第9話 異世界デート

 翌朝、俺と唯は楽しみにしていたデートの日を迎えた。

 ウサギ亭の1階の食堂で朝食を取りながら、俺は唯にデートの計画を聞いてみる。


「唯、今日のデートはまずどこに行きたい?」


 俺がそう尋ねると、唯は無邪気な笑顔を浮かべて答えた。


「服屋さんに行きたい! 異世界の服屋さん!」


 服か…… 確かに、今の俺達の服は異世界には少し馴染まないかもしれない。

 せっかくだから、現地の服を着るのもいいだろう。


「OK、じゃあ服屋さんから行こう。そのあと、武器屋も見て回ろうか」


「うん。早くちゃんとした武器、欲しいもんね」


 レンタルしている安物の武器では、強い魔物に歯が立たないかもしれない。

 武器の購入は、最優先で考えたい。


 俺達は朝食を取った後、ウサギ亭のおばちゃんに声をかけた。


「今日は2人で街をブラブラしようと思うんですが、お勧めの服屋さんってありますか?」


「そうねぇ、普段着なら近所に安くて良い店があるよ。でも上等な服が欲しいなら、貴族街まで行った方がいいだろうね」


「貴族街って、街の中心あたりのことですよね」


「そうだよ。服屋の場所はね……」


 その後、おばちゃんに服屋の大体の場所を聞いて、俺達はウサギ亭を出た。

 まずはこの近所の服屋からだな。


    ◇    ◇    ◇


 服屋に入ると、所狭しと並べられた古着が目に入った。

 俺はあまり服にこだわる方じゃないので、正直、服の良し悪しはよく分からない。

 こういう時は、唯にお任せだ。


「唯、どうかな?」


「うーん。『地味』『無難』『古着』って感じかな。これなら学校の制服を着た方がいいと思う」


 唯はちょっと不満そうだ。


 俺達はこの世界の服を持っていないので、今日も学校の制服を着ている。

 制服デートというやつだ。


 マイホームの洗濯機には服を新品同様に戻す力があるらしく、俺達はいつも綺麗な制服を着ることができる。

 なので、安さ重視で服を探す必要は無い。


 俺達は古着屋を後にし、次に貴族街にあるという高級店『麗衣堂』へと向かうことにした。


    ◇    ◇    ◇


 街の雰囲気も少しずつ変わり、立派な建物が並び始める。

 お目当ての服屋さんに入ると、店内には上質な生地で作られた新品の服が並んでいた。


「わぁ、お兄ちゃん見て! すっごく可愛いチュニックだよ!」


 店内を見渡すと、唯が上質な生地で作られたチュニックを手に取っていた。

 パステルカラーのさらっとした素材に、胸元にはさりげなくレースがあしらわれている。


「うん。唯に似合いそうな。……って、なかなかのお値段だな」


 チュニック1着で小金貨2枚ですか。

 日本円にして約20万円……

 やっぱり貴族街のお店だけあって、値段が全然違う。


「唯、今日は高くて買えないけど、お金が貯まったら買おうな」


「本当に!? やったぁ! 楽しみ~♪ お兄ちゃん大好き!」


 上機嫌の唯は、他の服も次々に手にとっては「これも可愛い!」と喜んでいる。

 上品な花柄のワンピースや、ふんわりとしたシルエットのブラウスなんかも、唯によく似あいそうだ。


 (Aランク冒険者とかになったら、唯が着たい服を全部買ってあげられるようになるかな)


