第14話 マギエール

 さらに3日が経った。


 洞窟の中で、静寂に包まれながら俺は50体目のバイパーファング希少種を屠った。


 凄まじい毒と硬い皮膚を持つその蛇との狩りを終えると、身体の奥底に何か新しい力が芽生えるのを感じた。

 

 それはまるで、呪いが新たな形で息を吹き返したかのような、冷たくも心地よい感覚だった。


「呪魔のスキルか……」


 俺は思わず低く呟いた。

 

 見たことも聞いたこともないスキルだが、感覚的に俺にしか使えないスキルだと気づいていた。


 

 そのおかげで、転移魔法の姿くらましが使える感覚がした。

 

 転移魔法の姿くらまし。これらは隠密行動や不意打ちに役立つ能力だ。


 だが、使えるのは魔法サークル6以上の者だけだった。

 

 リスポーンした敵の目を盗み、素早く移動し、そして消えることができる。


 ダンジョンを攻略するためや、移動時に、これ以上に心強い力はない。


 しかし、ゲーム内でもそうだったが、姿くらましは長距離の移動は難易度が跳ね上がる。


 失敗すれば四肢がちぎれ無惨な死を迎える。


 PvPではブリンク移動スキルの方が良く使われていた。


 俺はその場に腰を下ろし、洞窟の湿り気を感じながら瞑想に入った。

 

 この場所での瞑想は、体と魔力の境界を曖昧にするかのようで、自然と集中力が高まる。

 俺の心は静まり、意識は深層へと沈んでいった。


 エルメティアでの魔法使いは、心臓の周りにサークルを形成することで魔法を使うのが一般的だ。


 しかし、俺にはそのようなサークルは存在しない。


 なぜなら、俺の魔力は呪いと併用して使っているからだ。


 普通のサークルでは到底耐えきれないほどの力を、呪いによって支えられている。


 だが、俺が目指すのはその先にある「マギエール魔剣士」だ。


 マギエールには、通常の魔力サークルに加え、オーラを循環させる独特の「マギエールサークル」が備わっている。


 その特殊なサークルを形成することで、マギエールは魔力とオーラを同時に駆使する究極の魔法剣士となる。


 ゲームの世界では、マギエールの力を完全に扱える者はごくわずかで、俺と、そしてゲーム内の主人公のダリアンを含めてたったの3人……いや、2人しかいなかった。


 今や俺はマギエールサークル2になった。

 マギエールサークル1で魔法サークル3と体感では同等の力を持つみたいだ。

 

 伝説的な存在へと着実に近づいている。


 深い瞑想から覚めた俺は、心臓の奥に魔力とオーラが渦巻く感覚を確認し、ほっと息をついた。


 その時、後ろから軽やかな足音が響き、リリスが俺に近づいてきた。


「さすがノーフェイスね。マギエールになるなんて……ほんとに驚かされるわ。」


 リリスは俺を見上げ、感心したようにため息を漏らす。


 その瞳には一種の敬意と、少しの嫉妬が混じっているようだった。


「リリスは魔法が使えないもんな。」


「ええ、そうなの。でも戦闘なんて苦手だから、実際良かったのかも。」


 リリスは肩をすくめて、少し照れくさそうに笑った。

 その仕草がなんともリリスらしく、俺もつい口元を緩めた。

 しかし、リリスの目にはまだどこか興味深げな色が残っていた。


「でも、こうやって実際に見てみると、ゲームの中で感じたアルカナイトとマギエールの違いが、分かるわね。全然別物に見えるのよ。」


 リリスの言葉に、俺は静かに頷いた。


 確かに、アルカナイトとマギエールはその戦闘スタイルや能力に大きな違いがある。


 アルカナイトは魔道具としての「魔剣」を用い、魔力を直接使うことなく物理的な力で戦う。


 しかし、マギエールはその特別なサークルを形成し、魔力とオーラを一体化させることで、自在に立ち回ることができる。


「当たり前だろ。マギエールは唯一無二だからな。」


 俺は胸を張って答えた。


「主人公のダリアンも確かマギエールだったわよね?」


「ああ、そうだ。ゲーム内では16歳でマギエールになる。それでも天才扱いされてたっけ。」


「それなのに、5歳でマギエールになったあんたは、やっぱり常識外れね。」


 リリスは目を丸くし、呆れたように笑った。


 俺は彼女の表情に微笑みを返しながら、軽く肩をすくめた。


「ノーフェイスだからな。」


 そう言って、軽く笑い飛ばす。


 洞窟の中で二人の会話が静かに響き、その場に一瞬の穏やかさが漂った。

 


 5日後。

 

「さて、そろそろ行くか。」


 レオンが立ち上がると、少し待ちくたびれた様子のセバッチャンが口を開いた。


「やっとですか、レオン様。」


 リリスは少し残念そうに唇をとがらせる。


「もうちょっと、経験値稼いでも良かったのに。」


「これ以上、心配かけるのもあれだからな。」


 レオンは軽く肩をすくめ、リリスを納得させるように言った。


 フィリスフォードに向けて、3人は準備を整えて出発することにした。

 


「これが転移トラップだ。踏んだ瞬間に転移させられるから、みんな『せーの』で踏むぞ。」


 レオンが軽く緊張感を漂わせて指示を出す。


「「「せーの!」」」


 バシュンッ!


