第5話 解毒薬

 翌日、朝。

 薄明かりの中で目を覚ました俺は、静かに自室の机に向かい、眼鏡をかけた。


 それにしても。

 

 (国王はリディアが毒を盛られたことを知っているのだろうか。子供の俺がリディアは毒を盛られたんだって言っても意味ないだろうし、セバッチャンが報告しているだろうか。)

 

 そんなことを考えていたが、考えても無駄だろうという結論に至った。


 解毒薬のレシピを調べるか。


 心の中で呟く。


(解毒薬のレシピ)


次の瞬間、インフォグラスを通じて、解毒薬のレシピがウィンドウとして浮かび上がった。透明な光の帯が目の前に広がり、そこには詳細な情報が映し出されている。


 ウィンドウに浮かび上がったレシピを凝視する。


 2種類の解毒薬が表示され、その内容に目を通す。


 1. 解毒薬 - ピュリファイ・ポーション

 説明: 通常の毒だけでなく、魔力によって発生した呪毒にも効果がある強力な解毒薬。淡い緑色の光を放ち、飲むとほのかなハーブの香りが広がる。高難度の調合スキルを必要とする。

 

 必要素材:

• ピュアリーフ - 魔法植物。川辺に自生し、特に高浄化作用を持つ。

• スノウウサギの肝液 - 小型の魔法動物。雪の中に生息し、体内で毒を無毒化する能力がある。

• ラヴィルの根 - 深い森に生える植物の根で、魔力の流れを浄化する特性がある。

• 精製水 - 高位錬金術士が生成する清浄な水。高い純度を保つことで薬効が高まる。

 

 調合手順:

1. ピュアリーフを細かく刻み、少量の精製水で煮出して基底液を作る。

2. スノウウサギの肝液を少量ずつ混ぜ、混ぜながらラヴィルの根をすりつぶし、溶かし込む。

3. 魔力を注ぎながら、弱火で煮詰める。最終的に薬液が透き通り、淡い緑色になったら完成。


 

 2. 毒の耐性ポーション - ポイズンレジスト・エリクサー

 説明: 服用者に、毒耐性を与えるエリクサー。強力な毒性を持つ生物の成分を使用し、適切な処理で無害化している。飲むと冷たく引き締まるような感覚があり、毒から体を守る。

 

 必要素材:

• バイパーブロスの鱗粉 - 非常に強い毒を持つ大蛇の一種。毒性が高いため、粉末状にして調整する。

• アクアドラゴの胆汁 - 魔法動物。水中に生息するが、毒に対する免疫力を持つとされる。

• ナイトシャドウの花 - 夜にだけ咲く青い花で、毒を弱める作用がある。

• 銀星草 - 銀の星のような模様がある草。体内のマナを安定化し、耐性を付与する効果がある。


 調合手順

1. 銀星草をすりつぶして粉末状にし、アクアドラゴの胆汁と混ぜ合わせる。

2. ナイトシャドウの花を乾燥させ、鱗粉と混ぜてから、混合物を基底液に溶かし込む。

3. 混ぜながら魔法陣の上で少量の魔力を注ぎ、毒の影響が残らないよう浄化する。

 

 

 

「とりあえず解毒薬と毒の耐性薬を作ってみせるさ!」



 しかし、そう意気込んでみたものの、解毒薬の素材を集めるためには。

 アイテムショップで買うか、記載されている魔法生物を狩る必要がある。

 

 だが、あいにく俺は魔力もオーラも使えない。

 つまり、アイテムショップで購入するしかないのだ。


 ここで問題が発生する。それは、圧倒的にEXA(ゲーム内通貨)が足りないということだ。

 EXAを稼ぐ方法は2種類。


1. 人を殺す

2. 魔法生物を狩る


 もちろん、人を殺すなんて真似は絶対にしない。ちなみにアルブレイブの金貨や銀貨で購入することはできない。


 

 そこで、俺は前世で使用していた経験値とEXAが稼げる「百均ダンジョン」という戦法を思い出した。


 ストーリー序盤でクエストに行き詰まった聖騎士が「アンデッド系魔法生物には回復魔法など浄化要素が固定ダメージを与える」という特性を参考に生み出された経験値稼ぎの方法だ。


 かつてエクサリウム・オンラインの中で「百均戦法」と呼ばれていた、最高効率の序盤でのEXA稼ぎ、経験値稼ぎである。

 

 「亡者の地下墓地ダンジョン」「血の洞窟ダンジョン」で、使える戦法だ。

 「範囲ヒール」または「範囲浄化」のスクロール(使い捨て魔法保存紙)を使い、湧いて出てくるちょうど100体のアンデッド系魔法生物を屠る戦法だ。

 故に「百均ダンジョン」と呼ばれていた。


 スクロールの魔法は「グリームスピリット」というアンデッド系の魔法生物でも比較的経験値がおいしい亡霊系魔法生物のHPをギリギリ削り切るダメージ量である。

 

 100体ちょうど屠れる範囲ギリギリまで魔法生物を引き付け、スクロールを破るだけ。

 3歳児の俺でもできる簡単な戦法だ。


 また、「亡者の地下墓地ダンジョン」は上から5番目に難しいとされるダンジョンだ。

 

 インフォグラスの情報によると。

 

 グルームスピリットが統べる地下墓地は、暗闇と呪いが支配する場所。闇の力で迷宮全体が満たされており、時折亡霊が現れる。グルームスピリットは夜間に活動が活発になり、侵入者に対して幻影や呪いを使う。正確な道を見つけ出すには死者の言葉を理解する力が必要。

 

 だが、マップを覚えている俺はトラップを踏まなければ死ぬことはない。

 というぐらいの難易度だ。

 そして、経験値が馬鹿にならないほどおいしい。まさに一石二鳥の戦法だ。

 


 ただ、難点があった。それは馬鹿みたいにお金がかかること。

 範囲ヒールのスクロールは1つ金貨にして10枚。

 日本円で100万円ほどだ。

 

 うん。

 高い。

 だか、俺は王子だ。

 金に物を言わせてやるぜ!


