第18話 王都

 エルムデールの街から王都までは、まっすぐ走れば半日くらいで着く距離だったけど、釣りをしたり、水遊びをしたり、洞窟探検をしたりと寄り道しまくったので、王都に着いたのは翌日の午後になった。

 城門の前には検問所のような建物があり、王都に入る人々をチェックしている。


「お兄ちゃん、検問所があるね。私達、怪しまれないかな?」


「冒険者ギルドのギルドカードがあるから大丈夫だろ。勇者の件は正当防衛として処理したってブラッドリーさんが言ってたから、指名手配されたりはしてないだろうし」


 そう言って、俺はポケットからギルドカードを取り出した。


 もし勇者が大人気だったりしたら逆恨みされたりするかもしれないけど、あの性格の悪い勇者が王都で大人気ということは無いだろう。たぶん。


 俺達は検問所の列の最後尾に並ぶ。

 10分ほど経って、俺達の番になった。


「身分証を提示してください」


 衛兵が不愛想に言う。

 俺達はギルドカードを差し出した。


「……特に問題はなさそうだな。通ってよし」


 ギルドカードを見た衛兵はそう言って、俺達を通してくれた。

 どうやら問題なく王都に入ることができるようだ。


 城門から王都の中に入ると、目の前に広がるのは、まさに『王都』と呼ぶにふさわしい、賑やかな街並みだった。

 エルムデールの街も賑わっていたけど、人口密度が全然違う。

 まるで日本の大都市のような賑わいっぷりだ。

 魔物がいるこの世界では、多くの住民は城壁に囲まれた街の中で暮らしているので、どうしても人口密度が上がるのだろう。


「お兄ちゃん、着いたね! 王都だよ、王都!」


 興奮気味の唯。

 俺も初めて訪れる王都にちょっと興奮気味だ。


「ああ、やっと着いたな。まずは冒険者ギルドに行ってみよう。唯、冒険者ギルドはどこにあるって言ってたっけ」


「4-1にあるって言ってたよ」


 そう。王都は区画整理されており、場所ごとに番地が振られている。

 王都は広いし、街の外からやって来る人も多いので、番地が無いとみんな迷ってしまうのだろう。


 俺達は案内板を見つつ20分ほど歩き、冒険者ギルドにたどり着いた。


 王都の冒険者ギルドは、さすがに大きな建物だった。

 3階建てなのはエルムデールの冒険者ギルドと一緒だけど、敷地が広い。

 たぶん3倍くらいはあるんじゃないだろうか。


 扉を開けて中に入ると、そこは人でごった返していた。

 作りはエルムデールのギルドと同じような感じだけど、銀行みたいに待合札を受け取って順番に呼ばれるシステムになっているようだ。


 俺達も待合札を受け取る。


「54番だね。お兄ちゃん、待ってる間にどんな依頼があるのか見てみようよ」


「そうだな。王都だしすごい依頼とかがあるかもな」


 俺達はBランクの依頼までしか受けられないけど、せっかくなので一番高ランクのコーナーから見ていくことにした。


「Sランクの依頼は1つだけだな。『浄呪花』の採取依頼だって。何で採取依頼がSランクなんだろ」


「説明が書かれてるよ。ドラゴンが守ってる花だから、ドラゴンに勝てるパーティー限定の依頼なんだって」


「そんなパーティーいるのかな? おっ、しかもこの依頼、依頼者が王様だぞ。報酬は金貨100枚プラス、希望者には騎士爵が与えられるってさ」


「Sランク冒険者だったら騎士爵なんかいらないと思うんだけど、なんでそんなのが報酬になってるんだろうね」


「Sランク冒険者でもいつかは引退するわけだから、老後のために貴族になっておきたい人もいるんじゃないか。まぁ俺ならいらないけど」


「そうだよね。せっかく異世界に来たのに、サラリーマンみたいに働くのはちょっとね」


 そんなことを言いながら、Aランク、Bランク、Cランクと順に依頼を見ていく。

 やっぱり種類も数も、エルムデールの街よりずっと多いな。


 特に、エルムデールの街では見かけないAランクの依頼があるのは魅力的だ。

 エルムデールの街にはAランク冒険者がいないので、依頼があっても掲示していないだけかもしれないけど。


 Cランクまで見終わったので、次はDランクを見てみようと思っていたころ、受付から「54番の方、受付までお越しください」との声がかかった。


 俺達はさっそく受付まで行き、受付嬢に用件を告げる。


「初めまして。エルムデールから来た明と唯です。こちらのギルドマスター宛の紹介状をお持ちしました」


 俺はブラッドリーさんからもらった紹介状を差し出した。

 受付嬢はそれを受け取ると、表と裏を確認してから、少し緊張した様子で言った。


「は、はい、かしこまりました。ではギルドマスターにお会いいただきます。こちらへどうぞ」


