第8話 許嫁

 ダンジョン攻略を始めて2時間が経った。

 

 時折、耳をつんざくような不気味な囁きが響き、まるで亡者たちがこちらを見つめているかのような錯覚に陥る。


 だが、俺はそれを振り払うように、しっかりと前を見据えた。


 ここは「亡者の地下墓地ダンジョン」。数々の冒険者たちがその名を恐れ、また魅了されてきた場所だ。


 ここでの目的は明確だ。「百均戦法」を用いて、アンデッド系魔法生物を狩り、EXAと経験値を稼ぐこと。


 百均戦法の狩場に到着した。

 

 先ほどの不気味な囁きとは裏腹に、狩場は静まり返っている。意気揚々と進む俺は、手元に持つスクロールをしっかりと握りしめた。

 これが「範囲ヒール」の魔法保存紙で、次に現れる魔法生物に向けて放つべき武器だ。


 グリームスピリットという亡霊系魔法生物が、今か今かと姿を現す瞬間を待っていた。


 時間はまるで静止したかのように感じられた。ダンジョンの薄暗さが、恐怖心を煽る。


 だが、俺には心強い準備がある。


 グリームスピリットのHPをギリギリまで削るダメージ量を持つこの魔法を使えば、100体ちょうど屠ることができる。だからこそ、「百均ダンジョン」と呼ばれるのだ。


 突然、目の前に黒い影が現れた。

 グリームスピリットだ。

 

 無数の亡者たちが周囲を囲むように現れ、俺に向かってその鈍い目を光らせている。

 俺は冷静に息を整え、スクロールを破った。するとスクロールの魔法が発動し、光り輝き始めた。


「死ね!」

 

 俺は声を上げた。

 範囲ヒールの魔法が、次々とアンデッドたちを消し殺していく。


 彼らの HP は、まさに一瞬で削り取られていく。100体が、俺の命令に従うように次々と倒れていった。

 地面にはグリームスピリットの核が落ちている。


「これが……百均戦法か!」


 心の中で歓喜を叫ぶ。


「気持ちいいな」

 

 圧倒的な効率の良さに、思わず顔がほころんだ。その瞬間、周囲の空気が一変し、俺の心に満足感が広がっていった。


 こうして、安定したEXAと経験値を手に入れることができるのだ。


 だが、喜びに浸る暇はない。

 グリームスピリットのリスポーンには3時間かかるため、その間に俺はスキルや呪いについての研究を始めることにした。


「呪い……」ふと呟きながら、インフォグラスをかける。そこには「死を超えた者が使用できる」との記載があった。


 呪いは隠れたステータスであり、魔力が尽きた状況でも切り札として使用できる可能性を秘めている。


 1時間研究していると。呪いのことに関して気づいたことがある。呪いは体力を消費する。


 魔法は魔力を消費するのに対し、自傷するかの如く体力を消費していた。

 しかし、このスキルがあれば、万が一の事態に対処できる。


 スキルの検証も進める。


 スキルのことも気づいたことがある。

 体を変化させる時間は24時間で、陸上に住まない生物には変化できないことを確認した。

 

 稼いだ経験値でスキルレベルを上げた。

 

 分身を作ることができるようになった。だか、分身を作っている間、本体は変化が解けるようだった。

 そして、分身は剣術や呪いを使用することはできない。

 だが、今後の展開において、この情報は重要になるだろう。


 ダンジョン内の静けさの中。

 俺は狩り→呪いやスキルの研究と集中していった。

 自分の身体や心の内に潜む力を探るように、じっくりと向き合った。

 静寂が心地よい反面、時折耳にする不気味な囁きが、心をざわつかせた。


 そうこうしているうちに、1日が経過した。

 

 グリームスピリットが再び姿を現す。十分に引き付けてからスクロールを破った。100体のグリームスピリットは核を残して、霧散していった。


 解毒薬を作るための素材を買うにはあと少しのEXAが必要だ。

 しかし、もうスクロールが底をついていた。


「冒険者ギルドでグリームスピリットの核を売って、またスクロールを買わなきゃな」と呟いた。

 

 その時だった。

 遠くの入り口付近から微かな気配を感じ取る。

 まさか、他の冒険者か?

