第5話 模擬戦

 事務員さんが飛び出して行って数分後、彼女はスキンヘッドで筋骨隆々の大男を連れて戻ってきた。


「こちら、ギルドマスターのブラッドリーさんです」


 事務員さんに紹介されたギルドマスターは、鋭い目つきで俺達を見下ろしながら言った。


「お前たちがレベル99ってえ新人か?」


 このいかつい人がギルドマスターか。

 何をしに来たかのは分からないけど、とりあえず丁寧に対応しておこう。


「はい。私が明、こちらが妹の唯です」


「じゃあアキラ、レベル99ってのは本当か」


「石板にはそう表示されていますね。こんな感じで」


 俺は再び石板に手をかざす。

 すると、さっきと同じくレベル99と表示された。


「確かにレベル99って表示されてるな。壊れてんのか?」


 そう言いつつギルドマスターは自分の手を石板にかざす。

 今度はレベル31と表示された。


「壊れてねえよなあ。お前たち、石板の表示を変えるような変な魔法とか使ってねえだろうな」


「私も唯も、魔法を1度も使ったことのない初心者ですよ」


「まぁそうだよなあ。仕方ない、実力を確かめさせてもらう。模擬戦をするからついてこい」


 そう言いながら、ギルドマスターはのっしのっしと歩き始めた。


 俺は唯と顔を見合わせて、仕方ないので素直について行くことにした。


    ◇    ◇    ◇


 ギルド裏手の訓練場に到着すると、なぜか俺達を追いかけるように10人ほどの冒険者っぽい人たちが入って来た。

 どこで話を聞きつけたのか、興味津々といった様子だ。


 ギルドマスターは俺に木剣と皮の防具を手渡した。


「怪我したくないだろうからな。防具はしっかりつけるんだ」


「はい。わかりました」


 (って言っても、木剣で訓練って危険じゃないか? 剣道みたいに竹刀で訓練すればいいのに……)


 異世界流の訓練方法に疑問を感じながらも、俺は渡された皮の防具を装着し、木剣を構えた。


 ホーンラビット以外と戦うのは、これが初めてだ。

 俺達がどれくらい強いのか、テストする良い機会になるだろう。


「ところで、ギルドマスターはどれくらい強いんですか?」


「俺は元Aランク冒険者だからな。引退しちゃいるが、この街じゃ俺が一番強いと思うぜ」


「では、胸を借りるつもりで挑ませて頂きます」


「おう、遠慮なくかかってこい」


 ギャラリーがざわめく中、俺とギルドマスターは睨み合う。


 まずはギルドマスターの攻撃を受けてみたいと思ったけど、相手もそう思っているのか仕掛けてこない。


 (どうやら、俺から仕掛けろということらしいな)


 俺は一歩踏み込むと、一気に距離を詰めた。

 目にもとまらぬ速さで、俺の木剣がギルドマスターの脇腹に向かう。


 ギルドマスターは何も反応することができず、俺は腹部の寸前で木剣を止めた。


「っ!」


 ギルドマスターが息を飲む。


「お前の勝ちだ……」


 ギルドマスターが呻きながら手を上げる。


 たったの一撃で勝負あり。ギャラリーからどよめきが起こった。


「見事だ、アキラ。だが、次はこうはいかんぞ。」


 ギルドマスターが、今度は唯に向かって言った。


「次はお嬢ちゃんの番だ。覚悟はいいか?」


「はい。来てください!」


 唯も木剣を構え、ギルドマスターに立ち向かう。

 大丈夫だとは思うけど、怪我をしないか心配だ……


 ギルドマスターは唯に向かって木剣を振るう。


 上段、中段、下段と様々な方向からギルドマスターが攻撃を行うが、唯は全ての攻撃を難なく受け止める。

 太刀筋は洗練されていて、上級者っぽいんだけど、いかんせん動きが遅すぎる。

 レベル99とレベル31では、これほど身体能力に差があるということなのか。


 ギルドマスターの手が止まったところで、唯が木剣を一振りする。

 俺と同じく寸止めにして、唯の勝利となった。


「……お嬢ちゃんの勝ちだ。あんたも只者じゃないな」


 ギルドマスターが苦笑しながら、両手を上げた。


 続けての一撃での決着に、ギャラリーから歓声が上がる。


 俺は唯に駆け寄り、彼女を抱きしめた。


「唯、怪我が無くてよかった」


「お兄ちゃん、私も勝てたよ!」


 唯が嬉しそうに微笑む。

 俺達は歓声に包まれながら、訓練場の真ん中で抱き合った。


 ギルドマスターは木剣を下すと、俺達に歩み寄った。


「……お前たちが本物だってことがよく分かった。手続きをするから、執務室について来てくれ」


 そう言って、ギルドマスターは俺達を建物の中に案内した。


    ◇    ◇    ◇


 俺達は冒険者ギルドの3階に案内され、ギルドマスターの執務室に入った。

 執務室は重厚な家具に囲まれていて、さすがギルドマスターの部屋という印象だった。


 ギルドマスターはソファーに座り、俺達をじっくりと見つめた。


「冒険者ギルドのランク制度については講習会で聞いたと思うが、これには例外がある」


 ギルドマスターはゆっくりと話し始めた。


「普通はEランクから始めることになるが、お前たちのように明らかに実力が高すぎる奴は、特別に上位のランクで入会させる場合がある」


 その言葉に、俺達は驚いた。

 講習会でランク制度については説明を受けていたが、そんな特例があるとは聞いていなかったからだ。


「そうなんですね。俺達はどのランクになるんですか?」


「冒険者に必要なのは強さだけじゃないからな。Bランク以上は無理だ。だからお前たちはCランクから開始にする。これから経験を積んで、BランクやAランクを目指してくれ」


