Day30 心臓
生首の話をすると、生首が寄ってくるものだ。
らしい。
とはいえあの夜、誰が、どうやって、どうしてそんな話を始めたのか、今となってはまるでわからないのだ。
そういうことを考え出すと、なんだか、心臓を見えない手で握られているような気分に襲われる。
『そっかー、残念。まゆかさんも、お子さん大きくなったら来てくださいね』
「ははは、そのうちね」
と答えながら、大きくなったらっていつだろう、と心の中で呟いた。
子供が生まれてから、めっきり夜間の外出の機会が減った。
大学のオケ部のOBOG飲み会など、断らなければならない用事の筆頭である。夫は激務だし実家は遠方だし、こればっかりは致し方ない。
それに、ほっとしている自分もいる。
怖いのだ。オケの集まりに行くのが。
「谷山さん、最初はもっと大人しい感じだったよね」
「三崎、またあのボストンバッグ持ってるよ」
「誰か森下くんと連絡とれた人いる? 全然返信ないんだけど、もしかして亡くなったって話、本当?」
出席すれば、そういう会話を中心にいなくても小耳に挟んでしまう。
それが怖い。時が過ぎるごとに、時間差で薬が効くように怖くなってきた。心臓を握られるような不安と圧迫感、それに恐怖。
ちょうどその頃妊娠して、飲み会やなんかの集まりに参加するのが難しくなった。それを機に、遠ざかっている。
大丈夫だ。
生首の話なんか、私の人生に何の関係もない。
オケ部に行かなければ、そういう話を聞かなければ、あの神社のことを思い出さなければ、関わらずにいられる。
通話を切って、部屋の中を見回した。五歳になる娘はどの部屋にいるだろう。さっきからやけに静かだ。
管理人常駐のマンションの六階だから、勝手に外出する心配は少ないけれど、居場所を把握しておく必要はある。部屋を出ようとしたとき、廊下から小さな足音がして、娘が駆け込んできた。
「ママ」
そのとき、厭な予感がした。通話を終えて油断しきっていた心臓が、思い出したようにぎくりと跳ねた。
「どうしたの?」
尋ねた自分の声が微かに震えている。娘は丸く目を見張って、隣の部屋の方を指さした。
「ベランダにくびがいるよ」
首が出る話 尾八原ジュージ @zi-yon
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