第28話 指輪

 アリオンが、話があると魔道具で俺に一報をいれていたのに気づいた。


 俺はアリオンに会うため、フィリスフォードを訪れていた。

 

 

 堂々たる城の広間に足を踏み入れると、視線の先に並ぶ二人の老帝が俺を出迎えていた。


 その威厳に満ちた姿は、まさに伝説に名を連ねる存在そのものだ。


「英雄よ。よく来たな」

 

 アリオン様が静かな声で語りかけてくる。


 その口調には底知れぬ力が宿っており、まるで彼の言葉そのものがこの空間を支配しているかのようだった。


「がっはっは。随分デカくなったじゃねえか、おい」

 

 一方でベルガ様は豪快に笑い、俺の成長を歓迎してくれている。


 豪放でありながら鋭い眼光を持つ彼の視線が俺を捉え、その目には鋭い洞察力が宿っていることが一目で分かった。


「アリオン様、ベルガ様、お久しぶりです」

 

 深く礼をしながら答えると、二人は互いに目を合わせて頷き、俺の姿を吟味するように再び見つめてくる。


「さらに腕を上げたな」


 アリオン様が微笑みを浮かべる。

 

「いえいえ、まだまだ未熟です」と俺は謙遜して返した。


 しばらくの間、俺たちは静かに言葉を交わしながら、互いの力と信頼を確認するように見つめ合っていた。


 するとアリオン様がふと真剣な表情に戻り、改めて本題に入った。


「今日呼んだのはアシデッドの件での、報酬についてだ。何か欲しいものはあるか?」

 

 その問いかけは重くも真摯で、俺がここまで成し遂げたことへの報いを惜しまないという意志が伝わってくる。


 少しの沈黙の後、俺は意を決して口を開いた。


「冒険者ギルドの資格が欲しいです。できれば私ではない人物の物がいいです!」


 アリオン様は少し眉をひそめ、考え込むように首を傾げた。


「ふむ……それは、難しいな。他にはないか?」


 少し考え、俺は次の希望を口にする。


「では、情報屋との縁をください」


 その瞬間、二人の老帝の視線が微かに揺れた。


 アリオン様は表情を変えず、しかし静かに問いかける。


「まさか……黒猫の密議を知っているのか? アルドリックに教えてもらったのか?」


「まぁ、似たようなものです」と俺は軽く笑みを浮かべながら答える。


 前世でのストーリーでも黒猫の密議は少し、出てきていた。

 

 だが、あいにく合言葉や拠点の位置などは知らなかった。

 

 アリオン様は小さくうなずいた。


「いいだろう。合言葉とともに縁を与えよう」


 とその言葉を承諾してくれた。


「ありがとうございます!」


 俺は感謝の意を表し、さらに深く礼をした。


 ベルガ様はその様子を見て豪快に笑った。


「英雄にある意味お似合いかもしれんが、そんなことでいいのか? 強力な武器や美しい女性を求めるもんだと思っていたぞ」


 と冗談めかした言葉を投げかけてくる。


「俺をなんだと思っているんですか」


 そう返しながら、俺も少し笑みを浮かべた。


 ベルガ様も満足そうに頷いた。


「アルドリックの子だからな。息子も女たらしだと思われてんだよ」


 と、まるでからかうように言う。


 その言葉に、俺はほんの少しだけ苦笑いを浮かべた。


「さて……」


 アリオン様が重々しい口調で言葉を引き締める。


「黒猫の密議の合言葉と、拠点をいくつか教えよう。しっかり心に刻むがよい」


 一言一言が鋭く、また決して軽くは扱えない重要な情報だった。


 彼らの口から教えられた合言葉と拠点の名を、俺は慎重に、そして正確に頭に刻み込んでいく。


「心配はしておらぬが、ゆめゆめ、悪用はするなよ」


 とアリオン様が念を押すように言った。


 俺は真摯に頷き、「はい!」と一言、力強く応えた。


 

 城を後にして、リリスと出かけることにした。


 

