第7話 亡者の地下墓地ダンジョン

 剣術の正式な訓練が始まってから半年が経過した。

 

 俺は、アルブレイブ王国の王子であるという身分に甘えることなく、黙々と体力トレーニングと剣を振り続けてきた。

 

 最初の数ヶ月は体力トレーニングを積み体力を鍛えた。

 数ヶ月が経つと、剣術の訓練に入った。

 そして、朝から晩まで、執事のセバッチャンから教わり、汗と土にまみれて剣術の基礎を叩き込まれていった。


 鍛錬の日々は決して楽ではなかった。手のひらは血がにじむほどに剣の柄に擦り切れ、腕は鉛のように重くなった。

 それでも諦めず、歯を食いしばりながら続けた。

 

 前世では運動経験がほぼゼロだったが。

 半年経ってみれば毎日上達していき、楽しかった。

 


 さらに半年が経ち、俺は4歳になった。

 

 訓練を始めて1年。剣を握った感覚が次第に自分の一部のように感じられるようになってきた。

 剣を振るうたびに自然と体が動き、技術が手に馴染んでいくのを感じた。


 それは単なる「技」ではなく、自分に宿った「スキル」と変わっていった。


 スキルは、本来5歳の発現式でしか得られない特別な力のはずだった。


 それなのに、なぜか俺は訓練の過程で手に入れてしまったのだ。

 その不思議に戸惑いながらも、俺はバカみたいに喜んだ。


「ノーフェイス、お前は本当にすごいな」


 

 訓練が終わり夕方、父である国王から召し出しがあった。

 

 王の間に一歩踏み入れた瞬間、1年ぶりに会う父の姿が目に入った。

 威厳に満ち、厳かに玉座に座る父、俺の存在に気づくとわずかに目を細めたように見える。


 王としての冷静な顔の奥に、父親としての感情が一瞬の間だけ浮かんだ気がした。


「久しいな」


 父の言葉は短く、それでもその声にはどこか柔らかさが含まれているのを感じた。

 俺も深く礼をし、王であり父である彼の前に立つ。


「お久しぶりです、父上」


 その言葉に、父はわずかに頷き、隣に控えていたセバッチャンに視線を移した。


 セバッチャンは一歩前に進み、堂々とした声で語り始める。


「アルドリック様、坊ちゃまの剣術の腕前は見違えるほどの成長を遂げられました」


 父は静かに聞き入り、真剣な眼差しを俺に向けた。

 その視線はまるで鋭利な刃のように、俺の内面を見通すかのようだった。

 俺はその眼差しに耐えながら、正面から見つめ返す。セバッチャンは続けて語る。


「レオン様の剣を握る姿には、揺るぎない決意が宿っております。基礎動作も確かで、集中力も群を抜いております。年齢を超えた覚悟と努力を重ね、既に剣術のスキルも習得されました」


 その言葉に、父の表情に驚きの色が浮かんだ。スキルの発現は通常5歳の式典でのみ許されるもの。

 それを先んじて得ていることに、父は少し驚いたようだったが、やがてその目に誇りと称賛の光が宿る。


「セバッチャンがそこまで言うとは、誠に見事な成長を遂げているのだな」


「はい、アルドリック様。レオン様の剣術には迷いがありません。剣を通じて、お心の強さがさらに磨かれていると確信しております」


 セバッチャンの言葉は、弟子である俺に対する信頼と誇りに満ちていた。

 その評価に、俺の胸の奥で小さな炎が灯る。彼に認められたことが、ひどく誇らしい。


 そして、それを聞いた父も、わずかに笑みを浮かべて俺を見つめた。


「よくやった。レオン。お前の努力は、我が王家の誇りとなる」


 その言葉に、俺は誓いのように答える。


「ありがとうございます、父上。これからも剣を極め、より強く成長いたします」


 すると父は傍らに控えた侍従に合図を送り、金貨100枚の袋が運ばれてきた。


 俺が袋を手に取ると、そのずっしりとした重みが掌に伝わり、緊張と喜びが心の中で混ざり合った。


「これを誕生日の祝いとして贈る。お前の努力の証と受け取れ」


 俺は深々と頭を下げ、誓うように父を見上げた。父の表情には、厳しさの中に満ち足りた笑みが浮かんでいるように見えた。

 

 金貨100枚だって!

