魔族の理由
ヌアインは、剣を構えたまま角の生えた魔族をじっと見据えた。威圧的な気配を放つその魔族は、彼らに興味を抱いたように赤い瞳を細めて、ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。アイシャは警戒を強めるが、ヌアインは冷静なままだった。
「ずいぶん大勢の魔物を率いているな。だが、何のためにここでこんな大規模な動きをしている?」ヌアインが落ち着いた声で尋ねた。
魔族は、ヌアインの問いに驚いたような表情を浮かべた。彼が勇者であることはすぐに察したようだが、その冷静な態度が少々気に障るのか、魔族の目には薄らとした怒りが宿る。しかし、彼は言葉を返した。
「この地は我らが新たな領域とするための場所だ。人間どもには相応の恐怖を味わわせ、従わせるつもりでな…まあ、勇者が現れるとは思っていなかったがな」
「恐怖で支配する、か。」ヌアインは少し眉をひそめた。「それが魔族のやり方だとしたら、お前たちは人間よりもずっと“弱い”存在だな。」
魔族はその言葉にカチンと来たのか、目を細めてヌアインを睨みつけた。「ほう、言ってくれるな。だが貴様も勇者とやらならば、自分の立場を弁えろ。我ら魔族と敵対する者には、破滅以外の未来はない。」
ヌアインはそれを聞いても顔色一つ変えず、さらに静かに言葉を重ねた。「俺には関係ないさ。お前たちがこの地を支配したところで、俺の目的は変わらない。ただ、この場所を守り、人々の平和を取り戻すだけだ。」
魔族はヌアインの毅然とした態度に、一瞬気圧されたように黙り込んだ。しかし、すぐにその顔には不敵な笑みが浮かび、低く嘲笑を漏らした。
「勇者よ、貴様もその“使命”とやらに縛られた哀れな存在だな。ならばその覚悟、俺の手で貫いてやろう!」
その瞬間、魔族が圧倒的な気迫を放ち、周囲の空気が張り詰める。アイシャは息を呑み、一歩下がりかけるが、ヌアインが軽く手で制するように振り向いた。「アイシャ、少し下がっていてくれ。」
「…分かったわ。でも、気をつけてね。」アイシャは少し不安げに頷きながらも、ヌアインを信じて一歩引いた。
ヌアインは、再び魔族の方へ目を向ける。その鋭い視線には迷いも恐れもなく、ただ静かな決意だけが宿っていた。
「俺の“覚悟”がどれだけのものか、お前に見せてやろう。だが、後悔するのはそちらの方だぞ。」
そして、両者の間に再び緊張が走り、決戦の幕が静かに開けた。
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