第4話 剣士の王国と魔法使いの帝国
剣士の王国エルメティアと魔法使いの帝国アルブレイブの間には、今もなお冷たい緊張が横たわっていた。
その険悪な関係の根は深く、時には民衆の日常にまで影響を及ぼす。かつては1つの大陸を共有していた両国だが、彼らの運命を分かつ出来事があった。
300年前、全ては一人の偉大な魔法使いであり、魔法使いの始祖、アゼリウスによって始まった。 魔法界の礎を築いたとされるアゼリウスは、広大な知識と力を持ち、数々の魔法を創造した。しかし彼の最も特筆すべき功績は、魔法生物の創造であった。
アゼリウスは孤独を紛らわすため、友として魔法生物たちを創り出した。
彼が創造した魔法生物は、火を吹く龍、鋭い爪を持つ獣、そして空を舞う幻鳥など、姿も能力も多種多様だった。これらの生物は瞬く間に広がり、大繁殖していった。
魔法使いにとって「恵み」であった魔法生物は、彼らの生活や防衛に役立った。 魔法生物は守護者であり、忠実な伴侶であり、時には魔法の訓練相手にすらなった。
しかし、剣士たちにとって「脅威」でしかなかった。彼らにとって、魔法生物は得体の知れないモンスターに他ならなかった。 幼い子供が攫われ、村が一夜にして焼き尽くされた恐怖が、剣士たちの間に広がった。
こうして、剣士と魔法使いの間には避けがたい壁が築かれた。互いに言葉を交わすこともままならず、次第に不信と憎悪が募っていった。
アルブレイブの剣士たちは
「魔法など、剣で斬り裂けばいい」
と嘯き。
エルメティアの魔法使いは
「剣など魔法の前では紙切れ同然」
と嘲った。
こうして、両国の間に300年もの戦争の歴史が刻まれていくことになったのだ。
両国の間には恐るべき地帯が存在する。そこは人々が決して足を踏み入れない「ダンジョン」と呼ばれる場所だ。
ダンジョンは魔法生物たちの楽園であり、同時に激しい生存競争の場であった。 その中で生き残るため、魔法生物たちは日々強く、狡猾に進化していく。
エルメティアやアルブレイブ、アルカティナなど、この大陸には9つのダンジョンが点在し、地図には載らない場所も含まれている。人の手が届かないほど奥深く、時には絶望の淵のように静かで、時には魔物の咆哮が響き渡る混沌の地。
ダンジョンから外に出てくる魔法生物たちは、敗北者だ。生存競争で敗れ、ダンジョンの外へと追いやられた彼らは、外の世界で新たな生き残りを賭けた戦いを始める。剣士たちが危険と隣り合わせの日々を送る理由も、ここにあった。
こうした世界の成り立ちと、ダンジョンに潜む謎は、まさに大陸の運命を決する重要な鍵だった。
ダンジョンは人々にとって手出しの難しい禁忌の地であり、魔法生物の楽園でもある。 各地に点在するこれらのダンジョンは、地域によって異なる特色を持ちながらも、共通して暗く湿った空気に包まれ、訪れる者を拒むような不気味な静寂を湛えている。
アルブレイブには1つのダンジョンが存在し、これは「霧の迷宮ダンジョン」と呼ばれていた。幻影と霧が立ち込める迷宮。霧は絶えず動き、進むたびに道が変化する。
魔法使いの帝国エルメティアには、3つのダンジョンが隠されている。最も有名なのは「エメラルドの海底宮殿ダンジョン」で、アクアドラゴが支配する海底宮殿は、酸素不足との戦いが最大の試練。水中ではアクアドラゴが姿を隠しつつ侵入者に不意打ちを仕掛け、呼吸を奪う危険が潜む。水中での探索に適応したスキルと、酸素の確保が必須であり、探索時間が制限される。
また「天空の塔ダンジョン」は、スカイイーグルが雲海の上に作り出した浮遊する塔。強い風が吹きつけ、塔内の足場が不安定。スカイイーグルは侵入者を風で吹き飛ばすスキルを持ち、塔の各階層を守護する。飛行や浮遊能力が重要な攻略ポイントとなる。
