ヌアインの「強さ」



ヌアインは、ふと立ち止まり、夜の静けさに包まれた。星々が瞬く冷たい空の下、己の思考が溶け込んでいくかのように感じる。彼はぽつりとつぶやいた。


「この世はどこまでいっても他力…、何一つとして己でやり遂げられることなどない。」


その言葉は、ただの虚無ではなかった。彼の中に宿る深い洞察が、自らを見つめ直すことで浮かび上がった言葉だった。どれほど強力な力を持とうと、すべてが自分の意志だけで成し遂げられるわけではない。どんなに力があっても、それを振るうことができるのは、彼を支える存在があるからこそなのだ。


「戦うのも、守るのも、誰かのため…いや、誰かがいるからできることばかりだ。」


彼の脳裏には、一緒に歩んできた人々の姿が浮かぶ。アイシャの信頼、彼女のひたむきな視線。兵士たちの期待、彼らの安堵の表情。それらすべてが、彼をただの「勇者」以上の存在へと導き、己の在り方を深く問い直すきっかけとなっているのだ。


「ただの強さだけで、この世を救えるなどと考えるのは、愚かなことだ。」


ヌアインは静かに拳を握りしめた。元・魔王としての力と、勇者としての立場。そのどちらも、自分ひとりでは意味を成さない。自分の力が「救い」として意味を持つためには、受け入れてくれる者たちの存在が必要不可欠だった。


「人も、魔も、すべてが互いに依存し合っている…。俺が何かを成すとき、すでにその成す先には他者の存在がある…。」


彼は、遠くに見える星の輝きを見つめた。その光は、無数の存在が支え合い、輝き続けている証だった。それを理解したとき、彼の心は静かに満たされていく。どれほどの力を持とうとも、己だけの力では生きられないという真実。それが、彼の「勇者としての在り方」を形作るのだと、彼は今さらながら悟っていた。


「俺は、この世を救うために立っているんじゃない。この世にいる皆と共に立つために、勇者であらねばならない。」


ぼそりと、そんな独りごちをもらしたヌアインの表情には、柔らかな決意が浮かんでいた。それは、ただの力や栄光を追い求める者にはない、深く穏やかな眼差しだった。


そんな彼の隣で、アイシャがその表情を何も言わずに見上げていたが、彼の独白には何も触れなかった。ただ静かに、ヌアインが思うままに歩めるようにと、そっと寄り添っていた。

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