北に来た勇者



冷たい風が容赦なく吹きすさび、灰色の雲が低く垂れ込めた北の戦場。遠くでは兵士たちの掛け声と、かすかに響く武器のぶつかり合う音が、緊迫した戦況を物語っていた。


ヌアインは一歩一歩、足を進めていく。彼の到着に気づいた前線の兵士たちは、一瞬目を見開き、呆然と彼の姿を見つめていた。その誰もが、彼のただならぬ気配と圧倒的な存在感に息を呑んでいたからだ。


「お、お前は…勇者様…!?」


兵士の一人がようやく口を開いたが、その声には驚きと疑念が入り混じっていた。これまで前線に送り込まれてきた者とは、どこか根本的に異なる、底知れぬ力を感じさせるのだ。まるで、そこにいるだけで周囲の空気が一変するような威圧感。それは、彼がかつて魔王であったことに由来する、威厳と恐怖が渦巻く「魔王圧」そのものだった。


ヌアインは少し微笑んで兵士たちに頷き、言葉をかける。


「どうやら、すぐに戦況を把握する必要がありそうだな。状況を教えてくれないか?」


その穏やかな口調は、彼の放つ威圧感と裏腹に、どこまでも優しさに満ちていた。しかし、彼の言葉を聞いた兵士たちは、その言葉の中に宿る「絶対的な力」を本能的に感じ取っていた。彼の前では、どんな脅威も無力であり、いかなる敵も立ち向かうことさえためらうような存在感。


「は、はい…!現在、魔族の攻勢が増しており、我々は守りに徹するのがやっとの状態です。いつ突破されてもおかしくありません…」


兵士が状況を説明すると、ヌアインはふと北の山脈を眺め、その眼差しに鋭さが宿る。風が彼の前髪をなびかせ、荒野に響く魔族の気配に視線を固定させた。


「なるほど、守り一辺倒というわけか。ならば、こちらから動きを見せるのも手かもしれないな」


静かに語りながら、ヌアインは軽く拳を握った。彼の背後に広がる大地そのものが、まるで彼の意志に応じるかのように、力強い鼓動を響かせる。周囲の兵士たちは、その圧倒的な存在感に気圧されつつも、心の奥に生まれたかすかな希望を感じ始めていた。


「さぁ、我が友よ、北の守りを見せよう。この命がある限り、誰一人通すつもりはない」


そう宣言したヌアインの言葉に、兵士たちの士気は一気に高まった。

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