3つ目のダンジョンは「血の洞窟ダンジョン」で、毒蛇とコウモリが築いた洞窟で、湿った空気と赤い苔が充満している。バイパーファングとヴェノムバットの巣には、毒の胞子や罠が仕掛けられており、彼らの住処に侵入する者には毒の試練が課される。毒に対する耐性や解毒スキルが攻略のカギとなる。
中立国フィオスフィードのダンジョンも3つあり、魔法帝国の威光が色濃く反映されている。
ここでは「聖域の庭園ダンジョン」と呼ばれる、セレスティアルハートが作り上げた光に満ちた庭園。清らかな魔力で満たされており、一定の時間にしか開かない門がいくつもある。植物の知識や浄化スキルが求められ、セレスティアルハートの力を借りて進む者だけが道を切り開ける。
「炎の渓谷ダンジョン」は、フレイムサーペントが作り上げた溶岩が流れる渓谷。フレイムサーペントは、侵入者に高温のブレスを浴びせてくる。溶岩の川を渡るためには、フレイムサーペントの気をそらすか、耐火ポーションを活用する必要がある。火属性の対策が欠かせない場所。
そして最後の「凍える城塞ダンジョン」は、アイスフォックスが長年守護している氷の城塞。絶対零度の寒さと、アイスフォックスの作り出す氷の壁が侵入者を妨げる。アイスフォックスは、火のスキルを持つ者に敵対しやすく、火を嫌う性質から氷の防壁を強化する。氷を溶かす知識が必須のダンジョン。
アルカティナには、唯一のダンジョン「砂の迷宮ダンジョン」が広がっている。デザートライオンが隠れ場所に選んだ砂の迷宮は、動く砂床や隠し扉が多く、砂漠の知識がなければ攻略が難しい。デザートライオンは砂を自在に操り、道を隠すほか、侵入者を砂中に引き込む能力を持つ。砂地での戦いに長けた者のみが突破できる。
そして、国に属さないとある都市には異質なダンジョンがあった。その場所はスラム街に存在し、「
――
昼過ぎ、王宮の無駄に広い自室にて。
俺は3歳になった。
幼少期とはいえ、精神はこの世界にすっかり適応している。
幼い外見に反し、俺の意識はもっと年を重ねているが、周囲にはそれを知られるわけにはいかない。
静かに目を閉じ、今日までの出来事を頭の中で整理する。そして、脳裏に蘇るのはあの会話の断片――
「それが理由で、リディア様とレオン様の食事に
「私のやり方が理解できるようになるのは、もう少し先のことね。いつかあなたも私に感謝する日が来るかもしれないわ。」
思い出す度に苛立ちが込み上げてくる。ロザリアの行動は、母リディアを死へ追いやるものだった。
いくら、リディアがエルメティア出身で気に食わないと言っても度が過ぎている。
加護の女神の祝福がなければ、母も俺もとっくに命を落としていただろう。とはいえ、祝福があったとしても命が永遠に続くものではない。
魔力やオーラが使えない原因は毒だった。
(加護やスキルで毒で侵された体を回復するのに手一杯で、オーラや魔力を使う余裕が体になかったんだと思う。)
俺が解毒薬を作らなければ、母の命も風前の灯火だ。
だが毒と聞いて、1つ思い出すことがある。宗教団体「ネクロム」だ。彼らは死霊や呪いに関する術を崇拝し、毒や麻薬を使い活動資金を稼いでいる集団だ。母への毒が、奴らの影響を受けているのかもしれないと思うと、ますます苛立ちが増してくる。
呪いの宗教団体ネクロムは、「死こそが真実を導く」という信念のもとに、呪術や死霊信仰を崇拝している。彼らは死者の力を借り、禁断の知識を手に入れることを目的としているが、その活動には毒や麻薬を作成していると噂されていた。
