第2話 世界最恐になろう

 王宮の静寂の中、朝の光が差し込み、廊下の奥からフレイヤの優美な足音が響いた。

 柔らかな波打つ金髪が光を受け、深いエメラルドグリーンの瞳に知的な輝きが宿っている。若きアルブレイブ王国の第2王子、レオン様のために整えられたこの部屋。彼女の目には、ここがただの部屋ではなく、神聖な場所として映っていた。


 窓際に置かれたローテーブルの上には、一輪の花が清楚に咲いていた。フレイヤはそっとその花に触れ、深く一息をつくと微笑みを浮かべた。

 献身と誇りの象徴ともいえるこの空間は、彼女にとって何にも代えがたい聖域だった。どんな困難に対しても微笑みを絶やさず、冷静に几帳面に対応する彼女。だが、心の奥底には何があろうともレオン様を守るという強い決意が秘められていた。


 フレイヤがこの使命に命を懸ける理由、それは彼女の過去にある。彼女はもともとエルメティア帝国の出身で、魔法使いの血を引いている。しかし、エルメティアでは純血が重んじられる中、彼女は半純血として生まれ、疎外感を抱きながら育った。帝立のエルメティアアカデミーに通い、魔法の学びを受けたものの、彼女に対する周囲の偏見は消えることがなく、幼少期から息苦しい思いを抱えていた。


 そのときに出会ったのが、リディア様だった。リディア様はその生い立ちを知りながらも偏見を持たず、いつも明るい笑顔で接してくれた。リディア様の温かさは、孤独だったフレイヤの心に光をもたらし、彼女にとって唯一の支えとなった。やがてリディア様がアルブレイブ王国に嫁ぐこととなり、フレイヤもまた、彼女の側近として王国へ仕えることになったのだった。


 その後もフレイヤは、リディア様の期待に応えるため努力を惜しまず、誠実に仕え続けた。魔法と剣が共存するこの地で、彼女は自分の生い立ちを隠しながらも新しい役割を見つけ、いつしか王子の世話を任されるようになったのだ。王子に尽くす日々が、今では彼女の全てだった。


 机の上に置かれた日誌を開き、彼女は王子の成長記録を確認する。その頁には、生後7ヶ月までのレオン様のことが書き連ねられていた。


「レオン様は…おもちゃには興味を示されなかった…」


 フレイヤはふとその記録を読み返し、過ぎ去った日々を思い返す。普通の子供なら、色鮮やかな玩具に目を輝かせるだろう。だが、レオン様は異なり、いつも静かに魔導書を開いては、不思議そうにその文字を追っていた。その知的な瞳には、まるで深い思索が宿っているようで、王宮の者たちは彼を「神童」と称えた。


 そして、王子が特異な力を持つことが明らかになったのは、彼が生まれながらにして持っていた二つのスキルによるものだった。本来、5歳で初めて発現するはずのスキルを、生まれつき授かっていたのだ。それもただ一つではなく、二つも。「超再生」と「変幻自在」という力は、王宮中に驚きと期待を巻き起こした。


「超再生のスキル…剣士にとってこれがどれほど羨ましいものか」


 フレイヤは小さく息を飲み、彼の運命が大きく動く瞬間を実感した。このスキルは傷ついた体を瞬時に回復させる力を持ち、戦場で剣士たちが夢見るものである。そしてもう一つの「変幻自在」は、まるで幻のように姿を変え、敵を欺くための力を秘めていた。


 しかし、この特異な才能ゆえにレオン様を守ることもまた容易ではなかった。彼がハイハイを覚えてからというもの、少し目を離すとすぐにどこかへ行ってしまう。レオン様は幼い体ながらも好奇心旺盛で、フレイヤは目を離すたびに不安に駆られた。


 ある日、ある出来事が起こった。レオン様がハイハイで机の角に頭をぶつけてしまい、額に小さな傷を負った。驚いたフレイヤはすぐさま治癒魔法を施そうとしたが、治療にいつもより時間がかかることに気づいた。彼女の魔力が王子の体に触れる瞬間、何かが微妙に反発しているような、複雑な違和感を覚えたのだ。