 アルカティナの町を歩いていると、遠くから聞こえる歓声が次第に近づいてくる。


 人々が俺たちを見つけ、親子連れや店の主人たちが次々と足を止めて振り返る。


「きゃー! レオン王子様よ!」

「英雄様だ!」


 周囲の声援に、リリスが少し照れくさそうに俺を見上げる。


「あなたと並ぶと、私が小さく見えるわね。色んな意味で」


「いやいや、リリスだって聖女様になるんだし、大して変わんないよ。確かに俺、最近はぐんと背が伸びたけど」


「本当ね。まるでたけのこみたいに急成長してるわ」


 リリスがくすくすと笑い声を漏らす。


「ははっ。――あっ! ジュエリーショップだ! リリス、少し寄らないか?」


「ええ、いいわよ」

 

 リリスがうなずくと、俺たちは店内へと足を踏み入れた。


 中には美しい宝石が並び、光を受けてキラキラと輝いている。


 ルビーやエメラルド、アメジスト……どれもが見事な色合いで、まるで宝石自体が生命を宿しているようだった。


「わぁ、綺麗だな」


 俺が思わず感嘆すると、リリスが微笑んで棚を指さす。


「このルビーとか、レオンに似合いそう」


 だが、俺の目は他の宝石に止まっていた。


「このブラックパールの指輪を1つください」


(この世界の指輪は着用者の指に合わせて変化するのがいいよな)

 

 そう思いながら、店主にそう告げると、店主は驚きと誇らしげな表情で応じた。


「毎度あり! 英雄様にお会いできて光栄です」


 店主が、どこか緊張した様子で言葉をかけてくる。


 ブラックパールの指輪をリングケースに収め、上等な革の手提げ袋を用意し、丁寧に包み始めた。


 その様子を眺めながら、リリスが疑問を口にする。


「アルカティナの宝石店は、大陸一の店と評判らしいわ。この指輪、どうして買ったの?」


「このパールが、リリスに似合いそうだったからさ」


 俺が笑いながら言うと、リリスの顔が驚きで硬直する。


「え? それって――」


 店主がリングケースを渡してくれた。


「お待たせしました。どうぞ」


「ありがとうございます。これ、チップです」


 俺が手渡すと、店主は再び感激の表情を浮かべて深々と頭を下げた。


 店を出ると、俺はリリスに手提げ袋を差し出した。


「はい、これ。リリスに」


「えっ……これって、もしかしてプロポーズ?」


 リリスが頬を赤く染めて問いかける。


「え? あははっ、そうだね。そういうことにしようか」


 俺も少し照れながら答えた。


 リリスは恥ずかしそうに視線を逸らした。


「ちょっとの間だけ、こっち見ないでくれる?」


 と言ってくる。


「何? 照れてんの?」


 俺がからかうように言うと、彼女は小さくうなずき、顔をさらに赤く染めた。


「恥ずかしいのよ……」


「ははっ、可愛いなリリス」


 俺が笑うと、リリスは恥ずかしさに怒ったような表情を浮かべる。


「ちょっと! もう、ふざけてるでしょ!」


 その言葉に、俺はさらに笑みを深めた。


 町の通りを進むと、ふと視界に豪華なレストランが映る。


「あのお店に入ろうか」


 リリスは驚いたように目を見開いた。


「ここは予約すら取れない店よ? ――ってちょっと!」

 

 とリリスは叫んだ。


 俺は受付に向かい、低い声で告げる。


「予約していた。アルブレイブです」


「は、はい、二名様ですね。お待ちしておりました」


 案内係がすぐに応え、2階のVIP席へと案内してくれた。


「え?」


 リリスが信じられないという顔で俺を見やる。


「行こうか」


 俺が言うと、リリスは驚きながらも頷き、共に席に向かった。


 豪華な装飾と照明が目に飛び込み、耳にはピアノの穏やかな旋律が心地よく響いてきた。


 上質な音色が店内を包み、まるでここが別世界であるかのような錯覚を覚える。


「ここは一度来てみたかったんだ」


「そ、そうなの?」


 リリスが少し驚いたように返す。

 

