にもっといい街に出会えるかもしれないし。


「よーし。じゃあ旅行に行こうか!」


 俺が同意すると、唯の表情がぱあっと明るくなった。


「本当に!? やったー! お兄ちゃん、大好き!」


 唯が目をキラキラさせながら、俺の腕にしがみつく。

 唯は本当に可愛いなぁ。


 さて、旅行となるとどこに行くのが良いだろうか?

 そういえば、知り合いの冒険者達からは旅行に行ったという話を聞いたことが無いな。


「唯はどこか行きたい所ある?」


「うーん、ちょっと思いつかないかも。この国にはどんな観光地があるのかな?」


「観光地か…… 旅行代理店とかは無いだろうから、いろいろ知ってそうな人に聞いてみようか」


 ということで、朝食を終えた俺達はウサギ亭のおばちゃんに聞いてみることにした。

 するとおばちゃんは


「アキラ君とユイちゃんが2人で旅行なんて、ロマンチックだねぇ。でもこの街じゃ、若い冒険者でも旅行なんてほとんどしないよ」


「えっ、どうしてですか?」


 俺は驚いて尋ねた。


「街の外は魔物がいて危ないからね。気軽に街の外に出られるのは、護衛がたくさんいる貴族か、高ランクの冒険者ぐらいだよ」


 なるほど。確かに街の外には魔物が出るから、気軽に旅行するのは難しいかもしれない。

 でも俺達の場合は、魔物が出ても旅行のついでに倒してしまえばいいだけだ。

 マイホームのスキルがあるから、野営になっても全く問題が無いし。


「どこかお勧めの観光地とかってありますか?」


 俺がおばちゃんに聞くと、


「観光地…… ちょっと思いつかないねぇ。私も旅行なんて行ったことがないしね」


 うーん。やっぱり庶民には旅行は縁遠いものらしい。

 ここは気軽に会いに行ける貴族、シャーロットにお勧めの観光地を聞いてみるとしよう。


「ごちそうさまでした。俺達、ちょっとシャーロットに会ってきますね」


「うん、行ってらっしゃい。気をつけてね」


 俺達はおばちゃんに別れを告げ、いつものように手を繋ぎながら領主の館へと向かった。


    ◇    ◇    ◇


 領主の館に到着した俺達は、応接室に通された。


「アキラにユイ、今日はどうしたの?」


 紅茶のカップを手に、シャーロットが不思議そうに俺達を見る。


「実は俺達、旅行に行きたいと思って。お勧めの場所ってある?」


「そうねぇ。王都なんてどうかしら? この国で一番栄えている都市よ。わたくしも一度だけ行ったことがあるけど、すごく賑やかで楽しい所でしたわ」


 なるほど。王都か。

 唯の卒業旅行にちょうどいい場所かもしれない。

 色んな文化や食べ物、観光地を見て回れて、唯にとっても楽しい思い出になりそうだ。


「王都か。確かに1度は行ってみたい場所だよな」


「行くなら私も一緒に行きたいですわ! 色んな所を案内してさしあげますわ!」


 シャーロットが目を輝かせて言う。

 でもその時、ヘレンさんが止めに入った。


「ダメですよ、シャーロット様。先約がたくさん入っておりますから」


「そんなぁ…… アキラとユイと一緒に旅行したかったのに」


 がっかりしているシャーロットを見ると、ちょっと可哀そうになる。

 でもまぁ、領主の娘が急に旅行に行ったりは、普通出来ないだろう。


 俺はシャーロットに感謝の言葉を伝えた後、唯の方を向いた。


「唯、王都ってどうかな? シャーロットのお勧めだし、良さそうだと思うんだけど」


「うん、私も王都がいいと思う。この国で一番の都市なんでしょ? きっとすごくにぎやかで、見るものがいっぱいありそう!」


「よし、じゃあ王都に決めようか」


「決まり! 王都に行くの楽しみ!」


 唯が満面の笑みを浮かべる。

 よし、これで目的地は決定だ。


 俺は再びシャーロットに向き直った。


「旅行先、王都にするよ。色々と案内してくれてありがとう、シャーロット」


「もう、ずるいわ。わたくしも行きたいのに」


 こうして俺達の卒業旅行の行き先は、この国の中心地である王都に決まった。

 シャーロットとヘレンさんとの楽しいお茶会の後、俺達は領主の館を後にした。


「王都かぁ。楽しみだね、お兄ちゃん!」


「そうだな、観光名所もいっぱいあるだろうし、ついでに良い武器とかが売ってたら買いたいな」


