※2024/12/18追記
本編完結につき、全体公開としました。
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こんにちは。めっきり冬みたいな気候ですが、いかがお過ごしでしょうか。
サポーター限定記事として、現在連載中の『ずっと泣いててもいいよ』のスピンオフ掌編を書きました。作中でシロさんと神谷さんを乗せてしまった、タクシーの運転手さんの話です。
本編が完結したら、こちらは全体公開にさせていただきたいと思います。よろしくお願いします。
では以下。
江口さんは、変な引きのある人だ。
江口さんはタクシードライバーだ。私の勤務するマッサージ屋に、半月に一度のペースでやってくる。いかにも親切なおばさんなおばさんという感じで、帰り際には必ず「どうもありがとう」と言う。
「中田さんって聞き上手よね」
ただ黙って施術しているだけの私を、江口さんはそうやって褒める。「つい色々話しちゃう。それが心のデトックスになるのよね」
というので、江口さんはやってくるたび、私に愚痴半分みたいな話をする。大抵は変わったお客さんの話だ。彼女はそういうお客さんをよく乗せるらしい。
「こないだ、また変わったお客さん乗せちゃった」
と、今日も江口さんは施術台の上で話し始める。私はふんふん言いながら聞いている。
「若い男女のお客さんでね、でもカップルみたいな感じではないのよね」
まだ変なお客さんではない。
「なんか、うちの地元で昔起きたオカルト事件のことを調べてたみたいで、現場になった建物とか、お寺とか回らされたのね」
ちょっと変なお客さんになってきた。
「メインで調べてるのは女性の方で、男性の方は付き添いって感じ。男性の方、目が不自由みたいだったから、降車のときとか危なくないように、気をつけて見てたのね。それは全然大丈夫だったんだけど、よく見たらその方、左手が包帯でぐるぐる巻きなの。それも素人がやったって感じで、血がちょっと滲んでて」
雲行きが怪しくなってきた。
「まず事件の現場になった建物で降ろして、私は駐車場で待ってたのよ。そしたら戻ってきたとき、男性の方が左手ぐるぐる巻きだったって言ったでしょ? それが見るからに酷くなってるの。たぶん包帯の上からタオルを巻いて、そのタオルに血が染みてる状態」
「……かなり怪しいですね」
と、思わず口に出てしまう。施術中の江口さんは、うつ伏せのままで小さくうなずく。
「でしょ? 病院に行きますかって訊いたけど、その人『後で行くから大丈夫』ってニコニコしてるのよ。ニコニコしてるんだけど声が出てないの。代わりにスマホに喋らせてるのよ」
「かなり心配ですね」
「でしょう? だけど女性の方もそれでいいって言うから、私はもう言われたところに運ぶしかないじゃない。で、言われた通りお寺まで運んで、それからもう一カ所行って降ろしたんだけど、もう色々と気が気じゃなかったの。車内で色々話したはずなんだけど、妙に緊張しちゃってほとんど記憶にないわ。手汗が出るので参っちゃった。最終的に女性がぼろぼろ泣いちゃって、子供みたいにぐずり出したのを、男性がなだめながら降りて行ったのよ」
「盛りだくさんですね」
「そうなのよ。あの人たち降車した後どうしたのかなぁって考えてたら、帰りがけに卵買うの忘れちゃったわ」
「それはお疲れ様でした」
施術が終わると、江口さんは「どうもありがとう」と言って料金を支払い、帰っていった。
私は彼女を見送りながら、江口さんが乗せた男女のことを少し考えた。男性はその後病院に行ったのだろうか。女性はなぜ泣いたのだろう。
気にはなったけれど、どの道確かめようのないことだ。そのうちほかのお客さんが来たり、細々とした掃除や点検をしたりしているうちに、どうでもよくなってしまった。