第13話 ボス狩り
3日が経った。
洞窟の奥へと続く狭い通路を進んでいくと、冷たい空気がじわじわと肌にしみ込んでくる。
あと4キロ先には転移トラップのあるフィリスフォードへの近道が待っているが、その道程は決して容易ではなかった。
「そこ、トラップがあるから気をつけて」
俺は前を行くセバッチャンに声をかけた。
彼が足を踏み入れようとしていた岩陰には、かすかに輝く罠の線が隠れている。
セバッチャンは一瞬驚いたように足を止め、振り返って俺を見た。
その目には疑問の色が浮かんでいる。
「……あの、レオン様。ずっと気になっていたのですが、ここは未踏のダンジョンなのに、なぜそんなに知り尽くしているのでしょうか?」
セバッチャンの問いかけに、一瞬だけ思考を巡らせる。そして、軽く笑みを浮かべながら答えた。
「この間リリスと行った亡者地下墓地ダンジョンで手に入れたこの魔道具のおかげさ」
そう言って、適当に手持ちの魔道具インフォグラスを掲げてみせる。
だが、セバッチャンの視線は鋭く、俺の言葉の奥にある違和感を見抜こうとするかのようにじっと見つめている。
セバッチャンには「真実見破」スキルが備わっている。
半ば嘘であることには気付いているだろうが、セバッチャンはその場で何も言わず、ただ軽く頷くだけだった。
そんな二人のやり取りを、リリスはじっと見つめ、ふと口を開いた。
「セバッチャン、少しレオンと話したいことがあるの。少しだけ二人にしてもらえないかしら?」
リリスの言葉にセバッチャンはわずかに眉をひそめたが、素直に距離を取り、周囲を警戒するように離れた。
リリスは俺に向き直り、視線を鋭く細めた。
「あなた、一体何者なの?」
その突然の問いに、俺は一瞬言葉を失った。リリスの表情には、鋭い洞察力と冷静な疑念が混じっている。
思わず彼女の今までの行動を思い出した。
5歳児にしてはしっかりとした言動。
ダンジョンの知識がある。
リリスに対しての違和感が胸をよぎった。
「俺はアルブレイブの第2王子さ。それより、そっちこそ何者なんだ?」
問い返すと、リリスは薄く笑みを浮かべ、無言でインベントリから何かを取り出した。
「これ、何かわかるでしょ?」
リリスが出したのは、インフォグラス。
"プレイヤー"のみがログインボーナスで受け取ることができる魔道具だ。
「あぁ、そういうことか……」
「あなた、"プレイヤー"ね」
リリスの口調には、明確な確信が込められていた。その瞬間、今までの違和感の正体がはっきりとした。
「リリス、君もプレイヤーだったのか?」
リリスは頷き、再び鋭い眼差しを向けた。
「そうよ。……もう一度聞くわ。あなた、何者なの?」
「俺は……秘密だ。今言うべきことじゃないと思う」
リリスはわずかに口元を歪ませたが、頷いて受け入れてくれた。
「そう。でも大体わかったわ。だから、このことは二人だけの秘密にしましょう」
「ああ、そうだな」
二人はしばらく無言のまま視線を交わし合った。
やがてリリスが微笑んで言った。
「この後、どうするつもり?私、スキルレベルを上げたいんだけど」
俺もそれに応じて、「そうだな、せっかく来たんだし、ボス部屋に行こうか」と答えると。
リリスが興味深げに目を輝かせた。
「百均戦法をするの?でもスクロールは持ってきてないわよ」
「いや、百均戦法はしない。ボスを正攻法で狩る」
「え!バイパーファングの希少種はかなり手強いわよ。何か策でもあるの?」
「ボス部屋の隅に奇妙な岩場があるんだ。そこまで登れば、100体はいるヴェノムバットは飛んでこれないし、ボスの毒ブレスも届かないんだ」
「へぇ、そんな方法があるのね」
リリスは感心したように頷いた。
ふと俺は呟いた。
「リリスは本当にプレイヤーだったのか?こんなの上級者では有名な狩り方だったんだぞ」
「うるさいわね。忘れてただけよ!」
リリスは少し恥ずかしそうに口を尖らせる。そんなやり取りをしながらも、二人でしっかりと作戦を立てることにした。
やがてセバッチャンを呼び戻し、作戦を共有すると、セバッチャンは驚いたように目を丸くして話を聞いていた。
そして計画を聞き終えると、顔を強張らせて声を張り上げた。
「そんな……やはり、ダメです!危険すぎます!」
俺は肩をすくめて答えた。
「それならセバッチャンを置いていくしかないな」
セバッチャンは慌てて首を振った。
「それもダメです!」
「駄々っ子かよ」
すると、セバッチャンは少し困ったように鞄の中からスクロールを取り出しながら言った。
「分かりました。危険だと判断したら、すぐこれを使いますからね」
「それは……
「はい。アルブレイブに繋がる転移スクロールです」
セバッチャンの顔は真剣そのもので、セバッチャンが俺たちの安全を守ろうとする意志が伝わってくる。
「わかったよ、心配しなくても大丈夫だ。行こうか」
俺たちは息を整え、ついにダンジョンの最奥へと進んでいった。
4時間後、俺たちはボス部屋の前で立ち止まり、再度作戦を確認した。
「俺が分身を作って囮を作るから、その間に岩場に登って敵の攻撃が届かない位置についたら、魔法でボコボコにするぞ」
俺は軽く肩を回しながら言った。
リリスは力なく呟いた。
「私って、本当にお荷物ね……」
その言葉を聞いたセバッチャンも、ため息をつきながら肩をすくめる。
「同感です。でも、レオン様が異常なんですよ」
二人のやりとりに微笑みながら、俺はドアを押し開け、ボス部屋に突入した。
眼前には、獰猛な目を光らせるバイパーファングの希少種が待ち構えており、周りには群れを成すヴェノムバットが乱舞している。
空気は薄暗く、異様な静けさが支配していた。
「よし、いくぞ!」
俺はスキルを発動させ、セバスに似た分身を作り出してボスとヴェノムバットの気を引いた。
二人と一緒に岩場に向かい、全力で登り始める。
荒々しい息を漏らしながら、ようやく敵の攻撃が届かない高さまで辿り着いたとき、ふと1つの考えが頭をよぎった。
(……ボスに死の呪いを放ったら、どうなるんだ?)