「はい。分かりました」


 貰えるものはありがたく貰っておくことにする。

 Eランクの仕事より、Cランクの仕事の方が報酬がいいだろうしね。


「それで、お前たちは冒険者になって何をするつもりなんだ?」


 ギルドマスターが探るような目で俺達を見つめる。


「実は俺達、ホーンラビットの角と魔石を売りたかったから冒険者ギルドに入会しただけなんですよね。なので、特に何かやりたいことがあるわけじゃないんです」


 (魔王との戦いに備えて、スキルレベルを高める必要はあると思ってるけどね)


「そうか。お前たちなら余裕で魔物退治でも盗賊退治でも出来るだろうから、ギルドの依頼をたくさん受けて貰えると助かる」


「分かりました。気が向いたら依頼を受けるようにします」


「あと、お前たちの連絡先を知りたい。どこに泊ってるんだ?」


「宿はこれから探すつもりなんです。どこか安くてお勧めの宿はありますか?」


「それならウサギ亭がお勧めだな。ギルドを出てから右にまっすぐ歩いて5分くらいだ。ウサギの看板が出てるからすぐに分かる」


「ありがとうございます。その宿に行ってみます」


 俺達はギルドマスターに礼を言い、1階の受付に向かった。


 受付では、ホーンラビットの魔石を換金する手続きを行った。

 魔石15個が銀貨15枚になった。日本円にして、15万円ほどの現金収入だ。

 (ちなみに、ホーンラビットの角はかさばるので、今日は持ってきていない)


 ずっと宿に泊まっていたら赤字になりそうだけど、俺達はマイホームで自給自足できるので、ホーンラビット狩りだけでも生活できそうだ。

 そんなことをするつもりは無いけどね。


 冒険者ギルドを出ると、ギルドマスターに教えてもらった『ウサギ亭』を目指して歩いていく。


「お兄ちゃん。今日は宿に泊まるの?」


「ギルドマスターに『森の中で暮らしてます』とはさすがに言えなかったからな。仕方ないから今日は宿に泊まろう。明日以降は、もうちょっとお金が貯まるまでは森の中で暮らそうか」


「うん。分かった。マイホームがあればどこでも一緒だから、お金がかからない方がいいもんね」


 そんな話をしていると、ウサギの看板が見えてきた。ここがウサギ亭だろう。

 ウサギ亭の外観は素朴で、どこか懐かしさを感じさせる雰囲気だった。


 玄関に入ると、カウンターに恰幅のいいおばちゃんが立っていた。


「いらっしゃい! 食事かい? 宿泊かい?」


「宿泊をお願いします。部屋は空いていますか?」


「1部屋だけ空いてるよ。朝食と夕食付きで、2人で銀貨2枚だよ」


「じゃあそれでお願いします」


 俺は銀貨2枚を支払った。


「ところで、もう夕飯の時間だけど、食べていくかい?」


 おばちゃんが聞いてくる。

 確かにもうすっかり日が暮れて、少し空腹を感じる時間だ。


「そうですね。夕食をお願いします」


「よし、じゃあテーブルに座ってな。今ホーンラビットのシチューを作るから」


 (ウサギ亭だけに、ホーンラビットの料理が名物だったりするのかな?)


 唯と一緒にテーブル席に座ると、程なくしておばちゃんがシチューを運んできた。

 香ばしい匂いが食欲をそそる。


「はい、ほかほかのシチューとパンだよ」


「ありがとうございます。いただきます!」


 シチューを飲み込むと、まろやかな旨味が口の中に広がる。

 柔らかく煮込まれたホーンラビットの肉は、臭みもなくとても美味しい。


「お兄ちゃん、すっごく美味しいね!」


「ああ、美味しいな」


 昨日まで食べていた『焼いただけ』のホーンラビットも悪くはなかったけど、やっぱり調味料があると味が全然違うな。


 俺達はシチューとパンを平らげ、ウサギ亭のおばちゃんから鍵を受け取り、2階の客室に向かった。


 部屋には簡素なベッドと、机と、椅子だけが置かれていた。

 明らかにマイホームの方が良い部屋なので、俺達は部屋の鍵をかけてから、マイホームのスキルを使用する。


「お兄ちゃん、お風呂入ろうよ」


「そうだな。今日は疲れたし、ゆっくり浸かりたいな」


 俺達はお風呂に入り、ゆっくり湯船につかってから寝室に向かった。


 マイルームのベッドは1つだけ。

 今日もぴったり寄り添ってくる唯を抱きしめる。


 唯の柔らかな体温を感じながら、俺達は眠りについた。

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