サルティナ軍先遣隊①



ヴァルムガードを覆う空は鈍色に染まり、不穏な気配が広がっていた。兵士たちは昨夜から配置に就いており、緊張の色を隠しきれない。サルティナ王国の侵攻は一報を受けてから進行速度が異様に速く、すでに国境を越えているとの報告が入っていた。


アイシャは前線の指揮所に立ち、望遠鏡で遠くを見据えていた。霧の中にうっすらと浮かび上がる軍勢が、確実にこちらへ向かっている。彼女の背後にはダリウスやヌアイン、そして数名の指揮官たちが集まっていた。


「……どう考えても、速すぎる。まるで最初からこちらの準備が整う前に叩くつもりみたいだね。」

アイシャは小さく舌打ちしながら望遠鏡を下ろし、振り返る。


「アイシャ、何か策はあるか?」

ダリウスが尋ねると、アイシャは小さく頷いた。


「正面突破されたら持たない。敵の動きを遅らせるために、罠を仕掛けるしかないね。地形を利用して分断できれば、こちらの戦力でも対抗できる。」


「罠か……時間稼ぎにはなるが、本体を押し返すのは厳しいんじゃないか?」

ヌアインが腕を組みながら言う。


「そのための援軍を頼んでるけど、間に合うかどうかは分からない。でも、やらなきゃ守れないんだよ。」

アイシャの声には焦りはないが、その目は確固たる意志を帯びていた。


「お前らはその分断作戦に集中しろ。俺は前に出て、敵の様子を探ってみる。」

ヌアインが軽く笑いながら言うと、ダリウスが鋭い声で止めた。


「一人で出るつもりか?無茶だぞ!」


「無茶かどうかは結果次第だ。俺は俺でできることをするだけだ。」

ヌアインはそう言い残し、剣を携えて前線へと向かった。


アイシャは彼の背中を見送りながら、小さくため息をついた。


「ったく……ああいう無茶する奴がいるから、こっちも気苦労が絶えないんだよ。」

それでも彼女の目には、ヌアインへの信頼がしっかりと宿っていた。


* * *


ヌアインが森の中を進むと、遠くから甲高い号令が響いてきた。茂みの陰に隠れ、そっと様子を伺う。そこには、整然と進軍するサルティナ軍の先遣隊の姿があった。


「……やっぱり数が多いな。」


ヌアインは低く息を吐く。そのとき、先遣隊の中に見慣れぬ旗印が掲げられているのに気づいた。それは通常のサルティナ軍のものではなく、民間の傭兵団を象徴する紋章だった。


「傭兵まで雇って戦力を増強している……これは、本気で落とすつもりできたか。」


彼は手近な木陰に隠れ、さらに観察を続けた。だが、次の瞬間、鋭い視線がこちらを向いているのに気づいた。


「……!」


森の奥から一人の傭兵が姿を現した。その男は緋色のマントを纏い、鋭い目でヌアインを見据えている。


「そこにいるのは誰だ?」


ヌアインは冷静に相手を見返しながら、手を剣の柄に添えた。


「ただの通りすがりだよ。こんな場所で何をしてる?」


「怪しいな。俺たちに近づくとは、正気の沙汰じゃない。」


男が剣を抜く音が響き、ヌアインも同時に構えを取った。


「なら、ちょっと遊んでみるか。どっちが先に動くか、試してみようじゃないか。」


互いに緊張が走る中、森の中で剣戟の火花が散る。サルティナ軍の本格的な侵攻の一歩手前で、ヌアインは戦闘の幕を切って落とした。

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慈愛の魔王、心が綺麗すぎたため異世界の勇者として召喚される @ikkyu33

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