第23話 アシデッド
フィリスフォードでの生活は一見平穏に見えたが、その裏で陰謀と戦火が渦巻いていた。
街の喧騒や賑やかな市場の裏側には、ネクロムとの不気味な影が潜んでいる。
ネクロムは水面下で活動を続け、各地に暗黒の手を伸ばしていた。
しかし、幸運にもアルブレイブやエルメティアまではその魔の手が直接的には及んでいない。
それでも、フィリスフォードの周辺には頻繁に戦闘の気配が漂っており、周囲の人々の不安を煽っていた。
そして、アルカティナでは紛争が起きていた。
「そろそろ、手を打つべき時が来たか」
俺は静かに決意を固め、微笑を浮かべた。
俺の瞳には冷たい光が宿り、何かを決意した者の強い意志が滲み出ている。
手には仄かにオーラが灯り、俺の覚悟を物語っていた。
「セバッチャン、ちょっと出かけてくる」
そう言い残し、姿を一瞬にして消す。
姿くらましを使った。
空気が歪み、俺の姿が消えると同時に、ただの風の音だけがその場に残った。
山奥、フィリスフォードの首都から遠く離れた場所。
そこには、冷たくどこか忌まわしい雰囲気が漂う古びた神殿が佇んでいた。
無数の苔に覆われ、黒ずんだ石造りの建物は、時間の重みと共に異様な存在感を放っている。
神殿の入り口にはネクロムのシンボルである呪われた半月の紋章が刻まれ、その周囲には何人もの兵が立ち並んでいた。
だが、俺はすでにアシデッドというネクロムの長に姿を変え、慎重に神殿内に潜入していた。
アシデッドに扮した俺は、重厚な足取りで神殿内を進む。
内部には幾つもの蝋燭が灯され、不気味な緑色の光がゆらめいていた。
俺は神殿の中心にある呪いの神が祀られた場所へと向かい、静かに足を止めた。
冷たい石床に響く足音と共に、俺は周囲を見渡し、一息つく。
「さて、殺るか」
俺は周囲を見渡し、神殿内にある無数の蝋燭の火に目を向けた。
「
空気中のマナを感じ取り、呪いを込め、操り始める。
瞬間、蝋燭の火が一斉に暴発し、神殿内に炎が広がっていった。
燃え盛る炎は、見る見るうちに天井に達し、壁際に逃げ込もうとした信者たちを無慈悲に飲み込んでいく。
ネクロムの信者が、逃げ場を失ってもがき苦しむ。
恐怖と絶望に歪み、火の手が迫るたびに助けを求めて手を伸ばすが、俺は微動だにせず、その様子を冷たく見ていた。
「助けて……アシデッド様……なぜ……!?」
その叫び声はやがて、燃え盛る炎の轟音にかき消された。
火に包まれた彼らの姿は、やがて炭化して崩れ落ち、ただ焼け焦げた肉と骨の匂いが漂うのみとなった。
神殿の石壁は黒煙に覆われ、燃え尽きる者たちの叫びがあたりに響く。
俺は静かにその場を見渡し、残しておいた、最後の幹部に目を向けた。
その幹部は恐怖に震えながら後ずさり、目には涙を浮かべている。
俺はその幹部に冷ややかな視線を向け、静かに口を開いた。
「貴様たちの目的はなんだ?」
幹部は答えない。
俺はその姿に冷笑を浮かべ、目の前の幹部に向けてインビンシブルを解き放った。
風の刃は見えないが、その結果は明白だった。
幹部の右腕が一瞬のうちに斬り落とされ、肉が裂け、血が神殿の床に飛び散った。
幹部は絶叫し、苦痛に歪んだ顔で崩れ落ちる。
「ぐ……ぐぁあああ!」
俺は冷酷な視線を投げかけながら、幹部にさらに詰め寄った。
「まだ喋る気にならないか?」
しかし幹部は、痛みによって言葉を失い、ただ喘ぎながら震えているばかりだった。
そんな無言の抵抗に対し、レオンは冷ややかに肩をすくめ、インビンシブルを再び展開する。
「それなら、次は足だ」
風刃が再び幹部に向けられると、その刃は幹部の足首を無慈悲に斬り裂いた。
骨が砕ける音がかすかに響き、幹部は再び絶叫を上げる。
しかし、レオンは容赦なく彼の悲鳴を無視した。
「さあ、答えろ。貴様たちの目的は何だ?」
幹部は苦痛のあまりか細い声で懇願し始めた。
「頼む……助けてくれ……目的は、各国に混乱を……それ以外は、本当に知らない……」
レオンは無表情のまま彼の目を見据え、冷たく言い放った。
「目的はそれだけか? 嘘はついていないだろうな」
インフォグラスをかけ、幹部の情報を再確認すると、その男が偽りのない答えを告げていることを知る。
それでも、レオンは情けをかけることなく、冷たく呟いた。
「死ね」
最後の一撃が繰り出され、幹部の命はそこで尽きた。
炎が神殿全体に広がり、建物全体が火の海と化していく中、俺は姿くらましを再び発動し、その場を立ち去った。
神殿跡地には、炎の余熱と焼け焦げた死体だけが残されていた。
異様な匂いと共に静寂が戻り、ネクロムの一員たちが信仰した呪いの神殿は、無慈悲な報復の跡として灰と化していった。
――
俺はフィリスフォードのアルブレイブ支部にある自室へ転移し、静かに部屋に足を踏み入れた。
扉が閉まる音が響くと同時に、思わず舌打ちする。
「ちっ……」
ネクロムの拠点を3つも壊滅させたというのに、肝心な手がかりは何も見つからなかった。
手を血に染め、焼き尽くし、命を奪ってきたが、すべて徒労に終わったという思いが胸をよぎる。
神殿での殺戮の余韻がまだ残っているのか、指先が微かに震えているのを感じながら、深く息をついた。
部屋の中心に佇み、胸を見下ろした。
