Day20 心臓

 わたしはその瞬間、あの合宿の夜に戻った自分を夢想する。

 もしも首が出るお屋敷の建材が、あの建物――「カメリア」の離れのどこかに使われていたとしたら。

 それらは、「カメリア」廃業後はどうなったのだろう。


「で、どうする? 谷山さんは」


 三崎くんに尋ねられて、我に返った。今突然時間が動き出したみたいに、グラスの中の氷がカランと音をたてた。

「どうするって?」

「いや、谷山さん、おれみたいなのが羨ましそうだから。おれみたいっていうか、おれと彼女みたいなのが」

 確かにそうだ。羨ましい。でも。

「なんでそう思ったの?」

 尋ねると、三崎くんは笑って「おれ、谷山さんの本読んだよ」と言った。

「新人賞とったやつ。心臓をなくした主人公が、代わりの心臓を探して旅をしてさ。最終的に拾った生首を胸の中に入れて、それで生きていくって決めるじゃない。あれ読んで、谷山さんも自分と一緒にいてくれる首を探してるんだろうなって思った。彼女もオーディブルで聴いてたよ。面白かったって」

「ありがとう。首のこと、彼女が言ったの?」

 尋ねると、三崎くんは照れたように笑って「そう。彼女が言ってた」と答えた。彼女の話になると、三崎くんはいつも嬉しそうだ。

「首はそういうの敏感なんだって。谷山さんの本みたいなフィクションでも、本気で自分たちの話をしてるんだなって、わかるときはわかるって」

「そうか」

 それがわかってもらえたのは、嬉しい。

「わたし、『カメリア』に行ってみようかな……」

 そう呟くと、三崎くんは「いいんじゃない」と言った。

「三崎くんは? 行かないか」

「行かない。万が一彼女が『帰りたくない』とか言い始めたら、すげぇ困るからさ」


 バーを出ると、わたしたちはあっさりと別れた。駅を目指して一人で歩きながら、幼い頃に見たおじさんの首を思い出した。あのおじさんはどこに行ったのだろう。今もあの部屋のベランダに来るのだろうか。

 でも彼は、「わたしの首」ではないと思う。何となく、そんな気がする。

 わたしの小説の主人公が心臓の代わりにしたように、わたしが抱くべき首は、きっとこの世界のどこかにあるはずだ。

 三崎くんが彼女に出会えたように。

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