第29話 方針とダンジョン

 翌朝、アルカティナの静かな客室で目を覚ました。


 昨夜のリリスとの思い出が頭にちらつき、俺は小さく笑みを浮かべたが、すぐに気を引き締め直す。


 今日から新たにやるべきことが山積みだ。


 机に座り、深呼吸して頭を整理する。


 ペンを手に取り、真っ白な紙の上に「todoリスト」と書き込んだ。


 ・魔道具を作る。

 ・リアムの病を治す。

 ・リバイブレリウムの完成。


 

 まず、魔道具だ。


 今まで使ってきた武器は初心者用のデフォルト装備。

 

 デフォルト装備が並の武器より優れているが。

 

 敵が強くなるにつれて、さすがに限界を感じている。


 ストーリーを進めたり、強力な敵との戦いにおいて、使う武器は選ばなければいけない。

 

 俺には、もっと強力な武器が必要だ。


 できればオーラや魔力を増幅する魔剣のような杖のようなものが欲しい。


 しかし、ただの武器ではなく、自分の能力を引き出してくれる特別な魔道具が理想だ。


 情報屋との縁もできたことだし、誰か適任の職人を見つけられるだろう。


 思い浮かんだのは、魔道具開発の天才と称されるある女子だった。


 その人物は、主人公と同じまだ7歳という若さでありながら、すでに非凡な才能を見せ始めているだろう。


 ただ少女の人生は、奴隷という過酷な状況に縛られているし、まだ幼すぎる。


 そこで、少女の祖母に頼むことを思いついた。


 少女の祖母はエルメティアとアルカティナの戦争の火種になるほどの腕前を持っていたと言われている。


 この人物はストーリーの中でダリアンが15歳でアカデミーに入る頃には亡くなってしまっているが、今ならまだ存命のはずだ。


 この機会を逃さず、依頼してみることに決めた。


 続いて、リアムの病についてだ。


 リアムの病を治すことが俺の重要な目的の1つだ。


 リアムにリバイブレリウムのかけらを使おうと考えたこともあったが、それが不可能であることはインフォグラスで確認済みだ。


 かけらの力を耐えられるだけの体力がないと、その強大な力に体が爆散してしまうというリスクがある。


 そして、俺の記憶を他者に見せるリスクもできるだけ避けたい。


 リアムを救うためには、別の手段を考える必要がある。


 それには「浄光の涙」が必要だ。


 この秘宝は物語の終盤、強大なボスを倒してたどり着く神獣の森で、神獣と呼ばれる魔法生物が守っているものだ。


 リアムの病を治せる秘宝であり、物語中で主人公たちがリアムの死後にそれを手に入れるという、運営が仕組んだ皮肉な展開だ。


 だが、俺はリアムが亡くなる前にそれを手にするつもりでいる。


 ストーリーの展開を駆け足で秘宝までたどり着く。

 それが俺の選択だ。


 最後に、リバイブレリウムのかけら集めだ。


 楓を蘇らす。

 

 それが、俺のこの世界に来た意味だ。

 

 かけらが揃えば、どんな願いも叶えられると言われている。


 確実に集めるつもりだが、今の段階ではリアムを救うついでだ。


 残るかけらは4つ。

 

 ――ダンジョン、龍型魔法生物戦、タイトル戦、そしてラスボス戦。


 現状の俺には厳しいものばかりだが、万全の準備を整えて挑む覚悟だ。

 

 TODOリストを作り今後の方針を決めたので。


 気晴らしに散歩でもしようと決めた。

 

 

 アルカティナの街を猫の姿で散策していたときだった。


 細い路地に入り込み、鋭い視線で周囲を確認しながら、ふと目の前に目新しい光景が飛び込んできた。


 暗い影の中から、三人の子供が談笑する姿が見える。

 2人は、エマにダリアン。

 そのうちの一人は、見覚えがあった。


「ライアン……」


 彼の出自と境遇が、脳裏に浮かんだ。

 ゲーム内でも、バックストーリーがあった。

 

