第11話 アゼリウス・セリファ
いつの間にか、俺は五歳になっていた。
毎日が新しい学びの連続だ。
この半年間で学んだことは多く、どれも欠かせないものばかりだった。
パーティーでの礼儀作法、王族としての立ち居振る舞い、そして王族に必要な最低限の教養が、当然のように求められていた。
母との魔法の授業は特に印象深く、私たちの絆を感じる大切な時間だった。
セバスチャンとの剣術の訓練も、体を動かし集中力を養うことで、内に秘める力を少しずつ解放してくれるように思えた。
そんな日常の中で、私にはかけがえのない人々がいる。母リディア、忠実な執事セバスチャン、メイドのフレイヤ。
彼らと過ごす時間は、私にとって何よりも励みになっていた。
ある日、母と共に廊下を歩いていると、前方からセバスとロザリアがこちらへ向かってくるのが見えた。
ロザリアは美しい顔立ちに冷静な赤い瞳を持ち、第一王妃らしい威厳が漂っている。
セバスはいつもながらの上からな態度で、リディアには丁寧に頭を下げて挨拶をした。
「やぁ、レオン、こんにちは。リディア様」
セバスは柔らかな微笑を浮かべつつ、母に敬意を示す。
「すっかりお元気になられましたね、リディア様。」
母は微笑みを返しながら。
「ありがとう、セバス。レオンのおかげで、こうして元気になれました」と答えた。
その瞳には安堵の色が浮かんでいる。
ロザリアも母に視線を向け、少しだけ口元を緩めて。
「リディア様、本当に良かったわ。貴女が元気でいらっしゃることは、皆にとっても喜ばしいことです」
と静かな声で言った。ロザリアの言葉には温かさは見えなかったが、王宮での体面を重んじた表向きの気遣いが感じられた。
私はこのやり取りをじっと見つめながら、母親たちの間にある複雑な感情の波を感じ取った。
表向きは和やかなやり取りのように見えても、その奥には王宮ならではの緊張感が漂っている。
母とロザリアの視線の奥には、目に見えない火花が散っているようだった。
セバスは私に視線を戻し、諭すように言った。
「レオン、スキル発現式ではアルブレイブの王族として、恥をかくような振る舞いをするんじゃないぞ」
その言葉に私は少しばかりの反発を感じつつも、微笑を浮かべながら丁寧に答えた。
「ご心配なく、セバス。作法の心得も学んでいますし、私に恥をかかせるのはむしろセバスの方かもしれませんね」
彼の眉が少し動くのがわかったが、口を開くことはなかった。
私とセバスは異母兄弟として、表面上は穏やかに接していても、その間には小さな火種が眠っているようだった。
その後、私は自室に戻り、一息ついてから手に入れたばかりのリストを思い出した。
それは、次に開催されるフィリオスフィードでの王国式典の出席者リストだった。
特別なルートで入手したリストを眺めながら、気になる名前を目で追っていく。
「これは……!」
驚きで息を呑む。リストには、かつて私が遊んでいたゲームの登場人物である主人公やヒロイン、彼らの仲間たちの名前が記されていたのだ。
この世界の彼らとこんなにも早く遭遇するなんて!
胸の奥が高鳴り、思わずその名前に視線が釘付けになる。
「彼らと仲良くならなければ……」心の中で呟きながら、これからの出会いを思うと期待で胸が膨らんだ。
式典が近づき、私たちは準備を整えてフィリスフォードへの旅立ちを決めた。
式典の二ヶ月前と、少し早めの出発だ。
今回の旅には、許嫁であるリリス王女も同行する予定だ。
リリスと一緒に旅をしながら国の風景を眺めるなんて、何とも贅沢で特別な時間だと感じた。
出発の日、私はリリス一行に加わり、リリスと一緒に馬車に乗り込んだ。リリスは私に優しく微笑みかけ、嬉しそうに目を輝かせている。
「レオン、旅が楽しみね。これからたくさんの貴族や王族と知り合えるなんて、楽しみだわ」
「僕もとても楽しみだよ、リリス」と答えると、彼女の笑顔がさらに明るくなった。
その笑顔を見ると、不思議と旅の疲れも感じなくなるようだった。
私たちの馬車の後方には、国王をはじめとする団体が続いていた。
アルドリック国王に母リディア、第一王妃ロザリア、そして忠実な執事セバスチャンも共にしている。
彼らが揃っていることで、旅の行程は一層華やかになり、沿道には歓迎の人々が集まり、温かい眼差しで私たちを見送ってくれた。
馬車の窓を開けると、広がる草原や遠くの山々が、空の青と溶け合うように広がっていた。
風が頬を撫で、柔らかな日差しが車内に差し込む。
私はこの美しい風景に見入っていると、これから出会う人々や新たな出来事への期待が胸に湧き上がってきた。
その時、リリスが興奮気味に声を上げ、「あれ見て、レオン!湖が見えるわ!」と指差した。
私もその方向に目を向けると、遠くにきらめく湖面が映り、青空を映す鏡のように光り輝いていた。
