野営



ヌアインとアイシャは、北の戦地を目指す道中、兵士たちと共に野営の準備を整えていた。陽が落ちて、深い夜の帳が降りる中、焚火の光が穏やかに辺りを照らし、冷たい風が静かに頬を撫でていく。


焚火の前で、ヌアインは少し離れた場所に腰を下ろし、炎をじっと見つめていた。その目には何か思い悩むような色が宿っている。彼の心中には、かつて「魔王」として歩んだ過去と、今「勇者」として進んでいる道が、複雑に交差していたのかもしれない。


そんな彼の様子に気づいたアイシャが、そっと隣に座り込んで声をかけた。


「ねぇ、ヌアイン。あんた、こんなこと考えてるんじゃない?“この戦いに本当の意味はあるのか”とかさ。」


ヌアインは少し驚いた表情を見せたが、すぐに苦笑した。「さすがに鋭いな、アイシャ。でも、その通りだよ。戦いの場に立つとき、いつも同じ問いが頭に浮かぶ…これは終わりのない連鎖だと。」


彼の言葉には、かつて多くの争いを目にしてきた魔王としての視点と、今まさにこの地で命を守る立場にある勇者としての責任が滲んでいるようだった。


アイシャは、じっとヌアインを見つめ、焚火の明かりが映し出すその横顔にどこか哀愁を感じた。彼女にはヌアインの真実を知る立場として、その複雑な思いにどこか共感するものがあった。


「ま、考えすぎないことね、魔王…じゃなかった、勇者様」と、冗談めかしながら彼女が言ったが、その声には小さな信頼の響きがあった。


ヌアインは一瞬目を見開き、そしてふっと微笑んだ。「そうだな、今は考えすぎないようにするよ。」


そんな二人のやりとりに、兵士たちは遠巻きに微笑を浮かべていた。勇者ヌアインと、ヴァンパイアの少女アイシャ。この不思議な二人の存在が、彼らの間に新たな希望をもたらしているのは間違いなかった。

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