 日本円にして約1000万円ほど。

 それを4歳に与える国王の器のでかさよ。

 

 これで、次の計画に移れるな。


 

 翌日。昼過ぎ。

 日が差し込む王宮の中庭で、俺はじっとセバッチャンを見上げていた。

 穏やかな笑みを浮かべた彼の目には、忠誠心がにじみ出ている。

 そして、俺がこれから話すことにどう反応するのか、少し緊張していた。


「セバッチャン、頼みがあるんだ。少しの間、王宮の外に出て……ダンジョンに行きたいんだ」


 その言葉に、セバッチャンの顔が固まった。優しい眼差しが、急に厳しいものに変わる。


「……1人でですか?ダメです。あまりにも危険すぎます。」


 彼の眉がキリッと上がる。そんな反応は予想していたが、俺はまるで何もないかのように肩をすくめて続けた。


「危険?何言ってんだよ、たかがあの“百均ダンジョン”に行くだけさ」


「“百均ダンジョン”ですか?なんですかそれ?」


「えっ?知らないのか?亡者の地下墓地ダンジョンだよ」


「亡者の地下墓地……!」


 セバッチャンの目が大きく見開かれる。


「何を言っているんですか!あの場所は未だに攻略されておらず、非常に危険なダンジョンだとされているんですよ!」


「まじかよ……」

 

 俺は心の中でうなだれた。

 この世界では、どうやらゲームでの常識が通用しないらしい。

 俺の記憶では、あのダンジョンは初心者が経験値稼ぎで行列を作っていたはずだ。

 それが今では「未攻略で危険な場所」だなんて、何とも皮肉だ。


「どうしても行くというなら、私も同行します」


 セバッチャンは、毅然とした態度で告げた。


「それは困る。お前には王宮で隠蔽工作を頼みたいんだよ」


「ふむ……そうですか。ですがレオン様が無事であるかどうか、やはり、私心配です」


 彼の強い視線が突き刺さるようだったが、俺も負けてはいられない。

 

「剣術も習ったし、俺は前より強くなった。それに、大丈夫さ」


 セバッチャンは俺の顔をしばらくじっと見つめていたが、やがて小さく息をついて頷いた。


「わかりました。私がどうこう言えそうにないですね。お任せします」


「よし!ありがとう、セバッチャン!」


 俺は思わず笑顔を浮かべた。幼い身体ではあるが、心は32歳が踊っている。


 それから数日、セバッチャンと計画を練り、俺はついに1週間の外出を決めた。王宮の外に出ることができるという自由の喜びが心を満たし、次第に胸が高鳴っていく。


「頼むぞ、セバッチャン。誰にも気づかれないようにしてくれよ」


「はい、レオン様」


 セバッチャンが1週間俺が何をしていたか虚偽の報告をアルドリック国王にしてもらうという作戦だ。

 セバッチャンはしっかり者だから、バレる心配はあまりしていなかった。

 

 俺は「変幻自在」を使って姿を変え、15歳程度の少年の容姿を思い浮かべた。

 鏡に映った姿は背が少し伸び、あどけなさを残した顔立ちに変わっている。

 これなら、もし誰かに見られても本来の自分だとは気づかれないだろう。


 俺は「亡者の地下墓地」と呼ばれるダンジョンに向かう。


 そこは呪われた魂が彷徨うと言われる不気味な地下墓地で、魔法生物や死霊がひしめく場所として知られていた。


 場所はアルブレイブから馬車で2日ほどの位置にあるスラム街だ。

 