 場所はアルブレイブから馬車で2日ほどの場所にあるスラム街だ。


 リスポーンに3時間かかるので、待っている間に呪いやスキルについて色々試行錯誤してみようかな。

 その中で、呪いの発動条件が分かったりするかも。


 どうやってお金を捻出しようか悩んでいると、突然、セバッチャンが部屋に入ってきた。


「国王である、アルドリック様が呼んでいます。」


 俺は目を見開き、彼の言葉に思わず反応する。王が俺を呼んでいるとは、何か特別な用事があるのだろうか。


 そんなことを考えながら、セバッチャンと共に王の間へ向かう。

 

 王の間に到着すると、広々とした空間が広がっていた。

 高い天井には美しいシャンデリアが吊るされ、柔らかな光が部屋全体を優しく包んでいる。壁には歴代の王たちの肖像画が飾られ、威厳を感じさせる。正面には王座があり、そこにはアルドリック国王が静かに座っていた。


 「まずは、お誕生日おめでとう。」

 

 王は柔らかい声で言った。その声はまるで温かな日差しのように心を和ませる。


「3歳である王子は、剣術を習うことが習わしだ。」


「かしこまりました。」


 俺はその言葉に緊張しながら応じる。背筋がぴんと伸び、心臓が鼓動を速める。


 「さて、剣術の師匠は誰がいいか?選んでごらん。」

 

 王の問いかけに、心の中で一瞬、選択肢を巡らせた。だが、迷うことはなかった。

 

 「セバッチャンに教えてもらいたいです。」

 

 俺は迷わずに指名した。セバッチャンの頼りがいのある姿を思い浮かべながら。

 

 王はセバッチャンを見つめ、優しい微笑みを浮かべた。


「彼は優れた執事であり、剣術の腕も確かだ。いい選択だ。」


 その言葉に、セバッチャンは一層背筋を伸ばし、微笑みを返した。


「王子の期待に応えられるよう、全力を尽くします。」


 その後、王は言葉を続ける。


「誕生日だから、何か欲しいものはあるか?」


 俺は一瞬考えた後、即座に答えた。

 

 「金貨100枚が欲しいです。」


 王は渋い顔をした。やはり、3歳の王子に大金を与える口実がないのだろう。


「アルブレイブ王国は大国で、お金には困っていない。ただし、剣術を習ったご褒美にお小遣いをあげることにしよう。」


 その言葉が俺の心に響いた。

 (やったぜ!これでスクロールを買える!)


 俺は心の中で小さくガッツポーズをし、セバッチャンの隣で微笑みを浮かべた。


 セバッチャンが穏やかな笑みを浮かべた。


 「王子に剣術を教えることができるのは、至極恐縮でございます。初めての剣術で不安でしょうが。私が全力でサポートしますから、ご安心ください。」


 王も微笑みを浮かべて頷いた。


 「よし、剣術の訓練を開始するのは明日からだ。今日のうちに準備を整えておくように。」


 「はい、陛下!ありがとうございます!」


 俺は心からの感謝を込めて叫ぶ。


「では、余は少しセバッチャンと話があるゆえ、少し外で待っていなさい。」


 王の言葉に従い、部屋の外に出た。だが、このまま待っていても暇なんで、スキル「変幻自在」で猫の姿になり、話を盗み聞きした。


「さて。セバッチャン。解毒師はなんと言っていた?」


「はっ。おそらくネクロムで作られた。毒であるとのことです。」


「やはりそうか。解毒はできそうか?」


「解毒薬は希少な素材を必要していております。エルメティアの魔法生物の素材が必要です。現状、龍が巣食っているため近寄ることすら叶わず、解毒薬を作ることができないそうです。」


「そうか。エルメティアか。余からもエルメティアと相談してみよう。もう下がっても――」

「アルドリック様。1つよろしいでしょうか?」


「なんだ。申せ。」


「毒を盛った犯人はロザリア様でございます。どうかリディア様のためにも処罰をお願いいたします。」


「その話はもうリディアとついておる。そなたが関与する話ではない。――そうか。――そういえば、そなたの母親は――お主にも思う所があるのだろうが、リディアの解毒が先だ。もう下がれ。」


「失礼致します。」


 セバッチャンは軽く頭を下げ、王の間から退出した。


 

 王の間の前で待っていたふりをしていたら、セバッチャンが戻ってきた。

 

 自室へと一緒に戻っていたら、セバッチャンがふと、こんなことを尋ねてきた。


「なぜ私を指名したのですか?」


「セバッチャンは俺の執事で、心から信頼しているからだよ。」


 セバッチャンは今にも泣きそうな顔で、こう答えた。


「ありがとうございます。ですが、訓練では一切手を抜きませんからね。覚悟しておいてください。」


 謎にやる気満々の執事を背に、ふと、俺は前世のことを思い浮かべていた。

 (そういえば、前世では運動という運動はしてなかったな。)

 やべぇ、どうしよう一気に心配になってきた。


 気がつけば、日が落ちている時間だった。自室に戻り、ベッドに寝っ転がると、思考がもつれ、疲れが一気に押し寄せた。瞼が重くなり、いつの間にか意識が遠のいていった。

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