 スラム街出身の平民で、幼い妹がいる彼。


 両親はライアンがわずか6歳のときに亡くなり、以降は妹と二人で苦しい生活を強いられてきた。


 俺が知る物語の中では、彼がここを訪れるのはもっと後のことだった。


 本来なら、ダリアンとエマが旅行でアルカティナに訪れる際にライアンと出会うはずだったが、状況が少し変わった。


 俺の見舞いがきっかけで彼らは予定より早くこの地を訪れ、こうしてライアンと出会うことになったのだろう。


 エマが小さな魔道具を持ち出し、興味津々にライアンに話しかけているのが見えた。


 エマのあどけない笑顔に、ライアンは戸惑いながらも、少しずつ心を開いているようだった。


 その表情はどこか寂しげで、心に深い傷を隠しているかのようだったが、エマとダリアンの明るさに触れて、少しずつその影が薄れているのが感じ取れた。


 ライアンは気難しい性格で、すぐに誰かと打ち解けるような人物ではない。


 物語の中では、彼が他人と仲良くなるのはアガデミーに入ってから。


 今はまだ心を閉ざしているが、それでもエマの無邪気さとダリアンの親しげな態度が、彼の心の扉を少しずつ叩いているのが伝わってきた。


 俺は静かにため息をつき、彼らの会話を見守った。


 ライアン、エマ、そしてダリアン。


 この三人の出会いは、いずれ彼らにとって大切な絆になるだろう。


 エマの持つ魔道具の力で、離れていても彼らは親交を深めていくに違いない。

 

 俺はそれを信じている。


 今の俺には他にやるべきことがある。


 彼らの成長や友情は、アガデミーに入ってから見守るとしよう。


 それまでは、俺の使命を果たすことに集中する必要がある。

 


 父上が俺の見舞いを終えた直後、すぐに向かったのはダンジョンだと聞いた。

 

 剣士がフィリスフォード内のダンジョンで手こずると言えば「炎の渓谷ダンジョン」だろう。

 

 そこは数々の冒険者を退けてきた危険な場所として知られている。

 

 無数の溶岩が渓谷の至るところを流れ、常に燃え盛る赤い輝きが周囲を照らし出している。


「炎の渓谷ダンジョン」そこは巨大なフレイムサーペントが縄張りとし、溶岩の川が侵入者の行く手を阻む地獄のようなダンジョンだった。


 フレイムサーペントの気性は荒く、見知らぬ者が近づこうものなら、高温のブレスを容赦なく浴びせかけてくる。


 溶岩の川を渡るには、彼の視界から逃れつつ、耐火ポーションで火傷を防ぐしか方法はない。


 火属性の強力な対策がなければ、足を踏み入れることすら命取りになる場所だ。


 父上が遠征に出るということは、アルブレイブに戻る時間が少なくなる。


 そこで俺は、一行の遠征を早く終わらせ、父上が無事に帰還できるよう手助けすることに決めた。

 

 俺が「炎の渓谷ダンジョン」を手際よく片付ければ、父上達も早々に帰還できるはずだ。


 幸い、このダンジョンにはさほど大きな旨味はない。それゆえ、迅速に終わらせるのが賢明だろう。


 俺は心を決め、「炎の渓谷ダンジョン」へ転移した。


 自らの姿をアゼリウスのイメージに重ね、姿くらましを使うと、瞬時にフィリスフォードの灼熱の地へと姿を現した。


 

