Day15 心臓

 どん


 屋根に重たいものを落とすような音は、最近頻繁に聞こえるようになった。例のランプシェードを使うようになってからのことだ。

「見てきてもらえる?」

 さきこさんに頼まれると、私は「わかった」と応えてすぐに部屋を出る。でも、見にいかない。勝手口までは行くけれど、そこで少し待ってから部屋に戻る。そして、さきこさんに「何もいなかったよ」と伝える。

 怖いからだ。

 もしかしたら音を立てているのは、さきこさんの妹かもしれない。妹の彼氏のあおいくんかもしれない。でも確認する気になれない。

 私の中の、理屈ではない、感覚的な部分がそれを留めている。

 見てはいけない。

 見たらもう戻れない。

 そんな気がする。


「妹ねぇ、心臓に病気があったの」

 さきこさんが言う。

 もう何度も聞いた話だけど、私は「そうなの」と返すだけだ。私の知る限り、生首は記憶力があまりよくない。

「たとえ心臓が悪くなっても、首だけになっちゃえば平気でしょ、関係ないと思ってたの。でも心臓って大事だったかもね。大事なはずよね。心臓だものね」

 さきこさんは、ふと口をつぐむ。私は彼女が落ち込んでいるのではないかと、心配になってしまう。

 少しして、さきこさんはもう一度唇を動かし始める。

「わたし、妹はきっと、わたしと別れた後で首になったんだろうと思っていたの。でも、もしかしたら妹は、首になる前に心臓の病で死んでしまったのかもしれない。あおいくんも妹といっしょに首になったんじゃないかって思っていたけど、そうじゃないのかもしれない。何にせよ、二人にはもう会えないのかも」

「そんな……」

 そんなことないよ、と言えないのが悲しかった。私はさきこさんの妹さんをよく知らないし、病状がどうなっていたのかもわからない。死んでないよ、きっと首になっているよ、もうじき会えるはずだよ――なんて無責任なことは言えない。

 私はさきこさんを恭しく持ち上げ、そっと抱きしめて慰めた。黙っているのが一番楽だった。


 どうか、さきこさんの妹さんや妹さんの彼氏が、首になっていませんように。

 もしも彼らが首になって、さきこさんを迎えにきたら、首ではない私には、きっとそれを止めようがない。

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