 服選びを楽しむ唯を見ていると、俺まで楽しくなってくる。


「ねえお兄ちゃん、お金貯まったら、またここでお買い物デートしようね!」


「ああ、そうだな。冒険者のランクを上げて、唯の着たい服を買えるようになろう」


「私も一緒に頑張るね! 街で一番お洒落な冒険者になるぞ~!」


 唯が元気よく拳を突き上げる。可愛い。


「そのためにも、まずは武器を何とかしないとな」


「うん。そうだね」


 俺達は服屋さんを出て、再び町の賑わいの中に戻った。


「さぁ、次は武器屋だな。どんな武器があるのか楽しみだ」


 唯が頷きながら、俺の腕に軽くしがみつく。


「うん。安くていい武器があるといいね!」


 そうして俺達は、エルムデールの街でのデートを楽しみながら、武器屋を目指して歩き出した。


    ◇    ◇    ◇


 俺達は冒険者ギルドのすぐ近くにある大きな武器屋に入った。

 俺達は平凡な日本人だったので、武器屋に入るのはもちろん初めての経験だ。


 剣や盾、鎧が並ぶ店内に入った瞬間、心が躍るのを感じた。


「すごいね! いろんな武器がいっぱいだよ!」


 唯が目を輝かせながら店内を見回す。

 ずらりと並ぶ剣や槍、そして様々な防具が所狭しと置かれている。

 実にファンタジーな光景だ。


「ほんとだ、すごいな。どれも強そうな武器に見えるな」


「お兄ちゃん、こっちに剣がいっぱいあるよ」


 剣はやはり武器屋の主力商品なのだろう。

 たくさんの種類の剣が展示されていた。


「鉄の剣が小金貨1枚くらい、鋼の剣が金貨1枚くらいが相場か……」


「鉄の剣なら割とすぐに買えそうだね」


「そうだな、あと2、3回ぐらいゴブリン討伐をしたら買えそうだ。早めに買い換えるようにしよう」


 もし将来、魔王と戦うことになった場合は、オリハルコンの剣とかを用意した方が良いんだろうな。

 きっと高いだろうから、冒険者ランクを上げて、がっつり稼ぐ必要がありそうだ。


 剣を見終えた俺達は、魔法杖を探す。

 が、魔法杖は1種類だけしか置かれていなかった。


「お兄ちゃん、なんで杖はこれだけしか売ってないのかな?」


「うーん。杖は杖の専門店で買えってことなのかな? 店員さんに聞いてみよう」


 俺も疑問に思い、カウンターの奥にいる武器屋のおじさんに話しかけることにした。


「すみません。魔法杖ってなんでこの1種類しかないんですか?」


「そりゃ良い魔法杖なんか作っても売れないからだよ。魔法杖で魔法に慣れた魔法使いは、みんな剣や槍を持つようになるからな」


「そうなんですね。何でみんな剣や槍を使うようになるんですか?」


「そりゃ杖じゃ接近戦になった時に危ないからだろ。魔法に慣れたら杖なしで魔法が使えるようになるから、別に杖はいらないしな」


 なるほど。

 魔法杖はあくまで初心者が魔法に慣れるためのサポートアイテムのようなものなのか。

 唯が魔法に慣れてスキルを習得したら、剣か槍を買うようにしよう。


 唯も納得した様子で頷いている。

 俺達は武器屋のおじさんに礼を言い、武器屋を後にすることにした。


「お兄ちゃん、剣と魔法を一緒に使うなんて、かっこいいね」


「そうだな。でもまずは、杖なしで魔法が使えるようにならないとな」


 そう言いながら、俺達は再びエルムデールの街を歩き始めた。

 広い街の通りをぶらぶら散策していると、ふと、調味料を売っている露店が目に入った。


「お兄ちゃん、あそこで調味料を売ってるよ! 見に行こう!」


 唯が楽しそうに言うので、俺達はその露店に向かって歩いていった。

 露店にはいくつかの小瓶が並んでおり、そこには塩や胡椒といった基本的な調味料が揃っていた。


 ウサギ亭の料理もしっかり味付けされていたので、調味料は普通に普及しているのだろう。


「さすがに味噌とか醤油とかは無いみたいだね」


「どう見てもヨーロッパ風の街並みだからな。味噌汁とか飲んでる人はいなんいんだろ」


 俺はそう言いつつ、塩と胡椒を手に取った。

 値段を確認すると、どちらも手頃な価格だったので、迷わず購入を決めた。

 しかし、砂糖はかなり高価で、とても手が出せるものではなかった。


「砂糖も欲しいけど、ちょっと無理だな」


「塩と胡椒があれば十分だよ。これでマイホームで野営する時も、美味しい料理が作れるよ」


 俺達は調味料を買った後も、串焼きなんかを買い食いしながら、楽しくデートを続けた。


 お昼は、レストランでステーキとスープとパンのセットを食べた。

 ホーンラビットの肉より柔らかくて、口の中でとろけるような美味しさだった。


 午後は川沿いに散歩したり、広場でストリートパフォーマンスを見たりして過ごした。

 ジャグリングをする大道芸人のパフォーマンスは本当にすごくて、俺達は釘付けになってしまった。


 夕方になり、俺達はウサギ亭への帰路についた。

 外はすっかり夕暮れで、辺りはオレンジ色に染まっていた。


「今日は楽しかったね、お兄ちゃん」


「ああ、色んなものを見れて良かったな」


 こうして、俺達の異世界初デートは幕を下ろした。

 俺は唯と手を繋ぎ、夕日に照らされながらウサギ亭へと帰っていった。

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