 

 2時間後。

 ゆっくりと暗闇に目を凝らすと、そこには一行の姿があった。


 聖騎士や僧侶らしき者たちが数名、そしてその中央には幼い少女が一人、落ち着いた佇まいで立っている。

 彼女の存在感は、まるで暗闇を照らす月光のように鮮やかだった。


(まさか、リリス・ヴェスパー……?なぜ、ここに?)

 

 貴族の階級は上から公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵といった5つの階級がある。

 

 リリスはアルカティナの公爵であり、将来「聖女」と呼ばれるであろう存在。

 

 だが、ゲームストーリーでは、主人公に嫌味を連発し、ヒロインに噛みつきまくる性格だった彼女はゲーム内でいつしか「悪女」と呼ばれていた。

 

 ゲーム内主人公と僧侶としてパーティーを組む少女だ。


 なぜアルカティナから離れ、このダンジョンにいるのか理解できなかった。

 

 思わず驚きのあまり目を見開いていると、彼女もこちらに気づいたようで、その整った顔に驚きの色が浮かんだ。


「えぇ!?レオン・アルブレイブ!?こんなところで何をしているの?」


 彼女の声はどこか鋭いが、幼さの残る口調が可愛らしい。


 俺は一瞬、言い訳を考えたが、何も思い浮かばなかったため、正直に答えることにした。


「経験値を稼いでいたんだ」


 周囲の一行たちは俺の答えに一斉に驚きの声を上げた。


 「こんな危険な場所にお一人で?」「なんて無茶なことを――」と、リリスの護衛である聖騎士の一人が呆れながらも、心配そうに言葉をかけてきた。


 俺は内心、自分の油断を悔いた。


 スキルや呪いを試していた最中で、スキルのクールタイムに入り変装が解けてしまっていたのだ。


「彼はレオン王子様なのですか?」一行の女性がリリスに尋ねた。彼女の目が驚きと興味で輝いているのが見て取れた。


 リリスは笑みを浮かべ、誇らしげに頷いた。

 

「ええ、そうよ。アルブレイブ王国の誇るレオン王子。けれど、少し無茶をするのが難点みたいね」


 そう言ってから彼女は俺に目を向け、微笑みを浮かべた。


 その微笑みは何か謎めいていて、リリスの整った顔立ちと相まって不思議な魅力を放っていた。

 ブルーブラックのストレートヘアが背中で揺れ、彼女の高貴さと冷静さを象徴するようだった。


 その日は彼女たちと共にダンジョン内で過ごすことになり、一行が用意してくれたテントで休むことになった。

 夜が訪れ、静かなダンジョンの空気の中、彼らと共に簡素な食事を取っていると、一行の女性が俺に話しかけてきた。


「リリス様が、アルブレイブに向かう際に、どうしてもこちらに立ち寄りたいとおっしゃっていたのです。このダンジョンでレオン様に会うとは驚きました」


 俺はその言葉に少し驚きながらも、リリスも経験値稼ぎに来たのだろうかと考えた。


「リリス、お前。そんなことを……」


 リリスは小さく肩をすくめ、気にするなとばかりに微笑を浮かべた。

 

 「たまたまよ。攻略されていないダンジョンを見てみたかったの」


 俺たちはその場で「フレンド申請」をし、パーティーを組んだ。


 リリスのステータスを確認すると、ヒールや浄化などのスキルを持っていることがわかったが、スキルレベルが低いためグリームスピリットの狩りに、現状では使用できないようだった。