「まさか…」


 フレイヤは驚きと戸惑いを感じた。エルメティアでは一部の魔法使いの間で知られている「力の反発」──自分よりも高い魔力や才能を持つ相手には、治癒魔法の効果が薄れやすいという現象。幼いながらも、レオン様の中に眠る強大な魔力がその兆しを見せ始めているのかもしれない。


 王子は治癒の光を不思議そうに見つめ、まるで魔法の力そのものに魅入られたかのようだった。彼の小さな瞳の奥に興味と好奇心が宿り、フレイヤの魔力をじっと観察している。その姿にフレイヤは内心、複雑な思いを抱えた。王子の中にリディア様の血が流れ、魔法の才が潜んでいるのは明らかだった。


 その思いを胸に抱きながらも、フレイヤは王子の可能性を無視することができなかった。魔法に引かれる彼の姿を見て、自らの心の奥に芽生える不安と期待を感じずにはいられなかった。


「レオン様が……魔法に関心をお持ちになるとは……」


 アルブレイブ王国では魔法使いは異端視されがちであり、王子が魔法に興味を抱くことは複雑な問題だった。しかし彼の母リディア様が、魔法使いの帝国、エルメティアの出身であることを考えれば、彼に魔法の才能があるのも無理のないことだった。


 その日の朝、フレイヤは乳母と顔を合わせ、ふとした話の流れで王子の魔法への関心について話題に出した。


「フレイヤさん、やはりレオン様にはリディア様の血が流れているのですね。魔法にも興味を示されて……」


 乳母が微笑みながら話すと、フレイヤも微かに困惑を浮かべた。


「ええ……リディア様とのお子様ですから、やはり魔法の才能があるのかもしれません。しかし、アルブレイブでは魔法使いが……」


 乳母は静かに頷き、少しだけ困ったように目を伏せた。


 「そうね、剣士の国としての誇りもあるし……」


 フレイヤの胸には複雑な感情が渦巻いていた。魔法の才能を持つ者としての未来もあるかもしれないが、彼には何より剣士としての道を歩んでほしいと心から願っていたのだ。剣士として王国に仕え、敬愛と誇りを集める存在に──その想いは彼女の忠誠の証でもあった。


 彼女は日誌の頁に視線を戻す。彼女が綴る一文字一文字が、彼への深い想いと誓いを物語っているようだった。王子レオン・アルブレイブを抱えた乳母のもとへ、いつものように控えめな微笑みを浮かべて近づくと、その小さな姿を覗き込む。

 


 ――


 エクサリウム・オンラインの世界では、「魔法」「呪い」「剣術」の3つの力が重要な役割を果たしていた。

 魔法使いは知識と魔力を誇りにし、剣士は剣術で体を鍛えてオーラを用いて戦う。それぞれが異なる役割とを持ち、世界の理と秩序を形作っている。

 

 まず、魔法使い。

 彼らは膨大な知識と強大な魔力を武器に、世界の「マナ」と呼ばれる不可視のエネルギーを自在に操る。

 魔法はその魔力を受け皿として、周囲のマナを動かし、現実に事象を起こす力だ。

 水を呼び出したり、火を生み出したり、さらには空間を操ることさえ可能だ。

 魔術師たちはその力で大地を焼き払い、戦場を一変させる。その威力に、一度目にすれば恐れない者はいない。

 

 一方、剣士たちは異なる方法でマナを利用する。

 彼らはマナを体内に取り込み、それを「オーラ」として変換することで身体機能を大幅に向上させる。

 俊敏さも力も常人をはるかに超え、魔術師の魔法に負けない鋭さと速さを誇るのだ。

 剣士は己の肉体を極限まで鍛え上げ、剣技とオーラを一体化させて戦う。攻撃一つ一つが必殺の力を宿し、戦場において彼らはまさに「生きた武器」となる。

 

