第10話 リディアの思い
リディアは窓辺で静かに佇み、過去の日々に思いを馳せていた。
エルメティア伯爵家の娘として生まれた私は、幼い頃から家名と立場に見合う教育を受けてきた。
周囲からは「才色兼備」と称され、名門の娘にふさわしい姿を求められ続けたが。
その華やかな表向きとは裏腹に、心の奥にはいつも孤独の影が宿っていた。
家族からの愛情は希薄で、私はただ「エルメティアの名」に縛られた一人の娘でしかなかったのだ。
そんな私にとって、王太子であったアルドリックとの出会いは生涯で初めて感じる「温もり」だった。
彼は権力者であると同時に、私の個性を尊重し、人間としての私を見つめてくれた。
彼と過ごす時間はかけがえのないものとなり、私は自然と彼に心を開いていった。
二人の心が通じ合い、ついには王妃となることで、彼と共に未来を築いていこうと決意した。
だが、王宮という場所は理想とはかけ離れていた。
王の側近や貴族たちの陰謀が渦巻き、私は次第にその渦に巻き込まれていった。
窓の外に視線を向け、私は愛する息子、レオンのことを思い浮かべた。
レオンは、私にとって何物にも代えがたい大切な存在だった。
レオンが生まれたとき、私の心はこの世で初めて喜びに満たされた。
小さな手を握りしめ、その無垢な瞳を見つめるたびに、私の心に封じ込めていた感情が溢れ出してくるようだった。
だが、この王宮という場所が、いかにレオンにとっても危険な場所であるかに気づかされたのはすぐのことだった。
私は、どんなことがあっても彼を守り抜くと心に誓い、彼が自由に生きられる日々を夢見続けた。
そんな中で、ロザリアの存在は私たち母子にとって大きな障害となった。
ロザリアが私の影響力を恐れ、出産を控えた私に毒を盛ったと知ったとき、怒りと恐怖が心を駆け巡った。
実際に出産後、私は体調を崩し、日常生活さえも満足に送れなくなってしまった。
それでも、私にとって最大の恐れは、レオンに何か悪影響が及ぶことだった。
セバッチャンが「レオン様が鼻血を出しているのを見た。レオン様に毒の初期症状が見られる」と告げたとき、私の心は張り裂けそうだった。
レオンが軽い症状で済んでいるとはいえ、レオンにもし何かあれば、私はどうなっていたか分からない。
王宮という厳しい環境に備え、私は息子に少しでも役立つ知識と力を身につけさせたいと考えるようになった。
私の知識や魔法が、レオンの助けになるのなら、喜んで教えるつもりだった。
ある日、私は薄暗い部屋の中で、静かに窓の外を見つめていた。
夕暮れの光がかすかに差し込み、部屋の隅を照らしている。
心の中で不安が渦巻く中、息子レオンのことを思い浮かべる。
その時、扉が静かに開き、レオンが入ってきた。レオンの顔には、少し緊張したような表情が浮かんでいる。
手には小さな瓶をしっかりと持っていた。
「母上、お待たせしました」
と、レオンは声を震わせながら言った。彼の目は真剣そのものだった。
「これは……解毒薬?」
私の声は驚きと期待が入り混じっていた。
レオンが何かを成し遂げてくれることを心から願っていたが、その願いが私のために形となった瞬間、思わず涙がこぼれそうになる。
「はい、そうです。これを飲めば、母上の体調が良くなるはずです」
と、レオンは自信を持って言った。彼の目には、強い意志が宿っていた。
それが、私を安心させてくれる。
「レオン……本当にありがとう」
と、私はレオンを見つめながら、心の底から感謝の気持ちを伝えた。
レオンの無邪気な笑顔が、私の心を温かく包んでいく。
どれほどの思いでこの薬を作ったのか、レオンの努力がその表情からも伺えた。
レオンは瓶を慎重に私の前に差し出し、「お母さま、これを飲んでください。必ず効果があるはずです」と言った。
その声には、自信が感じられた。
私を守りたい、支えたいという強い思いが、レオンの言葉からあふれ出ていた。
私はレオンの手から瓶を受け取り、その小さな容器に込められた彼の思いを感じた。
私のためにどれほどの努力をしてくれたのか、そしてそれが今、私の手の中にあるのだ。胸が熱くなり、思わず泣きそうになる。
「レオン、あなたの頑張りが私を支えてくれているわ。本当にいい子に育ってくれたわね」
と言いながら、私は瓶の蓋を開けた。解毒薬の甘い香りが広がり、私の心に一筋の希望が灯った。
「飲むわね」と言いながら、ゆっくりと薬を口に運ぶ。
心の中で、レオンの努力が実を結ぶことを願った。
そして、薬が体に浸透していく感覚を味わいながら、レオンの存在に改めて感謝する。
