第26話 屈辱的な過去

 朝日が昇るにつれて、薄暗い訓練場は少しずつその姿を現していった。


 冷たい石畳に映る影は長く伸び、ひんやりとした朝の空気が肌を刺すように感じられる。


 しかし、そんな寒さも構わず、俺はひたすらに体を動かし続けた。


 手にする剣が空を切り裂き、足元に刻まれる跡は新たな力と成長の証だった。


 俺の体はこの数日で驚くほどに成長していた。

 

 俺は7歳になり、マギエールサークル4になった。

 

 ゲーム内の主人公、ダリアンがストーリー中に到達したサークルは5サークル。


 

 筋肉は明らかに厚みを増し、肩幅も広がっている。


 かつての自分の身長よりもさらに高く、足元の地面が妙に遠く感じられた。


 体がすべての動きに即応し、まるで新しい体に魂が順応していくかのように、一体感を感じる。


 これがリバイブレリウムのかけらの力なのか。


 剣を一閃させ、勢いよく振り下ろす。


 刃が風を切る音が心地よく、全身に溢れるエネルギーが限りないように感じた。


 昔と比べ、剣の重さすら軽く感じられる。


 かつては両手で必死に支えていた剣も、今では片手で振るうことができるようになっていた。


「この成長速度……やはり、普通じゃないな」


 自分の体に新たな力が宿っていることを実感し、驚きとともに少しの不安も胸に去来する。


 けれども、それ以上に湧き上がるのは、今この瞬間を全力で楽しむ喜びだった。


 その時、訓練場の入り口から、低く響く足音が聞こえてきた。


 

