第17話 3人との出会いとスキル発現式

 5歳児たちによるパーティー会場は、まさに無法地帯のようだった。

 

 目の前では小さな子供たちが走り回り、歓声が響き渡っている。

 

 食事の作法どころか、テーブルの上にまで乗り上がろうとする始末だ。


 彼らの手には色とりどりの菓子が握られ、服の袖が食べ物で汚れている。


「……これは、少し覚悟がいるな」と、俺はぼそりと呟いた。


「ほんとよね。まさかここまでカオスだとは」と、リリスがため息混じりに呟いた。

 

 その視線は、目の前で小さなパンを投げ合う子供たちに向けられている。


「ねぇ、レオン。あそこに少し静かそうなグループがいるわよ。あっちに行きましょう?」


 リリスが示した先には、比較的落ち着いた表情をした子供たちが数人集まっていた。

 

 俺たちは、その小さな集団へと足を向けた。

 落ち着いた空間に足を踏み入れた瞬間、喧騒から解放されたような気がした。


 その時、ドアの方に視線を向けると、入ってきたばかりの2人の子供が目に入った。

 

 金髪の少年ダリアンと、栗色の髪をした少女エマ。

 ゲーム内での主人公であるダリアンとヒロインのエマだった。


「おい、エマ!これ食べてみろよ。めっちゃ美味いぞ!」


 ダリアンは満面の笑みでエマに話しかけ、手に持っていた果物を差し出す。


 エマも満面の笑みで応じ、「うん、ありがとう、ダリアン!」と嬉しそうに果物を受け取った。


 その様子を見て、リリスはため息をつく。


「はぁ……。あの中で仲良くなる自信がないわ……」


 俺もリリスに同意し、肩をすくめる。


「正直、俺もだよ。子供たちのエネルギーにはついていけそうにない」


 そんな時、静かなグループの中にもう一人、新たな子供が加わった。

 

 彼はゆっくりと落ち着いた足取りで、こちらに近づいてきた。

 どこか病弱そうな肌の白さ、整った顔立ち、穏やかな瞳。

 周りの喧騒から浮いているかのように、彼は静かに席についた。


「リ、リアムよ」と、隣でリリスが息を飲むように呟く。


 俺は少し緊張しながらも、目の前の少年に軽く会釈した。


「こんばんは。俺はレオン・アルブレイブ。君は?」


 その少年は静かに頭を下げ、少し微笑んで答えた。


「こんばんは。私はリアム・エバーハート。しがない商人の家系で育ちました。かの有名な英雄様にお会いできて光栄です」


 その大人びた口調に驚いたが、俺は微笑みを返した。


「英雄だなんて恥ずかしいよ。仲良くしてもらえると嬉しい」


 リアムは頷き、「ええ。喜んで」と穏やかに返してくれた。


 会話が進むと、リアムはまるで年齢以上の知識と教養を持っているかのような落ち着きぶりを見せ、俺も次第に彼との会話に引き込まれていった。


 思わず時間を忘れるほどに話が弾む。


 すると、リリスが突然小さく咳払いをした。


「ちょっと、私のことを忘れてない?」と、俺に軽く不満そうに声をかける。


「ああ、ごめんごめん。リアム、こちらは俺の許嫁のリリス・ヴェスパー。リリス、こちらはリアム・エバーハートだ」


 リアムは柔らかな笑顔を浮かべ、リリスに向かって丁寧に頭を下げる。


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 リリスは少し緊張した面持ちで、「よ、よろしく」と返すが、その顔には普段とは違う戸惑いが見えた。


 そんなリリスを見て、俺は内心おかしくなり、微かに笑みをこぼしてしまう。


 リリスが誰かに気後れする姿は珍しいからだ。


「ははっ、ウケるな、リリス」と思わず小声でつぶやくと、リリスはむっとしたような顔で俺を睨んでくるが、顔が少し赤いのがまた面白い。


 それにしても、リアムという人物にはただならぬものを感じた。


 だが、リアムは5歳で病にふせる。そして15歳を迎える前に亡くなってしまう運命だった。


 