「お母さま、どう?」と、レオンが期待のまなざしを向けてくる。私はレオンの顔を見つめ、微笑み返す。
「体が楽になってきたわ。あなたのおかげで、私はまた元気になれるかもしれない」
そう言うと、レオンの顔がパッと明るくなった。その笑顔を見て、私は心から安堵し、レオンを抱きしめた。
「私、必ず元気になるわ。レオンと一緒にいる限り、どんな困難でも乗り越えていけるから」
と、私は心からの思いを伝えた。レオンは力強く頷き、私を抱き返してくれた。
その瞬間、私の心は温かい愛で満たされ、レオンと共に未来を歩むことができることに感謝した。
その1ヶ月後、すっかり元気になった私はレオンに魔法を教えることを決めた。
私の知識と力が、レオンの未来を支えるものであればと思ったからだ。
庭の静かな場所に二人で腰を下ろした。
「レオン、まずはマナと魔法の流れを感じ取ることから始めましょう。自然と一体になる感覚を大切にしてね」
私が手を差し伸べると、レオンは興味深そうに目を輝かせ、しっかりと私の手を握った。
その瞬間、レオンの周りにふわりとした光が広がり始めた。
まるでレオン自身が自然と一体となっているかのように、周囲の空気が変わったのだ。
私は驚きと喜びで胸が高鳴った。
「すごい!レオン!本当にすごいわ!」
その日のレッスンでは、レオンは次々と魔法の基礎を習得していった。
特に、レオンが初めて魔法を発動させたときのことは忘れられない。
私が教えたばかりの呪文を、レオンは初めてながらに使ってみせた。
目を閉じ、集中しながら手を広げたレオンの前に、ゴオオと音を立て炎が現れた。
私の目には、レオンの成長がはっきりと見えた。レオンの才能は私の想像をはるかに超えていた。
「お母さま、見て!どうですか?」
レオンはその目をキラキラと輝かせ、私に向けて力強く微笑んだ。
その姿に心が震え、感動が押し寄せた。
レオンは単なる王子ではなく、真の魔法使いとしての資質を持った神童だった。
その後もレオンは次々と新しい魔法を習得し、教えたことを素早く自分のものにしていった。
レオンは私の言葉を超えて、独自の方法で魔法を使いこなすようになった。
ある晩、庭で静かな夜空を見上げながら、レオンが新しい魔法を試みていた。
レオンの手のひらから放たれた光の刃は、彗星のように輝き、周囲を照らした。
その瞬間、私はレオンの成長と才能に感動し、母として誇りを感じた。
「レオン、本当に素晴らしいわ。こんなに早く力をつけるなんて、私が教えたことを遥かに超えているのだから」
「お母さまの教えがあったからこそです!」
その笑顔を見て、私は何があってもレオンを守り抜くことを誓った。
レオンは、王国の未来を背負う存在であり、私にとってはただの息子ではなく、心の支えでもあったのだ。
レオンが成長していく姿を見ながら、私はレオンがどのような魔法使いになるのか、そしてどれだけの偉業を成し遂げるのかを楽しみにしていた。
私の心には、かつてない希望が満ち溢れていた。
「レオン、あなたはもっと強くなるわ。誰にも成し得なかった
そう告げると、レオンは少し照れくさそうに笑った。
その表情を見たとき、私は改めて決意を固めた。この子を守り抜くためなら、私はどんな犠牲もいとわない。
私にとってレオンは、王国の未来を背負う存在であると同時に、たった一人の心の支えでもあるのだから。
――
やがて半年が経ち、俺は母から受けた魔法の授業を終えた夜、王宮の庭に一人で立っていた。
夜空には星が輝き、冷たい空気が肌を撫でる。母から学んだ魔法のすべてを心に刻み、俺は新たな技に挑戦しようとしていた。
その技とは、呪いと魔法の融合。
これは、ゲーム内の俺ですら試みたことがない危険な領域だと考えていた。
だが、この半年間魔法と呪いについて徹底的に研究をしていた。
そのため、俺は、母の教えと、自分が持つ呪いの力を融合させれば、かつてのゲーム世界でも存在しない「無詠唱魔法」を発動させることができると確信していた。
庭の静寂の中、俺は深く息を吸い、目を閉じて集中する。
魔力を指先に集め、呪いの力を混ぜ合わせると、闇のように黒く、しかしどこか神聖な光が指先に集まり始める。
次の瞬間、庭に植えてあった木々を2、3本、肉眼では見えない風の刃が切り倒した。
詠唱を必要とせず、ただ自分の意思と力だけで、魔法を操る感覚が身に染み渡る。
ふと、そんな自分に笑いがこみ上げてきた。
「ははっ……ノーフェイス、お前は本当に最恐の存在だよ」
静かな夜の中、その言葉が空気に溶けて消えていった。
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