 振り返ると、朝日の中に堂々とした姿が浮かび上がる。


 その人物は長いマントを肩にかけ、鋭い眼差しでこちらを見ている。


「アーデルハイト様……!」


 俺は思わず立ち止まり、敬礼のように体を真っ直ぐに整える。


 このアルカティナ王国の王であり、彼の存在は、圧倒的な威厳を放っていた。


 アーデルハイトは俺に歩み寄り、じっと見つめたまま口元に微笑みを浮かべる。


 彼の目は、俺の変化を余すところなく観察し、その成長を喜んでいるようでもあった。


「レオン、体はもうすっかり回復したようだな」


 その低く落ち着いた声には、言葉だけでなく、確かな信頼と期待が感じられた。


 俺は少し緊張しながらも、答える。


「はい、おかげさまで傷も完全に癒えました……強くなれたかと」


「ふふっ、確実に成長しているな。その姿はまるで別人のようだ」


 アーデルハイトが微笑む。


 彼の目に、自分の努力が認められているのだと思い、なんとも言えない達成感に包まれた。


「レオン、少し話がある」


 その言葉に、俺は真剣な顔つきでアーデルハイトを見つめた。


 彼の口調が急に落ち着きを取り戻し、まるで鋭い刃のような鋭さを帯びる。


 これは、単なる雑談ではなさそうだと察した。


「何でしょうか、アーデルハイト様」


「アシデッドに会ってもらおうと思っている」


 彼の言葉に、一瞬、訓練場の冷気がさらに鋭く肌を刺すように感じた。


 アシデッド……あの忌まわしいネクロムの長。


 死闘を繰り広げた相手。

 思わず拳を握り締め、あの時の激闘の記憶が頭をよぎる。


「アシデッドは捕まったが、いまだに口を割らない。貴殿がアシデッドの前に現れれば、何か変化が起こるかもしれん。もちろん、無理にとは言わない」


 アーデルハイトの冷静な視線が俺を捉え、その目には俺を信頼しているのが分かる。


 あのアシデッドに、再び会う。


 忌々しくも憎むべき相手だが、今の俺ならば、以前とは違った目でアシデッドと向き合えるかもしれない。


「……分かりました。アシデッドに会わせてください」


 静かに答えると、アーデルハイトが満足そうに微笑んだ。


 その微笑みには、ただ命令を下す王の顔ではなく、どこか俺を認める父親のような温かさが混ざっているように見えた。


「ふむ、覚悟はできているようだな。それでこそ、リリスの許嫁だ」


 彼の言葉に少し驚いた。まるで俺が一人前の男として、そしてリリスの未来を支える存在として認められたかのようだった。


 ――

 牢屋の暗闇の中にいるアシデッドは、鉄格子越しにじっとこちらを見据えていた。


 その目は、まるで捕らえられているという意識を欠いたかのような冷静さと、少しの余裕さえ漂わせている。


 俺が扉を開けて入ってくると、アシデッドは口元に不敵な笑みを浮かべた。


「遅かったじゃねぇか。傷は癒えたか?」


 挑発的な言葉に俺は軽く肩をすくめ、答える。


「あぁ。おかげさまでな」


 そう言いつつ、心の中では「お前のせいだけどな」と、わざと皮肉を込めた視線を向ける。


「本題に入ろう。俺と話したいことって何だ?」


 俺は冷静な口調で尋ねるが、アシデッドはニヤリと笑うだけだった。


「ははっ。雰囲気のないガキだ。お前、モテないだろ?」


「モテたことぐらい、あるさ」


 そう答えながら、内心では前世の自分のことを思い出していた。


 かつての俺はメイクをしていて、それなりに周囲から注目を浴びていた時期もあったのだ。


「そうかよ」


 アシデッドは俺の返答に一瞬鼻で笑ったが、そのまま俺の方を見据えたまま続ける。


「で? なんだ? まさかこんな世間話をするために呼んだんじゃないんだろ」


「そうだな」


 とアシデッドは頷き、部屋に控えていた記録役の人間に視線を送る。


「その前に……人払いを頼む」


 アシデッドは不審そうな顔をしていた。

 


 しばらく沈黙が流れ、周囲の気配が完全に途絶えたのを確認してから、俺は静かに問いかけた。


「それで? なんだ?」


 すると、アシデッドの目が一瞬鋭く光り、低い声で囁くように話し始めた。


「記憶を見ただろう」


 その言葉に、俺は一瞬息を呑んだ。


 確かに、断片的にアシデッドの記憶が頭に流れ込んできたが、どうやらアシデッドもそれに気づいていたらしい。


「あぁ、断片だがな」


 アシデッドは静かに頷き、続けた。


「なら……『セレナ』についても知っているはずだ」


 その名前が出た瞬間、俺の心の奥で何かが揺らいだ。


 アシデッドが口にした「セレナ」という名――それは、3老帝の一人であり、重要な存在とされる人物だ。


 俺の反応に、アシデッドはニヤリと笑みを浮かべた。


「3老帝のセレナ様さ。お前はあいつの本当の恐ろしさを知らねぇ」


「……話を聞こうか」


 俺は表情を引き締め、アシデッドの言葉に集中した。


 アシデッドがセレナについて語る内容が、この世界で生き抜くために重要な情報であることを本能的に感じたからだ。


「セレナは……ただの『老帝』じゃねぇ。ただの権力者でもなけりゃ、たんなる魔法使いでもない。あの女は……人を裏切ることも、操ることも、何もかも平然とやってのける怪物だ」


 アシデッドの声は低く、どこか恐怖さえ感じさせる響きがあった。


 その言葉に込められた苦々しさから、セレナがただの敵ではないことがわかる。


 牢獄の薄暗い空間の中、アシデッドは静かに語り始めた。その声には、過去の闇を暴露する不気味な響きが宿っている。


 その話は、俺が思っていた以上に暗く、歪んだもので満ちていた。


 まずアシデッドが最初に話したのは、まだ若く金も無かった頃、商人の家に生まれた幼い女の子を目にした時のことだ。


 その家は裕福で、街の汚れとは無縁に育っていたらしい。


 その女の子がアシデッドにとって獲物以外の何物でもなかったことが、アシデッドの口調からはっきりと感じられた。


 アシデッドはその幼い命を手にかけ、容赦なく暴力の限りを尽くし、最後には命を奪ったという。


 その時、偶然にもその現場を見た者がいた。

 それが女児の父親だった。

 