 そして、呪い。

 この世界ではまだ未知の力であり、複雑で奇妙な性質を持っている。

 NPCは特定の呪いや悪しき力を使い、敵を弱体化させたり、不吉な影響を与えたりするが、俺にとって呪いはまだ手探りの領域だった。

 エクサリウム・オンラインの中でのNPCの使い方は見てきたものの、プレイヤーとしてそれをどう扱うかまでは理解が及んでいない。

 これから研究し、探っていくつもりだが、そこには思わぬ発見や危険が潜んでいるのだろう。

 

 それぞれが異なる信念と技術を持ち、300年という長い戦争の歴史を持っていた。

 特に、魔術師と戦士の対立がこの世界の根深い問題だった。

 だが、ストーリー上ではたしか魔術帝国と剣士王国は政略結婚によって、お互いに手出しができないぐらいにズブズブの関係になっていたはずだ。

 

 つまり俺は将来、政略結婚の対象になるって感じか。


 まぁ、今は考えなくてもいいか。


 

 ――

 夜、すべてが静まり返ると、レオンは一人ベビーベッドの上で座り込んでいた。

 

 俺は試しに自分の魔力とオーラを使ってみようと決意した。転生してから初めての本格的な試みだ。


「魔力とオーラ、そして呪いを試してみるか」


 俺はまずマナを取り込もうと意識を集中させた。

 手をかざし、自身の体の中にマナを取り込む感覚を探り始めたが、思ったよりも難しい。何度か挑戦を続けるうちに、ようやく自分の内にある魔力が薄く輝き始めたが、次の瞬間、意識がふっと途切れるような感覚に襲われた。


「マナが取り込めない……もう一度!」

 

 しかし、何度やってもマナが取り込めず、オーラの生成にも失敗してしまう。

 少し苛立ちを覚えながらも、今度は呪いの力を試してみることにした。

 

 

 ドキドキしながら、彼はベビーベッドから降り、部屋のローテーブルに置かれた花に向かって呪文を唱える。


モルトゥーラ死の呪い


 瞬間、緑色の閃光が走り、花びらが枯れて落ちてしまった。


「ははっ……できた――」


 しかしその喜びも束の間、彼は体の異常な疲労感に襲われた。マナやオーラを使っていないはずなのに、この呪いには何かを消費しているようだった。

 

 たらりと湿った液体が鼻から出ていた。鼻血だ。

 

 その謎はますます俺の興味を引いたが、今は体力を回復するためにその場で休むことにした。


 ――

 翌朝、俺は再び頭の中に浮かぶ情報について考えを巡らせていた。

 やはり最も気になるのはこの世界に伝わる「リバイブレリムの石」という秘宝の存在だった。

 この石は、どんな願いでも叶えるとされ、伝説的な力を持つ。

 

 もしこの石があれば、地球で失ってしまった同級生、楓を蘇らせることができるかもしれない。

 

 そして、俺が生きる理由はただ一つだ。

 

「楓を、蘇らせる」

 

 この世界の秘宝「リバイブレリムの石」を手に入れるため、俺は全力を尽くすつもりだ。

 この石のかけらは6つ存在し、すべてを集めることでどんな願いも叶えられるとされている。

 俺の頭には、エクサリウム・オンラインで培った情報がまだ鮮明に残っていた。

 俺はその知識を活かし、必ずこの世界で最恐になり、リバイブレリムの石を手に入れるつもりだ。

 

 (悪いなゲーム内の主人公達よ。)


 リバイブレリウムの石は本来ゲーム内の主人公達が手に入れるはずだが、それを俺が強奪するということ。

 中には主人公しか倒せない敵もいるが、主人公を利用するだけ利用して、かけらだけ頂こう。

 

「そのためにも課題がたくさんありそうだな。」

 

 かつてエクサリウム・オンラインで頂点に君臨していたあの頃の栄光を取り戻し、そして亡くした同級生を蘇らせる。


「決めた。俺、世界最恐になろう」

 

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