 式典2日目の朝、ついにスキル発現式が始まった。


 俺の胸の中には抑えきれない期待と微かな緊張が混ざり合っている。


 この発現式で、どんなスキルが見えるのか、いや、そもそもスキルが発現するのかどうかすらわからない。


 けれど、こうして挑むことに何かしらの意味を感じていた。


 壇上に立つと、目の前には神秘的に輝く丸い水晶が置かれていた。

 

 その水晶は、何とも言えない淡い光を放ち、見る者の心を吸い込むかのようだった。

 

 周りには、魔法使いの始祖アゼリウスが作ったとされる魔道具がいくつも並べられており、それらが壇上のスクリーンのように繋がっている。


 この装置が、俺のスキルとステータスを浮かび上がらせ、式典に参加している全員の目に映し出す役割を果たすのだ。


「緊張してるの?頑張って」と、リリスが少しいじらしそうな声で声援を送ってくれた。


 その言葉が、微かに緊張していた俺の心を温め、ほんの少し安堵させてくれる。


「……よし、やるか」


 手を伸ばし、緊張を抑えながら水晶に手をかざした。


 冷たい感触が指先に伝わり、体中に心地よい震えが広がる。

 それと同時に、スクリーンがゆっくりと光を帯び始めた。


 会場中が静まり返り、全員が息を呑んでスクリーンに映し出される瞬間を待っているのがわかる。


 しかし、俺にはスキルの発現がなかった。


 水晶の反応は冷たく静かで、何の変化も見られなかった。

 しかし、それが全てではなかった。


 次の瞬間、壇上のスクリーンに俺のステータスが表示された。

 大きく鮮明に映し出された数値と情報が、参加者たちの視線を集め、次々と驚きの声を引き出す。


「な、なんと!あの年齢で、あのステータスとは……!」


「えっ、あれはなんだ、スキルの数が尋常じゃない……!スキルは発現式を行わないと現れないはずではなかったのか!」


「さすが、英雄だな……」


 会場は一瞬、驚きと困惑の空気に包まれた。

 彼らの声が次々と耳に入ってくるが、まるで夢のように遠く感じた。


 称賛の声もあれば、予想外の展開にがっかりしたような声も聞こえてくる。


 俺が1つの伝説的存在であると認められつつも、期待されていたスキルの発現がなかったことで、賛否の意見が交錯していた。


「まさか、英雄と呼ばれる子供がスキルの発現がなしだなんて……」


「いやいや、それにしてもあの能力値やスキルは驚異的だろう」


 参加者たちはざわざわとざわつき始め、そのざわめきが徐々に拍手の音へと変わっていった。


 拍手の中には確かに戸惑いも感じられたが、それでも俺のステータスを評価してくれる者がいるのだと、どこか誇らしく感じた。


 俺の隣にいたリリスが微笑み、柔らかく言った。


「すごいわよ、レオン。十分にすごいよ」


 俺はその言葉に少しだけ救われるような気持ちになり、リリスに小さく微笑み返した。


 スキル発現式での俺の姿に対して、少し残念そうに思う者もいれば、期待を超える成果として受け止めてくれる者もいる。


 壇上から去る間、ダリアンの時よりも大きな拍手と視線を浴びて、心の中で何かがじんわりと込み上げてくるのを感じた。


 この拍手の半分は称賛、そして残りの半分は未だ満たされぬ期待。

 俺の道のりはまだ始まったばかりだと改めて感じた。


 

 発現式も無事に終わり、夕方の街は温かい明かりが点り始め、人々のざわめきが心地よく響いていた。


 俺は猫の姿になり、辺りを探索していた。


 その中でふと見覚えのある姿を見つけた。

 栗色の髪をなびかせる少女、エマだ。


 彼女が露店を見ながら、楽しげに歩いている様子を見て、俺は思わず目を細める。


(エマか……これは仲良くなるチャンスだな)