閃いた瞬間、無意識のうちに動いていた。
岩場から飛び降り、バイパーファングの希少種に向かって走り出す。
俺の頭の中で危険だという警告が鳴り響いているが、それでも好奇心が勝り、止めることができなかった。
「レオン!」
リリスの叫び声が聞こえる。
「レオン様!」
セバッチャンも慌てて声を上げる。
だが、その声を振り払うようにして、俺は魔力で強化した死の呪いを放った。
「
緑色の閃光が、蛇のようにき蠢きながらバイパーファングの希少種へと迫り、触れた瞬間、周囲に無音の衝撃が広がった。
次の瞬間――。
ボスはその場で倒れ、死んでしまった。
「「「え?」」」
俺を含め、三人の声が重なる。
バイパーファングの希少種が、まるで存在しなかったかのように霧散し、その場にはぽつんと核だけが残されている。
そして周囲にいた百体のヴェノムバットも、一斉に霧となって消え、代わりに核だけがぽつぽつと床に落ちていく。
「ちょ、ちょっと待って……」
リリスは愕然とした表情でこちらを見つめる。
「あなた、ノーフェイスだったの?今のは、死の呪いじゃない!」
俺は苦笑いを浮かべながら頷いた。
「まあ、そういうことになるか。でも、おかげで一発で終わったな」
リリスとセバッチャンはまだ状況が飲み込めていない様子で、ただ立ち尽くしている。
俺は二人を安心させるように肩をすくめ、少しふざけた調子で言った。
ボスが死に。リスポーンに1時間かかる間があった。
セバッチャンは焦りを隠しつつ、リリスとともにレオンの方を見つめた。
セバッチャンの周囲には、ボス戦での興奮と緊張感が残っており、2人の表情には安堵と期待が交錯していた。
「セバッチャン。レオンと少し話があるわ。」
リリスは鋭い視線を向け、決意に満ちた声で言った。その表情は普段の彼女とは別人のようで、まるで何かに取り憑かれたかのようだった。
「私もレオン様とお話しすべきことがあります。」
セバッチャンは冷静さを保ちつつ、リリスの強い意志に応じた。
「ちょっと2人とも待って。1人ずつ話そう。」
まずはセバッチャンとの話し合いになった。セバッチャンはレオンに向かって真剣な眼差しを向け、心の内を吐露する準備をしているようだった。
「レオン様。正直におっしゃってください。どうやってあの力を手にしたのか、どうやってダンジョンの情報を手に入れたのか。」
レオンは一瞬思案し、そして毅然とした口調で返答した。
「セバッチャン、それは言えない。この秘密は墓まで持っていくつもりだ。」
セバッチャンは唇を噛みしめ、沈黙の中で考え込む。
セバッチャンの思考が複雑に絡み合い、レオンの力の源を解き明かそうと奮闘している様子が窺えた。
「レオン様。あの魔法を見た時、アルブレイブで最も恐れられた。魔法使いの始祖を思い出しました。彼は死をも乗り越えた存在だったと。」
「始祖?そう言えばエルメティアでは神のように讃えられていると母上が言ってたな。」
レオンは言葉を続けるセバッチャンの目の奥に、ほんのわずかに疑念を浮かべた。
最近あった謎の男の影が俺の心をよぎる。
「レオン様は始祖の生まれ変わりではないのでしょうか。」
セバッチャンの問いは鋭く、まるでレオンの核心を突こうとしているかのようだった。
「ははっ。違うよセバッチャン。」
「そうですか。」
セバッチャンは、俺の目を見つめながら静かに思案した。
洞窟の湿った空気が二人の間に静寂をもたらし、時が止まったかのようだった。
「わかりました。狩りを終えたら、すぐにフィリスフォードに向かいましょう。」
「あぁ。そうだな。リリスを呼んできてくれ。」
レオンは短く指示を出した。
「かしこまりました。」
セバッチャンは即座に応じ、リリスを呼び寄せるためにその場を離れた。
しばらくして、リリスが戻ってきた。リリスの瞳はレオンに釘付けで、興奮と疑念が入り交じった感情が漂っていた。
「ちょっと!あなたノーフェイスでしょ!」
リリスは大きな声で叫び、思わず目を見開いた。
「はぁ。そうだよ。」
レオンは冷静に認めた。
「きゃー。私ノーフェイスの素顔知っちゃった!」
リリスの興奮は抑えきれないものだったが、その目はどこか困惑しているようにも見えた。
「聞きたいことはそれだけか?」
レオンは少し苛立ちながら尋ねる。
「ちょっと待って。レオンは、ノーフェイスは何が目的なの?」
その瞬間、薄暗い洞窟の奥から、どすんという音が響いた。
ちょうどボスがまたリスポーンしたのだ。周囲の空気が一変し、緊張感が再び高まった。
「ちょっとまだ話は終わってないわよ!」
リリスは声を張り上げたが、すでにレオンの視線はボスへと向いていた。
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