ゼルファと会議室─アイシャ視点



要塞都市ヴァルムガードの会議室に座るアイシャは、重苦しい空気の中で、わずかに肩を強ばらせていた。


目の前にはゼルファ──ヌアインの配下となったばかりの魔族の戦士が、冷淡な目つきで他の人間たちを見渡している。その目には明らかな軽蔑が浮かび、彼の口元には、嘲笑を含んだ微笑が浮かんでいた。


「……人間どもよ。貴様らの脆弱さには、正直呆れるばかりだ。」


その一言が放たれると、会議室の温度が一段と下がったように感じた。アイシャは、周囲の人々の表情が険しくなるのを感じ取り、身震いを抑えるように拳を握りしめた。ゼルファの言葉はあまりにも容赦がなく、冷たかった。それでも、ただ感情的に反発するのは愚かだと、彼女は冷静に自分に言い聞かせた。


(彼の言葉に一理あるとしても……ここにいる誰も、そんなことを聞きたいわけじゃない。)


隣に座るダリウスの顔が赤くなり、怒りをこらえるのに必死なのが伝わってくる。案の定、彼はテーブルを叩きつけるようにして声を張り上げた。


「お前に何がわかる!俺たちだって、守るために全力で戦ってるんだ!」


アイシャは、ダリウスの叫びに驚きながらも、内心で彼の気持ちが痛いほど理解できた。人間たちは、この厳しい現実の中で戦い続けてきた。彼らは弱いかもしれないが、それでも諦めることなく立ち向かってきたのだ。だが、その思いが魔族であるゼルファに伝わるはずもない、とも感じていた。


ゼルファは冷ややかな眼差しでダリウスを一瞥すると、無情にも言い放った。


「無力な者の言い訳に過ぎん。守ると言うなら、もっと力を手に入れることだ。」


その言葉に、アイシャの心はぎゅっと締め付けられた。彼女もまた、自分が弱いことを認めざるを得なかった瞬間が何度もあった。けれど、ゼルファの言葉はあまりにも無情で、冷酷で──まるで彼女たちが積み重ねてきた努力や苦しみが無意味だと突きつけられているように感じた。


(このままでは、ただ互いを傷つけ合うだけだ……)


アイシャが心の中でそう思っていると、静寂の中でヌアインの穏やかな声が響いた。


「まず弱さを受け入れるんだ。」


その一言が、会議室にまるで新しい風が吹き込んだかのような感覚をもたらした。アイシャは思わずヌアインに目を向ける。彼の穏やかな表情と、まるで何か深い思索の中にいるかのような瞳に、彼女は一瞬、言葉を失った。


ヌアインの言葉には、ただの説教や教えではない、温かみと優しさが込められていた。彼は力を持ちながらも、その力に固執せず、弱さをも受け入れる覚悟を持っている。アイシャは、ヌアインのそうした姿勢に深い敬意と感銘を抱いた。


(強さとは、ただ力を持つことだけではない……弱さを認め、支え合うことも、立派な強さなのかもしれない。)


アイシャはその時、ヌアインがただの英雄ではなく、彼女たちが理想とする「本当の強さ」を体現していると感じた。彼の言葉が、次第に彼女の中で小さな勇気の種を育てていくように思えた。


ゼルファもまた、彼の言葉に反応して、少しばかり表情を曇らせていた。彼の冷酷さの奥にも、何か考えさせられるものがあったのだろうか。アイシャにはその真意を図ることはできなかったが、二人の対話が静かに人間と魔族の間に架け橋を築き始めているのを感じ取った。


会議室に漂う静けさの中で、アイシャは微かに希望を抱いた。

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