 どうやって声をかけようかと考えながら、エマのスキルのことを思い出した。


 彼女は「魔法生物使い」のスキルを持っている。

 動物が好きなはずだ。

 

 ならば、俺も猫の分身を使ってさり気なく近づけば自然に話せるかもしれない。


 エマが露店で買い物をしている隙を見て、俺は猫の分身を操り、彼女に近寄らせた。


 ふわふわの毛並みのペルシャ猫に変身させ、そっとエマの足元に擦り寄る。


「きゃー、かわいい!ペルシャ猫だー!」


 彼女が嬉しそうに手を伸ばして撫でるのを見て、俺はにやりと笑みを浮かべた。


 猫の分身を掴み、すぐに彼女の前に立った。


「おっほん。俺の猫なんだ。こんばんは、エマさん。昨夜のパーティーぶりですね」


 エマは驚いたように顔を上げ、少し慌てて言葉を返してきた。


「あっ、えっと、こ、こんばんは。レオン王子様……」


「ふふっ、そんなにかしこまらなくてもいいよ。同い年なんだから、もっと楽に話してくれて大丈夫だから」


「そ、そんな……恐れ多いです」


「あははっ、わかったよ。じゃあ、徐々にでもいいから崩してみてくれると嬉しいな。それより、せっかくだから、近くの店で少しお話ししないか?」


「は、はい!喜んで!」


 こうしてエマと一緒に近くの店に入ることになった。


 店内は落ち着いた雰囲気で、少し高めの椅子に腰掛け、俺たちは向かい合った。


 エマの表情は少し緊張しているようだったが、柔らかな微笑みが浮かんでいる。


 俺は少し話のきっかけを探しながら、彼女にスキル発現式の感想を尋ねた。


「エマさん、今日のスキル発現式はどうだった?」


 エマは一瞬、考えるように視線を泳がせたが、すぐに柔らかな表情で答えてくれた。


「えっと……レオン様みたいに高い身分の方々がたくさんいらっしゃったので、とても緊張しました。でも……無事にスキルを得られて、本当に良かったです」


「そうか、良かったね。どんなスキルが出たのか聞いてもいい?」


「はい!実は……魔法生物使いっていうスキルが出たんです。動物たちと心を通わせて、少し操ることができるようで……今はまだ小さな動物しか呼べませんが……」


 エマは少し恥ずかしそうに話しながらも、どこか誇らしげだった。

 その純粋な姿に、俺も思わず微笑んでしまう。


「素敵なスキルじゃないか。エマさんらしくて、とてもいいと思うよ」


「そうでしょうか……ありがとうございます。レオン様は、もうすごいステータスだって話題になっていましたよ」


「はは、少し大げさすぎるさ。でも、こうしてエマさんと話せて嬉しいよ。……君は、これからどんな風に魔法生物使いのスキルを使っていきたい?」


 エマはしばらく考え込むようにして、少し目を輝かせながら語り始めた。


「将来は……誰かを助けられるような、立派な魔法生物使いになりたいです。動物たちの力で、人を守ったり、危険から救ったり……そんな風に役立てればって、思っています」


 その夢の真剣さと純粋さに、俺は胸が温かくなった。


「エマさんなら、きっとなれるよ。俺も応援している」


 そう言うと、エマは少し頬を赤らめながらも、嬉しそうに笑った。

 夕暮れの店内、淡い光が彼女の表情を照らして、その笑顔はどこか輝いて見えた。

 

 このころからモーファセス顔変形魔道具を使っていたんだな。と思った。


 二人で話を続ける中で、互いの距離が少しずつ近づいているように感じた。エマとのひとときは、穏やかで優しい時間となり、俺の心に心地よい余韻を残していった。

 

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