 周囲の景色が一瞬で歪み、目が回るような感覚に襲われたかと思うと、次の瞬間には見知らぬ場所に立っていた。


 そこは大陸上のアルカティナとフィリスフォードの間の下部に位置する洞窟の中だった。


 暗闇と湿気に包まれた空間に転移され、足元がぐらつく。


 転移慣れしていない3人は揃って胃の底から込み上げるものを抑えきれず、思わず顔をしかめる。


「うっ……」セバッチャンが青い顔をして呻く。


 リリスも苦しそうに顔を歪めている。


「はあ……やべぇ。」レオンも吐き気を抑えながら深く息をついた。

 


 ようやく落ち着いたところで、フィリスフォードに向けて再び歩き出す。


 冒険は本能に任せ、3人はどこか前を見据えた顔で進み続けた。


 

 2日後。


 夕暮れ時、彼らはようやく小さな村にたどり着いた。長い旅の疲れを癒すため、この村で1日休息を取ることに決めた。


 宿屋に腰を下ろし、安堵の息を漏らす。


 セバッチャンはその日の夕食の準備を引き受け、食材を手際よく並べている。

 

 火の明かりに照らされるセバッチャンの背中を眺めながら、レオンとリリスは別室の部屋で二人きりになった。


 リリスは足を抱えて、疲れ切った表情で溜息をつく。


「もう無理……足が痛いぃ……」


 情けない声を漏らしながら、少し涙目になっている。


「このくらいなら俺は平気だな。」


 レオンは平然とした顔で言うが、リリスの疲れた顔に少し微笑みを浮かべた。


 リリスはじっとレオンを見つめ、不思議そうに首をかしげる。


「レオンって本当に同じ5歳児なのかしら……」


「まぁ、実年齢は結構いってるしな。」


 レオンが軽く笑いを浮かべて言うと、リリスは少しだけ真剣な顔になる。


「ちょっと聞きづらいんだけど……前世って何歳だったの?何してたの?」


 その質問に、俺は一瞬言葉を失い、前世のことを思い出し、沈黙が訪れた。


 俺の表情が曇り、ふと目を伏せた。その反応にリリスははっとして、慌てて手を振る。


「ごめん!今のなし!」


 リリスは焦ったように弁解する。


「本当にごめん、気にしないで。」


 その場に気まずい沈黙が流れ、二人はしばらく言葉を交わさなかった。


 そんなとき、部屋の外からセバッチャンの落ち着いた声が響いた。


「リリス様、レオン様、お食事ができました。」


 その声に二人は救われたかのように立ち上がり、セバッチャンの元へと向かった。


 ――

 リディアはワープゲートをくぐった直後、異変に気付いた。

 振り返ると、レオンやリリス様、そしてセバッチャンが後をついてきていない。


 まるで、ワープの途中でどこかに引き裂かれてしまったかのように、彼らの姿は消えていた。


 その場に立ち尽くすリディアのもとに、迎えに来たのはフィリスフォードの三老帝、ベルガ、アリアン、そしてセレナだった。


 彼らは堂々とした雰囲気をまとい、フィリスフォードの尊厳と威厳を象徴するかのような存在感を放っている。


 だが、リディアの胸には不安と動揺が渦巻いており、周囲の光景がぼやけて見えるほどだった。


 三老帝たちはリディアとアルドリック王、ロザリアやセバスの到着に深く礼をし、その目は王家に対する敬意とともに、どこか計り知れない感情が宿っていた。


 王とベルガの間で、儀礼的な挨拶が交わされ、冷静な声で会話が進んでいく。


「アルドリック、久しぶりだな。フィリスフォードの式典のために、わざわざ来てくれて感謝する。」


 ベルガが落ち着いた口調で挨拶すると、アルドリック王は頷き、静かに返答した。


「当然だ。式典のための協力において、国境など関係あるまい。こちらもよろしく頼む。」


 王の冷静さと堂々とした態度に、ベルガも満足げに頷いたが、その視線がどこか気になる様子でリディアに向けられた。


 だが、今のリディアにとっては、そのような細かい表情に気を配る余裕はない。

 彼女の心は、どこかで見失った息子と仲間たちのことで張り裂けそうだった。

 


 やがて城へと案内された後、リディアはついにレオンやリリス様、セバッチャンが「失踪」したことを知る。


 リリスが攫われ、レオンセバッチャンも行方不明になったとのことだ。


「レオン……」彼女は小さくその名を呟き、痛みを抑えきれないように胸を押さえた。


 最愛の息子が、自分の目の届かない場所で危険にさらされている。


 今すぐにでも探し出したい衝動に駆られるが、その場で立ち尽くすしかない無力さが、彼女の心を一層深く締めつける。


 その一方で、セバスやロザリアがどこか晴れやかな表情を浮かべているのが、リディアの目に映る。


 アルブレイブの第1王子であるセバスは、レオンという敵がいなくなったことで、どこか余裕すら感じさせる態度だった。


 隣にいる第一王妃ロザリアも同じく、ご機嫌な様子で微笑みを浮かべている。


「邪魔者が消えてくれて良かったとでも思っているのかしら……」


 リディアは内心で歯噛みし、抑えようのない怒りが沸き起こるのを感じたが、王妃としての立場を保つために必死で冷静さを装った。


 しかし、心の奥で焦りと恐怖が渦巻き、まるで自分の意志とは関係なく、胸が締め付けられるような感覚に襲われる。


 そんな時、アルドリック王が冷静に指示を出した。


「3人を探せ!まだ、近くにいるかもしれん」


 王の低く冷静な声が、空気を引き締める。リディアはその言葉に僅かな希望を見出し、王の隣で静かに頷いた。

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