「何者だ!」


 ダンジョンの入り口に足を踏み入れた途端、険しい視線が突き刺さる。


 そこには、アルブレイブの剣士たちが数名、鋭い目を光らせて立ちはだかっていた。


 彼らの全身から漂う警戒の気配が、周囲の緊張感をさらに高めている。


「しがない冒険者です。通してもらえませんか?」


 俺は軽く微笑んで、落ち着いた声で応じた。


「今はアルブレイブのダンジョン遠征で使用している。ただちに立ち去れ!」


 剣士の一人が命じるように言い放つ。


 このままでは突破できないか。気絶させてしまうか……と思案していると、その時、厳かな声が響いた。


「よせ。貴様らでは敵わぬ」


 その声の主、アルドリックが現れた。威風堂々とした佇まい、そして確固たる威圧感。


 鋭い目で俺を見つめながら言葉を続ける。


「ものすごい魔力の昂りを感じて出てきたのだが……お主、ただ者ではないな。何をしに参った?」


 内心緊張しながらも、表面には平然とした様子を保ち、「ダンジョン遠征をお手伝いしますよ」と返す。


「ふむ。それはありがたい話だが、少し疑わしいな。なぜ我々の手伝いをする? そなたは魔法使いのようだが?」


「ここはフィリスフォードですよ?」と、にこやかに言いながら彼に説明を加える。


「剣士と魔法使いの軋轢はほとんどない土地です。私はただ、このダンジョンで少しばかり興味があるだけですから」


 アルドリックは少し考え込むように俺を見つめたが、最終的に軽くうなずいた。


「ふむ、そうか。だが――」


 俺は念押しのために、持参した耐火ポーションを差し出す。


「このポーションを持っています。ご一行に同行させていただければ、これをお渡ししますが」


 彼の目がわずかに輝く。


「それはありがたい話だな。同行を許可しよう」


 剣士の一人が不安そうに声をあげる。


「アルドリック様!」


「余の決定だ。文句はあるまいな?」


 アルドリックは強い口調で一行を制すると、俺に向き直った。


「早速だが、ポーションをいただけるか?」


 俺は事前に買い揃えておいた耐火ポーションをインベントリから取り出し、次々と彼らの前に並べる。

 

 50本ほどのポーションの瓶がずらりと揃った。


「すまぬな、助かるぞ」


「いえいえ、困った時はお互い様ですから」


 

 俺たちはダンジョンの中へと足を踏み入れた。


 灼熱の熱気が肌を焼くように感じられる。火山のような赤い光が壁を染め、溶岩の川が低くうねりながら流れている。


 まるで息を吸うだけで体内が焼けるような環境だ。


 見渡す限り、無数のフレイムサーペントがうごめき、牙を剥いて待ち構えている。


 アルドリックが横目で俺を見て、「貴殿の名前はなんという?」と尋ねてきた。


「アゼウスと申します」


 彼の視線が鋭く、どこか疑いを含んでいるように感じる。


「ふむ、話し方や立ち振る舞いがどうも平民らしくはないな」


 俺は咄嗟に微笑んで答えた。


「没落した貴族の出でして……」


「なるほど」と頷き、彼は一行の先頭へと立ち戻った。


 その時だった。鋭い火の粉と共に、巨大なフレイムサーペントが勢いよく飛び出してきた。


 その牙が猛然と俺たちに迫り、全身から熱気を放っている。


 俺は一拍置き、ゆっくりと詠唱を始め、魔法を発動した。


インビンシブル不視の風刃


 詠唱と共に俺の周囲に防御の魔法が展開され、フレイムサーペントを鮮やかに切り伏せていく。


 サーペントの火の粉が周囲に散り、仲間たちは目を丸くしていた。


「進みましょう」


「……あ、あぁ。見事なものだな」


 アルドリックが小さくつぶやく。

 彼の驚いた表情が見られるのは珍しいことだった。


 数十分ほど進むと、一行は希少種のフレイムサーペントの群れに囲まれて苦戦を強いられることとなった。


 その体は溶岩のように赤く光り、物理攻撃が効果をほとんど成さない。


 彼らの剣は次々と弾かれ、じりじりと後退を強いられていた。


「魔法を準備します。気を引きつけてください」


「わかった。聞いたか! 気を引きつけろ!」


 アルドリックの指示により、剣士たちはフレイムサーペントの周りを囲むように立ち回り、隙を見つけては小さく攻撃を加えていた。


 俺はわざとらしく大きな声で詠唱を始める。


「――我に敵を氷結する力を与えよ。アイスランス!」


 詠唱が終わると、氷の槍が、敵に向かって一気に射出された。


 氷と火がぶつかり合い、凍りついたフレイムサーペントが次々と倒れていく。


 アルドリックが感嘆の声を漏らした。


「見事な腕だな。運命が違えば、我と共に歩んでいたかもしれぬ」


「引きつけていただいたおかげです」と俺は淡々と答えた。


 希少種が倒されると、その亡骸からレアドロップの牙や爪が転がり出た。


 貴重な素材であり、戦利品でもある。


「では、私はこれで失礼します」


「……あぁ。またいつか会おう」


 別れの挨拶を済ませると、俺は姿くらましの詠唱を始め、アルカティナの地へと転移した。

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ノーフェイス 〜元世界1位のニートが転生したのはゲーム世界の最恐悪役〜 小川 裕 @Ogaw_Yu

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