首が出る話

尾八原ジュージ

Day01 おそろい

 一体ぜんたいどうしてそんな話を始めてしまったのか、思い出せないのだ。


「だからいるんですよ! 生首は!」

 気がつくと、後輩の谷山さんが力説していた。ふだんは真面目で大人しい子なのに、今日はずいぶん元気だ。合宿という非日常の空気が、彼女の性格を少し変えてしまったのかもしれない。

「小さい頃住んでたマンション、七階建てのけっこう古い建物だったんですけど、ベランダに来るんですよ、知らないおじさんの生首が。別に苦しそうとか血まみれとかじゃない、普通のおじさんの生首っていうか、生首しかないおじさんっていうか」

「知らないおじさんなの? それは生首じゃなくても問題があるんじゃ……」

 新しいチューハイ缶を開けながら、森下くんが言う。酒豪の彼は、ロング缶を二本空けた今も普段とさほど変わらない様子だ。

「まぁそうですけど、でも生首のおじさんは無害だったんで、あんまり怖いとかなかったですね。さすがに家の中に入れたりはしないけど、ガラス越しに目が合ったときとか、ちょっとうなずきあったりして」

「コミュニケーションとってるじゃん……」

「ベランダによく来る鳩かよ」

 OGのまゆか先輩が笑う。谷山さんはにこりともせず、真顔で「あーそうそう! まさにそんな感じでした!」と叫んだ。

「それって幽霊なの? その、生首おじさん」

「それがよくわかんなくてですねぇ。ベランダで育ててたプチトマト食べてたし、時々カラスにつつかれてたし」

「やっぱ鳩じゃねぇかなぁ……」と、森下くんが呟く。だが、谷山さんには聞こえていないようだ。「わたし、一度おじさんに話しかけられたことがあって」と話を続ける。

「小三のときにものもらいの重いやつになっちゃって、しばらく右目に眼帯して学校行ってたんですよ。そしたらサル山のサルみたいな男子に『海賊!』とかいってからかわれて。しょんぼりして家に帰ってきても、わたし鍵っ子だったから家に誰もいなくて。でもベランダにおじさんがいたんですよ。おじさんね」

 谷山さんは何かにとりつかれたように喋りながら、右の人差し指で自分の右目を指さした。「右目がなかったんです。たぶんカラスにやられたんじゃないかなぁ、穴空いちゃってるんですよね。でもあんまり痛そうとかじゃなくて、ふだんどおりヒョコヒョコ動いてるんですけど、わたしの方見て言ったんですよ。ガラス越しだけど口の動きでわかったんです。あれ絶対『おそろい』って言ったんですよね。わたしも右目ふさがってたから」

「で、どうしたの?」

 まゆか先輩が尋ねると、谷山さんは急にはたと喋るのを止めた。チューハイ缶を口元に当てたままフリーズしている。

「おおーい、たにゃーまちゃん?」

「……なんか、そのあと思い出せないんですよねぇ……」

「ん? なんで?」

「わかんないです。それから急に引っ越すことになったし。おじさん、どうなったんだっけなぁ」

 谷山さんは「うーん、うーん」と言いながら首をひねっていたが、諦めたようにチューハイ缶を置き、その場にゴロンと横になった。それから「ちょっと寝ます」と宣言して、両目を閉じ、ぱたっと喋らなくなってしまった。

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