Day05 心臓

 どん、どん、どん

 森下くんの話に呼応するかのように、天井からはまだ重そうな音が続いている。この部屋には天窓のようなものがなくてよかった、と思う。

 皆がわけもわからずざわめいているなかで、この集団だけが訳知り顔をしている。

「寄ってきたんじゃないですか」

 森下くんが呟いた。「自分らの話されてると思って、寄ってきたんですよ。ああいうのって、構ってもらうのが好きだから」

「わかる~。意思表示するときって、暴れるよなぁ」

 三崎くんが「手も足もないから、暴れるしかねぇんだよなぁ」と言って、さも可笑しそうに笑う。まゆか先輩も「それな」と言って笑っている。

 どん、どん、どん、どん、どん

 音は頭上に留まっている。

「ねぇ、だんだん音大きくなってきてない?」

 と、誰かが言うのが聞こえた。なってきてる。なってきてるよねぇ。たちまちのうちにざわめきに取り囲まれて、気がつくと皆がこちらを見ていた。

「ねぇ、首の話は?」

 突然服の裾を引っ張られた。

 振り向くと、眠っていたはずの谷山さんが起き上がって、じっとこちらを見つめていた。

「首の話。話してほしくて来てるんだから、早くしてよ」

 そう言いながら、まっすぐに天井を指さす。

「そうだよ。早くしろよ」

 森下くんがこちらを見ている。

「谷山さんの言う通りだよ。早くしろよ」

 三崎くんがこちらを見ている。

「ほら、早く話しなよ」

 まゆか先輩がこちらを見ている。

 自分の呼吸の音がやけにうるさく聞こえる。乾いた口を開けて、掠れた声で語り始めた。


 自分が見たわけじゃないんです。

 あの、父が手術をしたんです。三年くらい前に、狭心症の。

 幸い上手くいって、あと三日くらいで退院できるって話になって。

 医者は経過は順調って話してたけど、会いにいくと父、すごい顔色が悪くって。

 なんか、生首が出るって言うんですよ。

 夜寝てると、胸の上にどんっと降ってくるらしいんです。それが見知らぬ女の首だって言うんです。胸に乗っかったままぐらぐら揺れながら、「いいなぁ~」って何度も言うらしいんです。

 あいつ心臓羨ましいんだろうな、って父は言ってました。生首、心臓とかないから。

 なんでおじさんの心臓がピンポイントで羨ましかったのかわからないんですけど。

 結局予定通りに退院はできたんですけど、そいつ、いいなぁ~って言いながら父についてきちゃったみたいで、未だに実家帰ると、父から「生首が出る」って話を聞かされるんです。

 相変わらず「いいなぁ~」だって。その女、三年間もおじさんのバイパス手術した心臓羨ましがってるんだなって、思ったらなんか――


「――なんか、かわいいですね」

 谷山さんがそう言った。

 そして、けらけらと笑い始めた。

 天井の音は、いつの間にか止んでいた。

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