 しかし、リリスは徐にインベントリからスクロールを取り出し、無邪気に笑った。


「範囲浄化のスクロールは持っているわ。これでグリームスピリットを倒すことができるの」


 その笑顔に応えるように俺は微笑み返し、二人で協力して百均戦法を試みることにした。


 スクロールの光が闇を照らし、湧き出るアンデッドたちが次々と浄化されていく。

 まるでリリスの存在がこのダンジョンの邪悪を打ち払っているかのようだった。

 

 俺たちはこの方法でEXAと経験値を効率的に稼いだ。

 そして俺は、解毒薬の素材を買っても余るほどの成果を上げることができた。


 翌朝、ダンジョンの重苦しい空気を脱ぎ捨て、俺たちは地上へと一歩を踏み出した。

 淡い朝の光がまばゆく差し込み、冷たく湿った地下の空気とはまるで違う、温かく優しい陽射しが肌を包み込む。


 その温もりに目を細めながら空を見上げると、自然と安堵の息が漏れた。

 

 背後にはリリスとリリスの一行が続いている。

 聖騎士たちは鋭い視線で周囲を警戒し、少女を守るように周りを固めていた。


 リリスは地上に出ると、目に見えて表情が和らぎ、地下での気高さから一変して無邪気にはしゃいだ。

 小さく伸びをしながら、ブルーブラックの髪が陽の光を浴びてきらめき、まるで夜の闇が朝の光で洗い清められたように軽やかに揺れた。

 透き通るような白い肌に朝日が優しく反射し、その表情には今までの冷静な凛とした雰囲気とは違う、どこか幼さの残る愛らしさが漂っている。


「やっぱり外の空気はいいわね」


 小さく息を吸い込むと、顔には安らぎが広がり、その言葉とともに彼女の姿は一段と柔らかなものに映った。


 ダンジョン内での鋭い目線が一瞬ほぐれ、まるで寒さから解放された鳥が羽を休めるような姿だった。


「ダンジョンの中とはまるで違うな。さっきまでの場所が夢の中みたいだ」


 俺の言葉にリリスがくすりと笑った。


「本当に。でも、レオン、あんな恐ろしい魔法生物を見ても動揺しなかったわね。あなたのその落ち着きには驚いたわ」


 リリスの声はいつもよりも柔らかく、心からの感心が込められていた。


 その瞳には、少しの尊敬と、微かな好奇心が垣間見えるようだった。


 その後、俺たちは彼女の一行と共にアルブレイブへと続く道を歩き始めた。


 リリスの周りには、護衛の聖騎士や僧侶たちが固まって進み、彼女を中心に静かで堅実な行列ができていた。

 彼らの気配が静かな威圧感を生み出し、道行く者も思わず目を逸らしていた。


 しばらく歩いていると、リリスがふと俺に近寄ってきた。そして、ほとんど囁きに近い声で言った。


「レオン、私と並んで歩いてくれる?」


 その声は静かで、他の者には聞こえないほどの小ささだった。

 俺は少し驚きながらも、頷いてリリスと肩を並べる。


 その瞬間、リリスから漂う高貴な気品に圧倒されそうな感覚が湧き上がった。

 リリスと肩を並べると、周りの空気が変わったような、特別な何かが生まれるのを感じた。


「レオン、スキル式には参加するのかしら?」


 リリスは少し遠くを見つめながら問いかけてきた。彼女の声は穏やかで、優しさが混ざっている。


「参加するよ。リリスも出るのか?」


「もちろんよ。」


 俺が少し意外そうに問い返すと、リリスは頷いて微笑んだ。その微笑みには覚悟が宿っていて、貴族としての責任と決意が感じられる。


「そうか。アルブレイブには何をしにいくんだ?」


「え?聞いてないの?私達許嫁よ」


 リリスが俺を見上げて柔らかな微笑みを浮かべた。その一瞬で、リリスが本当に特別な存在であることを再認識させられた。


「え!?」

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