作戦決行



アイシャは地図を片手に、作戦の要点を再確認するように小さな声で呟きながら歩いている。


「隠密行動って言っても、私一人じゃできないこともあるし、ヌアイン、ちゃんと私のサポートしてよね!」


ヌアインは微笑みを浮かべながら頷き、軽い冗談で返した。


「もちろんだ。君に隠密行動を教えられるほど俺も精通してるわけじゃないけど、一緒に何とかするさ。力は貸すよ、アイシャ。」


それを聞いたアイシャは、少し照れ臭そうに頬を染めた。アイシャにとっては、戦いに参加することも、隠密行動での偵察も慣れていないことばかりだが、ヌアインの存在が心強く感じられる。


テントから出た二人は、周囲の地形を生かして身を隠しながら、少しずつ前線へと接近していく。アイシャが自信満々に提案していた「魔物の位置を察知する力」を発動しようと集中すると、彼女の瞳にわずかな赤い光が灯った。


「見えた…!」


アイシャがその力で敵の位置を把握すると、ヌアインにも報告を始めた。彼女の声は少し高揚していて、敵の動きを追いかけることが楽しいようにも感じられた。


「ヌアイン、あっちに小さな集団がいるみたい!でも…ちょっと変な感じがする…」


「変な感じ?」ヌアインがアイシャの言葉に首をかしげると、アイシャは困った顔で説明を続けた。


「うん、なんか…普通の魔物じゃない感じがするの。どこか、人間みたいな感じもするし、でも…強さは圧倒的に違う…」


ヌアインはアイシャの説明を聞き、目を細めて考え込んだ。彼の元の世界でも、強力な魔物や人間との混血種が存在していたが、この異世界で同じような存在がいるとは想定外だった。


「ふむ…慎重に進むべきだな。アイシャ、くれぐれも油断するなよ。」


アイシャは真剣な顔で頷き、再びヌアインの先頭に立って進んでいった。彼女が感じ取った違和感の正体を探るため、二人は息を潜め、戦線のさらに奥深くへと足を踏み入れていく。



* * *



翌朝、まだ薄暗いうちに、ヌアインとアイシャは目を覚ました。冷たい朝の空気が二人の顔を引き締め、今日こそは違和感の正体を突き止めようという決意を新たにさせる。身支度を整え、簡単な食事を済ませると、二人は静かに戦線の奥へと足を進めた。


森の奥へ入るにつれ、空気は重く、微かに錆びた匂いが漂っている。アイシャは敏感に周囲の異変を感じ取り、手を振ってヌアインに気配を知らせた。


「ヌアイン、何かいる…それもかなりの数。」


アイシャは木々の間に隠れ、少し離れたところに無数の魔物の影を見つけた。魔物たちは異様な行動をしており、通常の狩りとは異なり、まるで何かに呼応するように動いているように見える。


ヌアインは目を細め、その群れを観察した。魔物たちは、まるで「待機」しているかのように秩序立っている。ふつうの魔物が持ち合わせない、知性のある動きだ。


「これは…誰かが統率しているのか?」ヌアインは小声で呟いた。


アイシャもその異様さに気づき、不安げにヌアインを見つめた。「こんなの、普通の魔物じゃありえないわね…」


ヌアインは小さく頷き、決意を固めた表情で言った。「近くまで行って様子を探ろう。その統率している者がわかれば、対策が立てられるはずだ。」


二人は慎重に魔物の群れに近づきながら、息を潜めて観察を続けた。そして森の開けた場所に差し掛かったとき、突如として現れたのは巨大な影。異形の角と赤い瞳を持つ、他の魔物とは明らかに異なる強大な存在だった。


アイシャが息を呑む。「あれが…魔物を統率している者…?」


その存在は威厳すら漂わせており、魔物たちが一斉にその足元に跪く様子は、まるで忠誠を誓う兵士のようだ。ヌアインはその光景を冷静に見つめたが、目にわずかな怒りを浮かべた。


「ここまで来るとは思っていなかったが…この地で好き勝手にはさせない。」


ヌアインは静かに剣を抜き、アイシャも身構えた。二人は慎重に間合いを詰め、覚悟を決めたその瞬間、巨大な魔物の瞳が彼らの存在を捉え、ゆっくりとこちらを向いた。


不穏な沈黙が二人を包む中、ヌアインはつぶやいた。「行くぞ、アイシャ。俺たちで、この場を守り抜こう。」

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