 リリスもこの店の雰囲気に圧倒されているようで、その瞳が輝いているのがわかる。


 俺は微笑みながら、リリスに向き直る。


「リリス、もう少しで誕生日だろ。ここでお祝いしようかと思って」


 リリスは目を丸くして俺を見つめた。


「知ってたの?」


「もちろん」


 俺がさらりと言うと、リリスは照れたように顔を赤らめた。


「そう……ありがとう。すごく嬉しい」


「ただ、まだお酒は飲めないから、エールのアルコール抜きがあるみたいだから、それを飲もうか」


「え、ええ」


 リリスの頬がさらに赤く染まり、どこか恥ずかしそうにうなずいた。


 こんな表情を見せるのも珍しく、つい見入ってしまう。


「俺は、今日、初めてのことばかりだな」


「そうね。こんな高級な場所に来るの、私も初めてだし……私、前世ではずっと大人しかったから」


「へぇ、意外だな。もっと積極的なタイプだと思ってたよ」


 リリスがすかさず俺を睨みつけ、「あなたはずいぶんと遊んでいたんじゃないの?」と疑わしげに尋ねてきた。


「そんなことないよ」


 俺が笑って否定すると、リリスはさらに追及してくる。


「嘘! 絶対、女の子を口説いてたんでしょ!」


「いや、マジで違うよ。ずっと引きこもってたし……」


「はぁ、信じられないわね」


 リリスがため息をつくタイミングで、ちょうどエールが運ばれてきた。


 店員が慎重に木製のコップをテーブルに置いていく。


「誕生日おめでとう、リリス。乾杯」


「ありがとう、レオン。乾杯」


 コツン、と木製のコップがいい音を鳴らし、俺たちは一口ずつ飲み干した。


 リリスが少し顔をしかめ、「うっ、ちょっと苦いわね」と言った。


 俺はすかさず「口に合わなかった? ソフトドリンクにする?」と気遣った。


「うん、ありがとう」


 リリスがうなずくと、俺は残りのエールを引き取り、飲むことにした。


「残ったの、俺が飲むよ」


「え? でも、それ……」と一瞬ためらったような表情を見せたが、「いや、なんでもない!」と恥ずかしそうに顔をそらした。


 

 しばらくの沈黙が訪れた。


 リリスはコップを見つめ、少し考え込んだ様子で口を開く。


「その……聞きづらいんだけど、レオンって私のことどう思ってるの?」


 俺は驚いてリリスを見やり、つい笑ってしまった。


「盗み聞きしてたくせに、そんなこと聞くのか?」


「わ、わざとじゃないわよ!」


 リリスが真っ赤になって反論する。


「どう思ってるか……か。みんな、難しいことを聞くよな」


 リリスは真剣な眼差しで俺を見つめている。


 リリスの視線に応え、俺も真摯に答えた。


「リリスは大切だし、同じ転生者として同胞だと思ってる。だから、リリスは特別だよ」


「ふふっ、そう。嬉しいわ」


 リリスの口元に浮かぶ微笑みが、なぜかとても愛おしく感じられた。


 

「そろそろ出ようか」


「ええ、今日は……本当に忘れられない思い出になりそう」


「……リングケースを開けて、しゃがみ込んだ方が良かったかな?」


 リリスは驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑んで肩をすくめた。


「ふふっ。どうせやらないくせに」


「恥ずかしいからな、そんなこと」と俺は照れ隠しのように苦笑する。


 リリスは少し微笑んで、軽く目をそらした。


「でも、ありがとう。すごく嬉しいわ」

 

 レストランを後にしながら、俺はポケットからリングを取り出し、リリスに声をかけた。


「ちょっと、手を出して」


「え? 何を……」


 リリスは驚きつつも手を差し出し、俺はフィリスフォードで買っておいた、プラチナのシンプルな指輪をリリスの指にはめた。


「えっ……」


 リリスの顔が再び赤く染まり、リリスは動揺した様子で俺を見つめる。


 俺は微笑みながら、「行くぞ」と声をかけ、リリスの手をしっかり握ったまま姿くらましを発動した。


 周囲の景色がぼやけ、次の瞬間にはリリスの屋敷の前に立っていた。


「うっ……さっきの店で食べたものが全部出ちゃいそう……」とリリスが顔をしかめると、俺は思わず吹き出してしまう。


「ははっ、その指輪は普段使いもできるかなって思って選んだんだ。フィリスフォードでリリスに似合いそうなものを見つけたからさ」


 リリスは指輪を見つめて、少しうつむいたまま小さく礼を言った。


「ありがとう……」


 その声には温かさと照れが滲んでいて、俺はその様子が微笑ましくてたまらなかった。


「今日は本当に楽しかったよ、リリス。じゃあ、またな」


「えぇ、またね……レオン」


 リリスが微笑んで手を振ってくれるのを見届け、俺は姿くらましを使ってアルカティナの客室へと転移した。

 

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