 俺達は席を立った受付嬢について行き、3階の応接室まで移動した。


「ギルドマスターを呼んできますので、こちらでしばらくお待ちください」


 一礼して部屋を出て行く受付嬢。

 俺と唯はソファに腰を下ろし、ギルドマスターを待った。


「お兄ちゃん。さっきの受付の人、やけに緊張してたね。何でだろ?」


「封筒を見たときから様子が変わったよな。ギルド職員だけが分かる、危険人物の印とかがあったのかな」


「伝言ゲームみたいに、勇者のことが変に伝わってたら嫌だね」


 テレビも新聞も無い世界なので、むしろ正しい情報が伝わっている可能性の方が低いかもしれない。

 噂が噂を呼んで、俺達が勇者を闇討ちして殺そうとした、みたいな噂に変わっていても全然不思議じゃないから要注意だな。


 唯とそんな雑談をしていたところ、ドアがノックされる。


「どうぞ」


 返事をすると、40代くらいの細身のおじさんが入って来た。眼鏡をかけた、知的な感じの人だ。


「ようこそ。エルムデールからの客人。私がこのギルドのマスター、オルダスだ。ブラッドリーからの紹介状を持っているということは、君たちが噂のスズキ兄妹で合っているかな?」


「はい。私が鈴木明で、こちらが妹の鈴木唯です」


「唯です。よろしくお願いします」


 どうやらこの細身のおじさんがギルドマスターらしい。

 筋肉ムキムキのブラッドリーさんとはえらい違いだ。


「こちらがブラッドリーさんからの紹介状になります」


 そう言って、俺は紹介状をオルダスさんに手渡した。

 オルダスさんは紹介状を開封し、じっくりと目を通す。


「この紹介状には、君たちがスズキ兄妹で、王都に到着したことを速やかに陛下に伝えるようにと書かれてあるね」


「え? 何で俺達が王都に来ただけで、王様に報告が必要なんですか?」


 俺は思わずそう口にした。

 ブラッドリーさんはそんなことを書いていたのか…… 一体どういうつもりなんだろう。


 オルダスさんは俺の疑問に答えるように説明を始めた。


「勇者なき今、君たちが王国の最大戦力だからね。陛下はきっと、君たちとお近づきになりたいんじゃないかな」


 なるほど。そういうことか。

 俺達に勇者の代わりをして欲しいのかもしれないな。

 お断りだけど。


「とりあえず状況は分かりました。では紹介状もお渡しできたので、私たちはそろそろ行きますね」


 俺達が席を立とうとすると、オルダスさんが引き留めるように言う。


「君たちはもう、どの宿に泊まるか決めているのかね? もしまだなら、上級冒険者ご用達の宿『桜凰館』に泊まってほしいのだが」


「どうしてですか?」


「何かあった時に備えて、君たちと連絡を取れるようにしたいからね」


「なるほど。わかりました。ちなみに『桜凰館』って、一泊いくらになりますか?」


「二人部屋だと、銀貨5枚だよ。それくらいなら問題ないよね?」


「まぁ、それくらいなら」


 ウサギ亭の倍以上の値段だけど、上級冒険者向けの宿ってことだから、仕方ないか。

 高級ホテルに泊るのも、旅行っぽくていいかもしれないしな。


 こうしてオルダスさんと話がつき、俺達は応接室を後にした。


    ◇    ◇    ◇


 『桜凰館』は上級冒険者ご用達というだけあって、立派な作りの宿だった。

 部屋も広々としていて、ベッドも柔らかい。


 せっかくなので、今日はマイルームのベッドではなく、桜凰館のベッドで寝ることにした。

 唯と一緒にベッドに横たわりながら、明日からのプランを話し合う。


「ねえお兄ちゃん、明日からどこに遊びに行こうか」


「そうだな…… せっかく王都に来たんだから、色んな所に行きたいよな」


「うん! 私、お城が見たい! あと、大聖堂とか、大劇場とか!」


「じゃあ、明日はお城に行ってみようか。あとは、美味しい物を食べ歩きしたいな」


「いいね! 王都の名物料理とか、絶対美味しいよね。あと、お土産も買いたいな」


「ああ、せっかくだから色んなものを見て、食べて、買って、思い出を作ろう」


 そう言いながら、俺は唯の頭を優しく撫でた。

 唯は目を細めて気持ちよさそうにしている。


「楽しみだね、お兄ちゃん。2人きりの卒業旅行、最高の思い出にしようね」


「ああ、そうだな。王都で最高の思い出を作ろう」


 初めての王都、やりたいことは山ほどある。

 こうして俺達は、眠くなるまで観光プランを話し合った。


「おやすみ、唯」


「おやすみ、お兄ちゃん」


 俺は優しく微笑む唯の頬にキスをし、目を閉じた。

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