第2話 はじめての異世界

「ここが…… 異世界か」


 俺たちはクローゼットの中を抜け、異世界の森の中に到着した。

 目の前に広がる景色に一瞬言葉を失った。

 森はまるで絵画のように美しく、空気も澄んでいて新鮮だった。


 右手に感じる温もり。

 俺は唯と手を繋いだままだったことに気づき、唯の方を見る。

 唯は驚きと興奮が入り混じった表情で、俺を方を見ながら


「お兄ちゃん、すごいね! 本当に異世界だよ!」


 と嬉しそうに言った。


「どうやら無事異世界に到着したみたいだな。それじゃさっそく、神様が嘘つきじゃないかテストしてみようか」


 俺は周囲を見渡しながら言った。


「テストってどうやるの?」


「レベル99で超強いってことだから、まずはどれくらい力が強いのかテストしよう」


 俺は近くの大きな木に向かい、思い切りケンカキックをかました。

 木は簡単に突き破られ、さらに少し横に力を入れるだけで折れてしまった。


 これはすごい。どうやらレベル99の力は本物らしいな。


「お兄ちゃん、すご~い。超人みたい」


「いや唯もたぶん超人だから、やってみ」


「うん。分かった」


 唯は少し緊張しながらも、俺がさっきへし折った木に向かってキックを放った。

 唯の蹴りも簡単に木を突き破り、唯も超人のお仲間であることを確認できた。


「お兄ちゃん、見て! 私もできたよ!」


 唯は目を輝かせながら言った。


「私たち、本当に強くなったんだね!」


 唯の嬉しそうな声と笑顔に、俺も自然と笑みがこぼれた。


「ああ、確かに俺たちは強くなった。でも、もっとすごい怪物がいるかもしれないから、油断しないようにしよう」


「うん。わかった」


 レベル99のパワーは確認できた。

 剣と魔法のファンタジーな世界なのだから、次は魔法を確認してみたいところだ。


「じゃあ、次は魔法を確認してみよう」


「魔法ってどうやって使うの?」


「神様は何か言ってた?」


 唯は首を振った。


「ううん。何も言ってなかった」


「となると、何となくでやってみるしかないか」


 仕方がないので、何となくで魔法を使えるか試してみることにした。


 魔法といえば、やっぱり集中力だろう。

 魔力(なんてものがあるのかは知らんけど)を指先に集中させ、指を頭上に向けて、呪文を唱える。


「出でよ炎、ファイアボール!」


 ……何もおきなかった。

 うん。そんな気はしてたんですよ。

 でもね。ほら。期待しちゃうじゃないですか。異世界なんですから。


 魔法はいったん保留にしよう。


「地球人に魔法はちょっと早かったかな。現地の魔法が使える人に教えてもらうことにしよう」


「うん。そうだね」


 さて、次は神様にもらった『マイホーム』のスキルの実験だ。


「唯、『マイホーム』のスキルの使い方って分かる?」


「うん。神様から教えてもらったよ。こうするの」


 唯が俺の手を取る。


「手を繋いで、一緒に『マイホーム』って言うんだよ。せ~の」


「「マイホーム」」


 唯と一緒に『マイホーム』と唱えた瞬間、目の前に一戸建ての入口にあるようなドアが現れた。

 森林の中にドアだけがポツンと立っている光景は奇妙だったが、確かにスキルが発動したようだ。


「これが『マイホーム』のドアか……」


 俺はドアを開けた。


 ドアの中にはマンションの玄関のような光景が広がっていた。

 少し怖い気もしたけど、せっかく神様からもらったスキルを使わない手はない。

 俺は勇気を出して、唯と一緒にドアの中に入ることにした。


    ◇    ◇    ◇


 俺たちは、不思議なドアを抜けて『マイホーム』に足を踏み入れた。

 中は日本のマンションのような内装で、玄関には下駄箱が備え付けられていた。


 俺は靴を脱いで室内に入った。

 唯も続いて靴を脱ぎ、部屋に入る。


 家の中は小さな廊下があり、4つの扉が並んでいた。

 俺達は、最も近い扉から順に開けていくことにした。


 まずは一番手前の部屋から。

 扉を開けて中を見ると、さらに2つの扉があり、風呂とトイレに繋がっていた。


 さっそく唯が風呂のシャワーの蛇口をひねると、勢いよくお湯が出た。


 唯は喜んで


「お兄ちゃん、ちゃんとお湯が出るよ」


 と声を上げた。


 さすが神様だ。どこからお湯が出てるのか謎だけど、使えるものは使わせてもらおう。


 次に、トイレもチェックしたところ、水洗のシャワートイレだった。

 唯の希望がしっかり通っているようだ。神様ありがとう。


 一通り風呂とトイレを確認し、次の部屋の扉を開ける。

 が、次の部屋は、まるで引っ越し直後の賃貸マンションのような、何もない部屋だった。

 ちょっとくらい家具があってもいいのに。


 見るものが無いので次の部屋の扉を開くと、今度はしっかりと家具付きの寝室になっていた。

 クローゼットに、タンスに、ベッドと一通りの家具がそろっているが、何といっても目立つのがベッド。

 高級そうなセミダブルサイズのベッドに、白いシーツに、白い布団。そして2つの枕。

 『兄妹で一緒に寝ろ』と言わんばかりのセッティングだ。


 思わず唯に尋ねる。


「このベッド、唯から神様にリクエストしたのか?」


「うん。ベッドはお兄ちゃんと一緒に寝れる、最高級のベッドにしてって言ったよ。神様は約束を守ってくれたんだね」


 嬉しそうな表情の唯。

 それで唯が嬉しいんだったら、一緒に寝るのもまぁいいか。

 中学に入るまでは、ずっと一緒に寝てたしな。


 続いてクローゼットとタンスを開けると、俺と唯が自宅で使っていた服や下着類がぎっしり詰まっていた。

 『日本レベルの衣食住を保障してほしい』という唯のリクエストがしっかり反映されているようだ。


 さて、次は最後の部屋だ。

 期待を込めて扉を開けると、その部屋は広めのリビングダイニングになっていた。


 キッチンに食器類、机に椅子、冷蔵庫など、リビングダイニングに必要そうなものが一通り揃っている。

 ただ、冷蔵庫の中は空っぽだった。

 食事も提供してくれるんじゃなかったっけ?


 部屋を見渡して食料を探してみたところ、トースターに食パンが2枚刺さっていた。

 もしかして、これが食料?


 試しにトースターでパンを焼き、パンを取り出してみたところ、自動的に2枚のパンが補充された。

 さすが神様。すごい謎パワーだ。

 できればパンだけじゃなく、もっと色々な食べ物を用意して欲しかったけど。


 ずっと食パンだけを食べ続けるのはキツいので、現地の美味いものを買えるくらいには稼ぐ必要がありそうだ。

 どれくらい食文化が発達してるかは、ちょっと心配だけど。


 さて、これで一通り『マイホーム』を見て回れた。

 壁にかかった時計を見ると、もう午後5時になっている。


「ちょっと早いけど、夜ごはんにしようか」


「うん。わかった」


 本日のディナーは、食パンです。

 明日も明後日も、たぶん食パンです。

 いやほんと、食生活は早めになんとかしないと駄目だな。


 俺たちは神様製の食パンを食べながら、新しい生活について話し合った。

 その日は早めに寝ることにし、ベッドでくつろぎながら、唯が必要以上にくっついて来るのを感じつつ、それを心地よく思いながら眠りについた。

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