 行き帰り合わせて4日。経験値、EXA稼ぎは3日の予定だ。


 まずは、王都アルブレイブで俺は、魔術用品を扱う店を目指した。

 石造りの建物が並ぶ通りを進むと、ようやく目的の店が見えてきた。

 店先には魔法の巻物や薬草が並べられ、店内からは香ばしい薬草の匂いが漂っている。


 重い扉を押して店内に足を踏み入れると、奥から気難しそうな顔をした店主がこちらを見てくる。

 俺はまっすぐカウンターに向かい、静かに声をかけた。


「範囲ヒールのスクロールを9枚ほど欲しいんだ。」


 店主は目を細め、一瞬俺を品定めするように見つめた後、後ろの棚から厚めの巻物を取り出し、カウンターにずらりと並べた。


 ひとつひとつ手書きで記された細かい呪文が、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。


「若いのに、ずいぶん多く買うじゃないか。用途は聞かないが、気をつけなよ」


 俺は無言で頷き、金貨をカウンターに置いた。重なった金貨がキラリと光ると、店主は満足そうに手を伸ばし、巻物を布袋に包んで渡してきた。


「ありがとよ。」


 巻物をしっかりとインベントリに収めて店を出ると、次は食料を買うために商業地区へと向かう。


 王都の市場は活気にあふれ、多種多様な品々が並ぶ露店がずらりと軒を連ねている。

 俺は道端の果物屋で乾燥果実を数袋買い、パン屋で硬めの保存用のパンを数十個、さらに干し肉も手に入れた。


 これで、ダンジョン内での3日間は十分にしのげるだろう。


「お兄さん、この塩漬けの肉は持ちがいいよ。長旅にはぴったりさ」


 親しげに話しかけてきた肉屋の店主が差し出した肉を受け取りながら、俺は少しだけ会釈して、手早く支払いを済ませた。

 インベントリには項目増え、旅支度としては申し分ない。


 準備を終えた俺は、いよいよダンジョン攻略に向けて出発する心構えが整った。

 

 馬を貸し出している業者から銀貨と引き換えに馬を借りると、俺はそのまま馬を駆け、ひたすらに続く荒れた畑道を行った。


 行く先には何もなく、風が枯れ草を揺らす音だけが響く。


 何事もなく、2日が過ぎた。


 

 無事にスラム街に到着し、目の前には“百均ダンジョン”と呼ばれるその場所が現れた。

 周囲の建物はぼろぼろに崩れかけ、陰鬱な雰囲気が漂うスラム街の一角にそれはあった。


 ダンジョンの入り口は石の階段が地下へと続いており、冷たい闇が俺を飲み込むかのように広がっている。

 階段を降りるにつれ、湿った空気が肌にまとわりつき、不吉な重さを感じた。


 中に足を踏み入れた瞬間、強烈な腐臭が鼻をついた。


「うっ……」


 思わず顔をしかめ、鼻を手で覆った。あたりには薄暗い灯火が、湿気で濁った光を放っているだけだ。


 壁に張り付く苔の匂い、そして肉が腐敗するような嫌な臭いが、俺の五感を容赦なく刺激する。


 目を凝らして先を見ると、朽ち果てた石像がいくつも並んでいる。その顔は、苦しみに満ちた表情を浮かべているようで、まるで亡者たちが俺を見下ろしているようだった。気持ちが悪くなり、胸の奥に寒気が走る。

 

 ゲームで見た映像の100倍はやべぇ。


 だが、それでも進むしかない。


 俺はゆっくりと呼吸を整え、奥へと足を踏み出した。


 ダンジョンの奥から、かすかにうめき声が聞こえる気がした。


 マップを思い出しながら攻略を進める。


 ダンジョンの攻略がひと段落ついて、一息ついたとき、不意にセバスのことが頭をよぎった。


 セバスは、俺の1つ上――つまり、彼はすでに5歳になり、「スキル発現式」と呼ばれる式典に参加したようだ。


 幼い頃に得られる特別な力が発現する式典、それは一種の親睦を深めるパーティーのようなものらしい。


「あぁ、そういえば……」

 

 と、当時の彼の得意げな顔が蘇ってくる。


 セバスは自慢げだった。

 

 すれ違うたびに、まるで誰かに褒めて欲しそうに肩を張り、得意げな笑みを浮かべていた。

 俺が少しでも耳を貸すと、すぐさま口を開き、まるで褒めて欲しい子供のように語り始める。


「やぁ、レオンも早く発現式に出られるといいね。僕はもう出たからさ……」


 そう言っては、妙に気取った仕草をしていたことを思い出す。


 セバスは、その発現式でどんな貴族の子弟と話したか、どれだけ立派なスキルを見せつけたか。


 誰々と仲良くなったか――あらゆることをまるで勲章のように語り尽くした。


「レオンがその場にいたら、きっと驚いてただろうな」


 と、彼は鼻を鳴らして俺を見下すような口調で言った。


 当時の俺には、その「スキル発現式」の価値がいまいち理解できていなかった。


 ただ、あの式典で何か特別な力を得られるのだという噂が気になったが、セバスの自慢話には少し辟易していたのも事実だ。


 俺もあと1年で「スキル発現式」か。

 もしかしたら、3つ目のスキルが発現するかも。


「楽しみだなぁ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る