Day28 祭り
「あの、すいません! ちょっと待って!」
秋祭りの喧噪の中で、突然声をかけられた。
僕は屋台の女性から、透明なビニール袋に入った綿飴を受け取ったところだった。振り返ると、肩から大きめのボストンバッグを提げた男性が立っていた。
見覚えのない顔だと思った。ただボストンバッグの大きさは、今僕が肩から提げているものと同じくらいで、見覚えのあるサイズ感だ。
「もしかして、森下じゃない?」
男性はそう声をかけてきたが、僕の顔をよく見ると「いや――すみません。知人に似てたもので」と頭を下げた。
「いや、気にせず……あの、森下って森下樹のことですか。だったら僕、弟です」
僕が「森下葵」と名乗ると、男性は驚いて目を見張った。
「えっ、本当? うわぁ、偶然ってすごいな……顔が似てるなと思ったんですよ。おれ、お兄さんの大学の同期で、三崎って言います」
「三崎さん。ああ」
聞き覚えがある。確か大学のオケのトランぺッターで、生首絡みの人だ。
僕の視線がそちらに向いているのに気づいたのだろう、三崎さんは自分のボストンバッグを軽く叩いてみせた。
「あの、あれです。これ。お兄さんから聞いてるかな」
「首ですか」と尋ねると、中から「ふふふっ」という、女の子の笑い声が聞こえた。
人通りの多い場所を離れ、会場の隅のベンチに落ち着いた。人混み特有のざわざわに交じって、お囃子が聞こえてくる。近隣を回っていた神輿が戻ってきたらしい。
「それ、もしかしてこれですか」
三崎さんが僕のボストンバッグを指さした。僕は首を振った。
「いや、骨壺なんです。ただ彼女、こうやって彼女の姉さんをよく連れだしてたんで。なんか……たまにやってしまうんですよ」
そう言いながらバッグのジッパーを少し開け、中に入っている白い壺を見せた。三崎さんの顔がこわばり、いかにも(悪いことを聞いたな)という表情になった。
「全然気にしないでください。それにこうやって出歩いてたら、彼女の姉さんに会うことがあるかもしれないし。彼女、病気で亡くなったんですけど、亡くなる前に姉さんを他の人に譲ったんですよ。僕はその相手のことを全然知らなくって」
聞き損ねたのだ。彼女が生首になったら、そのとき聞いたり、会いにいったりすればいいと思っていたから。生首にならずに死んでしまうなんて、思えば当たり前の話なのに、僕たちはそれを考慮していなかった。考えてみれば滑稽だ。
死ぬ直前に姿を消した彼女を、僕はあちこち探して回った。ようやく遺骨を持っている親戚を探し出せたのは、まったくの幸運だった。
「そうですか……お兄さんは?」
三崎さんの質問に、僕は首を横に振った。
「兄は――よくわかんないんですよ。僕もあの人から逃げてましたし」
「逃げてた?」
「彼女を盗られそうで怖かったんですよ。あの人もたいがい生首に執着してたから」
的外れな心配ではなかったと思う。僕も兄も、自分と一緒にいてくれる生首をずっと探していた。僕は兄の下位互換みたいな人間だったから、兄自身に悪気がなくても、色んなものを持っていかれた。
数か月前、共通の知り合いから、兄が「カメリア」の跡地に行ったらしいと聞いた。それを最後に消息がつかめなくなっている。
だから、たぶん兄はあそこで「会った」のだと思う。
僕たちは少し話して別れた。
あそこで何に会えるのか、あえて三崎さんには教えなかった。だって彼はきっと、この先も「カメリア」になんか行かないだろう。
もう彼女がいるんだから。
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