ネクロムの一員を処理するたびに刻まれる魔力の痕跡――マギエールサークルが、いつの間にか3サークルになって浮かび上がっている。
皮肉な話だ。
ネクロムの勢力を削いでいるはずが、俺自身の力が強化されていくとは。
「ふぅ……」
疲れを振り払うようにベッドへと倒れ込んだ。
柔らかな羽毛が背中を受け止め、部屋の静寂が安堵をもたらす。
しかし、瞳を閉じても、心の中には消えない違和感が残っていた。
エクサリウム・オンラインのストーリーを熟知している俺にとって、ネクロムの拠点には必ず何かしらの情報があるはずだった。
ネクロムの動きや目的、あるいは計画の一端を示す証拠が、少なくとも何か1つは残されているはずだ。
だが、それらしきものは何もない。
空っぽの廃墟と、無駄に屍が積み重なるだけ。
……まるで俺が何を探しているのかを知っているかのように、重要な手がかりを隠しているとしか思えなかった。
「ネクロムのトップは、ストーリーを知っているな……」
自然と口をついて出た言葉が、部屋の静けさに溶け込んでいく。
これはただの偶然ではない。
俺の動きを察知し、行く先々で手がかりを消し去るなど、単なるNPCの反応とは思えなかった。
リリスの存在がそうであるように、もしもネクロムのトップが俺と同じく”知識”を持ち、ストーリーを把握しているとしたら……。
この世界に降り立ったのが、俺だけではなかったのだ。
ゆっくりとベッドから起き上がり、部屋の奥にあるバルコニーへと足を運ぶ。
冷たい夜風が顔を撫で、静まり返ったフィリスフォードの街並みを一望する。
見上げると、半月が空に浮かんでいた。
その淡い光が、まるで俺の疑念を照らすかのように輝いている。
「アシデッド……お前も転生したのか?」
月光の下、俺は呟いた。
――
その夜、ネクロムの本拠地には重々しい空気が漂っていた。
火の灯りもまばらに揺らめく神殿の奥深く、荒々しくも堂々とした風格を備えた大司祭……いや、戦士が現れた。
彼の名はアシデッド。
乱れたブロンドの髪は肩にかかる程度で、短めの髭が粗野な風貌を一層引き立てている。
鋭い眼差しは冷酷さと計算高い知性を秘め、彼の一挙手一投足には、戦場を生き抜いた者だけが持つ熟練の気配が漂っていた。
アシデッドの装いは、暗色の鎧に革の装飾が施され、くたびれた質感が一層の重厚感を生み出している。
肩には分厚い毛皮のマントがかかり、そのマントが彼の逞しさと北方の寒さに耐え抜いた強靭さを示していた。
手に握る大剣は巨大で、柄には無数の傷が刻まれており、それが彼の過去の激戦を物語っている。
アシデッドがその場に立つだけで、空気は一瞬にして張り詰め、周囲にいる者たちは言葉を失った。
部屋の奥で彼を待っていたのは、幹部たちだった。
彼らは神妙な面持ちで一斉に頭を垂れ、報告を開始する。
「アシデッド様……実は、あなた様のお姿を模した何者かによって、支部が壊滅しました。記録の魔道具が残されており、犯行の様子が記録されています」
幹部の声は震えていた。
アシデッドの冷ややかな視線が、報告をする彼の全身をまるで凍りつかせるかのように捉えていた。
アシデッドは腕を組み、しばらく思案するように目を細めた後、低く笑い始めた。
「俺の姿で暴れ回っている奴がいるだと?ふん……
アシデッドの冷淡な声には微かな楽しみが滲んでいた。
まるで、自分の姿を真似た相手をどう料理するか、すでに心の中で計画を練っているかのようだ。
「それで?そいつはどこに向かったんだ」
「はい、アシデッド様が以前お渡しくださった地図によりますと、フィリオスフィードの次なる拠点にも攻撃が及ぶかと……」
アシデッドは不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと大剣を地面に突き立てた。
その鋭利な刃が石床を削り、幹部たちはその音にびくりと身を震わせた。
「そいつが本当なら、ちょうどいい。奴の進む道には、下っ端どもに転移魔法の設定石を持たせておけ。奴が現れたら知らせるようにしておくのだ」
幹部の一人が不安そうな顔を浮かべた。
「し、しかし……アシデッド様、その拠点は私たちの神殿でもあります。神聖な地を守り抜きたいのですが……」
アシデッドはその言葉に眉をひそめたが、すぐに冷ややかな笑みを浮かべた。
「神殿を守る? 俺にとっては、ただの餌場にすぎん。安心しろ、手は打っておく。貴様たちは心配せずに餌を巻くだけでいいのだ」
幹部たちは無言で頷き、アシデッドの命令に従うことを決意した。
アシデッドの言葉には、不安を打ち消すだけの絶対的な威圧感と、戦士としての揺るぎない信念が込められていた。
アシデッドは再び大剣を構え、冷たい眼差しを幹部たちに向けた。
「いいか、獲物がかかる瞬間を俺は楽しみにしている。だが、それまでに貴様らが仕損じるようなことがあれば……」
その言葉の先を聞くまでもなく、幹部たちは恐怖に慄き、再び頭を垂れた。
彼らは内心で神に祈りつつ、アシデッドの冷酷な指示を受け入れ、獲物が罠にかかるその日を待ち望むこととなった。
「ははっ。少しは骨のありそうな奴が現れたもんだ」
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