 必死に娘に駆け寄ろうとしたが、無慈悲なアシデッドの前では無力だった。


 あっさりと父親も手にかけ、息の根を止めたと話していたが、アシデッドの目には後悔も何も浮かんでいなかった。


 だが、そこでアシデッドの目を引いたのは、父親が持っていた「白く輝く石」だったらしい。


 アシデッドはその石に引き寄せられるように手を伸ばした。


 石はまるで生きているように脈打ち、アシデッドが触れた瞬間、まるで誰かの記憶が頭の中に流れ込んできたという。


 父親が見てきた世界、記憶の断片が一気にアシデッドの脳内に焼き付いたのだ。


 その石のおかげで、アシデッドはさらなる力を手に入れたと言っていた。


 力を手に入れたアシデッドは、やがて金を求め、傭兵として次々に依頼をこなし、悪行の限りを尽くしていった。


 そんなある日、アシデッドは一人の「謎めいた女」に出会う。


 フードを深くかぶり、顔もほとんど見えないが、その場にいるだけで圧倒的な威圧感を放っていたという。


 その女はアシデッドに対し、命令するように「ネクロムの大司祭をやりなさい」と告げた。


 それは、アシデッドの自尊心を大いに傷つけた。


 傲慢で他人に屈したことのないアシデッドにとって、その女の言葉は我慢ならなかったのだ。


 だからアシデッドはその女を屈服させ、思い知らせてやろうと計画した。


 女の後をこっそりと追い、人目のない場所で襲おうとしたのだ。


 しかし、そこでアシデッドを待っていたのは、予想外の恐怖だった。


 女はアシデッドの気配を感じ取っていた。


 アシデッドが背後から襲いかかろうとした瞬間、アシデッドの首に何かが飛んできた。


 反射的にかわそうとしたが、それはまるで生き物のようにアシデッドを追尾し、左腕を消し飛ばした。


 アシデッドは必死に逃げ出したが、逃げるそばから女は追ってきた。

 そして、ついに逃げ場を失い、アシデッドは降伏した。


 だが、アシデッドのプライドはそれで終わらなかった。


 女が一瞬の油断を見せた隙を突き、背後から奇襲をかけた。


 しかし、その攻撃すらも簡単にいなされた。


 女はまるで背中に目がついているかのようにアシデッドの攻撃をジャストパリィし、アシデッドの力を完膚なきまでに封じた。


 その時の屈辱が、今もアシデッドの言葉の端々に滲んでいた。


 こうして女のもとで囚われの身となったアシデッドは、奇妙な生活を送ることになる。


 毎朝、女に指導され、オーラの修練を積み、夜にはこの世界の知識を叩き込まれた。


 女はまるで未来を見通すかのように、この世界のことを語り続け、何度も「プレイヤー」という言葉を口にしていたらしい。


 女にとって、「プレイヤー」は何よりも警戒すべき存在だったようだ。


 アシデッドはその時、なぜこの強大な女がそんな存在に恐れを抱いているのか不思議だったという。


 しかし、次第にこの世界の構造を理解するにつれ、アシデッドはその意味を悟った。


 この世界の、真の支配者は国を治める王でも、権力を持つ老帝でもない、「プレイヤー」だと。


 その存在がこの世界において圧倒的な影響力を持ち、女のような人間をも恐怖させるものだったと気づいた。


 アシデッドは女から、PvP(対人戦)の技術も学び、日々力をつけていった。


 アシデッドが自信を取り戻し、力を蓄えた頃、女は何の前触れもなく去った。


 アシデッドに残されたのは、力と知識、そして屈辱にまみれた過去だけだった。


 それからアシデッドは「ネクロム」を結成し、悪行の限りを尽くす道を選んだ。


 そして、その悪事が続いてきたのは、俺も知っている通りだ。


 アシデッドの語る過去の中に浮かび上がるのは、冷酷な悪人の顔だ。


 しかし、アシデッドの背後にいる謎の女の存在と、「プレイヤー」に対する不安が、アシデッドの暗い人生に影を落としているのが分かった。


 アシデッドはゆっくり顔を下げ話を終えた。


 

(ふむ。セレナ様……いや。セレナはたぶんチーターだ)


 エクサリウム・オンラインでもチーターという存在は一定数いた。


 主なチート行為は2種類。


 魔法の自動ホーミングと全自動ジャストパリィ。


 数多のチーターを屠って世界1位になってきた俺だ。


 その程度では怯まない。


 少数のチートにもスポットライトを当てると本当に数十種類もあったが、代表的なものはこの2種類で、話を聞いた感じではこれだけだ。

 

 セレナがどうやってこの世界でチーターになったか知らないが、いつかは死んでもらおう。

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