息を呑むほど美しい光景に、思わず心を奪われた。
旅の中では、何か新しい発見や予想もしない出来事が待っているた。
私はその一つひとつを心に刻みながら、フィリスフォードの式典に思いを馳せていた。
馬車の旅が続く中、リリスと共に訪れた小さな村で、私たちは神殿に立ち寄ることにした。
古めかしい石造りの神殿は、ひっそりとした静けさに包まれ、その場に足を踏み入れると、時間が止まったかのような神秘的な雰囲気が漂っていた。
周囲に響くのは、私たちの足音とわずかに揺れる蝋燭の火が作り出す小さな音だけだった。
リリスと一緒に神殿の奥まで進み、中央に祀られた守り神の像の前で静かに手を合わせる。
心の中で旅の安全と、この先の出会いへの期待を願っているた。
すると、ふと背後で気配を感じた。振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。
男は一見40代に見えるが、視線を合わせるだけで引き込まれるような不思議な魅力があった。
男の黒髪には白いメッシュが入り、長く流れるような髪が神秘的な雰囲気を漂わせている。
赤い瞳は光を帯び、見る者に畏敬の念を抱かせるような神秘性と威厳を湛えていた。
その立ち姿は、ただの人間とは異なる力強さがあり、暗紫のローブがさらにその存在感を引き立てている。
ローブの縁には、古代の魔法文字が金色の刺繍で細かく施され、男が持つ格別な魔力を象徴するかのようだ。
また、手には真鍮で作られた杖を持ち、先端には光を放つ不思議な宝石が埋め込まれていた。
この宝石からは微かな輝きが漏れ出し、男の魔力の源であることを示している。
「やぁ」
男は静かな声で私に語りかけた。
その声は、まるで時の彼方から響いてくるかのようで、私は思わず息を呑んだ。
「あなたは……どなたですか?」
と尋ねると、彼は穏やかに微笑み、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「僕の名前はアゼリウス・セリファ。君の一応祖先に当たる者だよ」
男の言葉に、私の心はざわめき、思わず一歩後ずさった。
この場にいるはずのない存在が、まるで自然な顔をして立っているのだ。
男の姿は実体があるようで、しかしどこか夢幻的で、薄い霧のように頼りない。
「祖先……ですか?」俺は恐る恐る尋ねた。
男はうなずき、俺を見つめるその目には、まるで私のすべてを見透かしているかのような力が宿っていた。
「あぁ。あまり時間がないけど、話しときたいことがあるんだ。君に眠る大きな力と運命ついてだよ」
男の言葉に、俺は驚きと共に胸の奥に高揚が広がった。
しかし、なぜこのタイミングで彼が俺の前に現れたのか、まったくわからなかった。
「なぜ……なぜ俺に話しかけてくださるのですか?まだまだ未熟な俺が、そんな大きな力を持っているとは思えません」
男は微笑みを浮かべたまま私に近づき、肩にそっと手を置いた。
その手の感触は不思議と温かく、安心感を与えてくれる。
「君が未熟であることは百も承知だ。しかし、いずれ君はこの世界の未来を背負うだろう。そして、その時には自分だけの道を切り開くための覚悟が必要になる」
男の言葉は、単なる未来の予言というよりも、私の心の奥底に直接語りかけるような響きがあった。
俺がこれまで学んできた魔法や剣術の訓練、そして周りの人々との交流が、この先の運命につながっているのかもしれないと感じさせられた。
「これを渡そう。いずれ、君が必要とする時が来るだろう」
そう言って、男は小さな光の結晶を私の手の中に置いた。
見ると、それは美しい青白い輝きを放ち、手のひらで温かく脈打つようだった。
リバイブレリウムのかけらだ。
「この光が指し示す先に、君の運命の鍵となるだろう。その時が来たら、君自身の力で道を切り開くのだ」
男の言葉が終わると、ふとその姿は風に溶けるように消えていった。
神殿の中には再び静寂が戻り、俺とリリスだけがそこに立ち尽くしていた。
「レオン……どうしたの?」リリスが驚いた表情で私を見上げる。
俺は手の中の光の結晶を見つめ、「なんでもないよでも、何かとてつもない出会いをした気がする」と答えた。
胸の奥に刻まれた、あの男の言葉とその存在を忘れることはないだろう。
その後、私たちは再び馬車に乗り込み、旅を再開した。
青い空と広がる草原を見つめながら、私はこれからの旅路が、ただのスキル発現の儀式ではなく、自分にとって重要な成長の機会になると強く感じていた。
そして、この謎めいた出会いがもたらす運命を、いつか確かめる日が来るのだと胸の内で思った。
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