 鋼の剣は、ドレイクの剣にあっけなく切断されてしまった。

 すぐに買いなおしたけど、鋼の剣では強敵には通用しないことを痛感した。

 できれば王都でミスリルの剣を入手したい。


 俺達は期待に胸を膨らませながら、次は冒険者ギルドに向かった。

 一応ブラッドリーさんにも報告しておいた方が良いと考えたからだ。


    ◇    ◇    ◇


 ギルドに到着し、ギルドマスターの執務室のドアをノックすると、中から「入れ」と声がした。

 俺達は部屋に入り、ブラッドリーさんに挨拶をする。


「ブラッドリーさん、ちょっとお話があって」


「ほう、どうしたんだ」


「俺達、しばらく街を離れようと思ってるんです。王都まで旅行に行こうと思いまして」


「王都か、まぁお前達ぐらいの年だと、一度は行ってみたくなるよな」


 俺の報告にブラッドリーさんは納得したような表情で頷いた。


「で、どれくらいの期間旅行するつもりなんだ?」


 ブラッドリーさんが旅行の期間を聞いてくる。

 そういえば、具体的にどのくらい旅行するか決めてなかったな。


「えっと…… 1週間くらいかな? 唯はどうしたい?」


「唯は2週間くらい旅行したい! せっかくだし王都をゆっくり観光したいもん!」


「そうだな。じゃあ2週間くらいのつもりで行こうか」


「うん。決まり!」


 唯が嬉しそうに頷く。

 俺はブラッドリーさんに改めて伝えた。


「2週間ほどの旅行になると思います。その間はギルドの依頼を受けられませんので、よろしくお願いします」


「ああ、分かった。王都のギルドマスターに紹介状を書くから、ちょっと待ってくれ」


 ブラッドリーさんはそう言うとソファーから立ち上がり、机で何やら書き始めた。

 書き終わると、ブラッドリーさんはその紙を封筒に入れ、封蝋で封をした。


「王都に着いたら、この紹介状を冒険者ギルドのギルドマスターに渡してくれ」


「分かりました。紹介状ありがとうございます。ちなみに、紹介状にはどんなことを書いたんですか?」


「そりゃ決まってるだろう。こいつらが勇者を再起不能にした冒険者だから、喧嘩を売るのはやめとけって書いたんだ!」


 ブラッドリーさんが笑いながら言う。

 喧嘩を売るなとかは書いてないんだろうけど、勇者を再起不能にしたことは書いてあるんだろうな。きっと。

 正当防衛だってことも、ちゃんと書いてあるといいんだけど。


「それじゃ、忘れずに渡すようにします」


 俺はブラッドリーさんから紹介状を受け取ると、唯と一緒に執務室を出た。


 その後、受付のお姉さんや、ギルド1階で食事をしていた冒険者の知り合いなどにしばらく旅行にいくことを伝え、冒険者ギルドを後にした。


「唯、旅行の準備って何をしたらいいんだろ?」


「う~ん。私達はマイホームのスキルがあるから、特に準備は必要ないかも」


「それもそうだな。それじゃ今日はのんびり過ごして、明日に出発しようか」


「うん。分かった!」


    ◇    ◇    ◇


 次の日の朝、俺達は早起きをして支度を整えた。

 ウサギ亭のおばちゃんに王都に旅行に行ってくることを伝えてから、街の北門に向かって歩き出す。


「お兄ちゃん、王都までどうやって行くの? 馬車とか借りた方がいいのかな?」


「馬車は遅いし退屈だろ。それに俺達、別に荷物を持ち運ぶ必要もないしな」


「じゃあどうやって行くの?」


「ジョギングがてら走って行こう。馬車で6日の距離らしいから、たぶん1日もかからずに着けると思う」


「確かに、その方が楽しそうだね。いいよ、走って行こう!」


 こうして俺達は、王都に向けて北の街道を走り出した。


 爽やかな風が頬をなでる。

 唯と二人、走る景色を楽しみながら、ゆっくりと王都に向かっていく。


「こうしてずっと走ってると、何だかマラソン大会みたいだね」


「そうだな。世界新記録より早いペースで走ってるのに、全然疲れてないのが異常だけど。さすがレベル99の超体力と超回復力だな」


 そんなくだらない会話をしながら、俺達は北へ北へと進んでいく。

 二人だけで行く、初めての旅行に胸を躍らせながら。


 こうして俺達は王都への道を、楽しく走り続けるのだった。

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