首が出る話

Day26 おそろい

「あれっ、谷山さんだ」

 声をかけられて振り返ると、三崎くんが立っていた。肩から大きめのボストンバッグを提げている。だいたいわたしが今持っているのと、同じくらいの大きさだ。

「三崎くん、偶然だね」

「彼女が紅葉を見たいって言うから」

「そうか、この公園有名だもんね」

 せっかくなので、しばらく一緒に遊歩道を歩いた。

 スマートフォンや一眼レフを構えた人たちが何人もいる。思い思いの方向にレンズを向け、赤や黄色に色づいた木々と青空を写真に収めている。

「谷山さん、髪伸びた?」

「うん、今伸ばしてる」

 わたしはボストンバッグを軽く叩く。早く髪が伸びないかな、と思う。彼女とおそろいにしたいのだ。

「なかなかバッグ開けていい場所がないなぁ」

「ほんとね」

 そんな話をしながら、ぶらぶらと歩いた。「そういえばさ」と三崎くんが言う。

「結局行ったの? 『カメリア』」

「行ったよ」わたしは答えて、バッグを指さした。「それで、これ拾ってきた」

「おお、やっぱすごいな。あそこ」

「そうだね。森下くんも来てたし」

「えっ、まじかよ」

 三崎くんは驚いて急に足を停めた。バッグが揺れ、中から「もう~」と可愛らしい女の子の声がした。

「ごめん」

 三崎くんはバッグの底をとんとんと叩いた。中から「ふふふっ」と笑い声が聞こえた。

「森下はどうした?」

「いなくなっちゃった。どうしてかわからないけど」

 あの日、森下くんが外へ出ていってからの記憶がない。気づくともう夜が更けていて、わたしはマネキンの首――ではなく、彼女を抱いたまま床に転がっていた。森下くんを捜したけれど、少なくとも「カメリア」の周囲にはいなかった。

 そういえば最近、あの近辺の湖から、身元不明の男性の首なし死体が引き上げられたと聞いた。それが誰なのか――もしかしたら森下くんか、それとも彼の弟なのか、わたしにはわからない。薄情かもしれないけれど、調べようとも思わない。

 わたしは、わたしの首がいれば、それでいい。

 今はそれで。


 公園の中はどこも混んでおり、人目を避けてバッグを開けるのはなかなか難しい。まだ粘ってみるという三崎くんと別れて、わたしたちは帰路についた。

 人気のない道で、「ねぇ」とバッグに向かって話しかける。

「なぁに」

 バッグの中から声が聞こえた。

「いつか、昔見かけた首を捜しに行きたいな。プチトマトが好きなおじさんなんだけど」

「ふふふ」

 バッグの中から軽やかな笑い声がした。「いいよ、おじさん捜しに行こ」

「ありがとう」

 そのための準備なら、少しずつやっている。

 今、新作小説を書いている。幻想小説というのかホラー小説というべきか、とにかくプロットは通った。メインキャラクターではないけれど、片目がない男性の首が出てくる話だ。

 首は、かまってもらうのが好きだ。

 自分と思しき首の話が書店に並んだとき、彼は果たして気づくだろうか。

 もしも気づいてくれたら、向こうからわたしのところにたどり着いてくれるかもしれない。なんとなく、そんな気がしている。

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