一方、対照的に存在する「ルーメン」は光の聖騎士団であり、浄化と秩序の守護者を自称している。しかし、彼らの教義も絶対的すぎて偏狭な側面があるのは否めない。
俺は、「王位継承」というくだらない争いには興味がない。だが、どうやら俺の行動を邪魔する者がいる以上、痛い目を見せる必要があるかもしれない。俺は、ただ最恐の存在となるために、この道を歩んでいるのだから。
ステータスからログインボーナスを開いた。
ログインボーナスとして手に入れた眼鏡を手に取った。
眼鏡のフレームは黒く、どこか重厚な雰囲気を醸し出している丸眼鏡だ。
魔道具「インフォグラス」だ。鑑定の能力を持ち、あらゆる情報が詰まった眼鏡。
ゲームの中ではほとんど使い道がなく、他のユーザーたちも見向きもしなかった。何故ならこの眼鏡を手に入れるために3年のログインが必須なのだ。3年もあれば大抵の場合、ストーリーはクリアし、PvPに移行している時期だ。
そのため。ゲームの中では使われることはなかった。
だが、この世界では一変し、必須アイテムだと俺は考えている。
wikiも攻略サイトもないこの世界で、インフォグラスの機能は絶大な価値を持つ。
3歳になるまでリディアに何もできなかったのは、この眼鏡のせいだ。俺はPvP専門で解毒薬などのレシピを覚えていなかった。
だか、それも今日までの話だ。
セバッチャンに案内役を頼み、俺は母リディアの部屋へと向かった。
夕暮れ時、王宮の静かな廊下を、セバッチャンの後に続いて歩いていた。
周囲の淡い光が揺れる中、彼の背中は頼もしい存在感を放っている。
執事の黒い服は、厳格さを漂わせながらも、彼の動きに無駄がなく、まるで生まれ持った貴族の血を引いているかのようだ。
「リディア様の部屋はこの先です。」
セバッチャンが言うと、彼の声は低く、冷静であった。
その口調には、長年仕えてきた者の自信と誇りが宿っている。俺は、彼の背中を見つめながら、ふと心の中でつぶやいた。
(セバッチャンのステータスでも覗いてみるか)
俺は魔道具「インフォグラス」をかけたまま、セバッチャンを鑑定することにした。瞬時に脳裏に浮かぶ彼のステータス。
ステータス
・名前:セバッチャン
・年齢:29歳
・職業:執事
・レベル:125
・力:250
・素早さ:100
・体力:200
・魔力:0
・オーラ:180
・呪力:0
・魔法:F
・剣術:B
・呪い:F
・加護:なし
・スキル:剣術Lv.5、真実見破Lv5
(おお、そこらの傭兵より強いな。セバッチャンやるな。)
彼の力強さと剣術のスキルに感心しつつ、俺は彼がここまでの実力を持っている理由を想像する。
(彼はきっと、王宮の影の守護者として数々の試練を乗り越えてきたのだろう。)
そんな思索にふける間もなく、セバッチャンは部屋の前に立ち止まり、優雅に扉を開けた。中に足を踏み入れると、淡いランプの明かりが柔らかく部屋を包んでいる。その空間は静寂に満ちていて、どこか不安を感じさせるほどだった。
母はベッドの上で静かに眠っていた。けれども、その表情には苦しげな影が残っている。
母の体に毒を視覚的に確認する。やはり毒が体を巡り、少しずつ命を蝕んでいるのだ。
夕方、自室に戻り、俺は手元のTODOリストを開いた。紙には焦りと怒りが交じり合った筆跡で、たった1つの目標が殴り書きされている。
「解毒薬を作る!」
視線をその文字に固定しながら、心の奥に煮えたぎる感情が再び顔を出した。母を救うため、リディアを苦しめ続ける毒の魔の手を断ち切るため――そのためなら、どんな方法でも使う覚悟がある。冷たい怒りが胸の内に宿り、俺は強くペンを握り締めた。
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