慈愛の魔王、勇者としての初陣



神殿の外に出ると、魔王の目の前には荒れ狂う魔物の群れが広がっていた。黒い甲殻に包まれた巨大な獣や、鋭い牙を持つ飛行生物が空を舞い、辺り一面を恐怖に染め上げている。




恐怖に震える兵士たちは、それでも勇者の存在に希望を見出し、なんとか踏みとどまっていた。だが、実際のところ彼らは皆、勇者として召喚された魔王がどれほどの力を持っているのか、まるで見当もついていなかった。






魔王は彼らの緊張を感じながら、ひとつ深呼吸をする。そして、静かにその手をかざし、微笑を浮かべた。




「さて、まずは…優しく眠ってもらおうか」




彼の言葉と共に、淡い光が手のひらから広がり、やがて周囲を包み込んでいく。それは、敵意に満ちた魔物たちを静かに包み込む慈愛の光。異常を察知した魔物たちが暴れるも、その光は次第に強くなり、彼らの動きを徐々に鈍らせていった。






「…な、なんだ、あの光は?」




「魔物たちが、次々と眠っていく…!」




兵士たちが驚きの声を上げる中、光の中で魔物たちは力を失い、次々とその場に倒れ込んでいく。まるで深い眠りに誘われるかのように、彼らは戦意を失い、動かなくなっていった。




やがて辺りは静寂に包まれ、魔物の群れは全て地に伏した。誰一人傷つけることなく、魔王は圧倒的な力で戦いを終わらせたのだ。






その様子を見ていた兵士たちは、驚愕のあまり言葉を失っていたが、やがて一人の兵士が歓声を上げた。






「す、すごい…!勇者様が、一瞬で魔物を鎮めてくださった!」






「おお…!さすがは救世の勇者様だ!」






兵士たちの喜びと感謝の声が次々と上がり、魔王はその光景を見つめながら、心の中に暖かな感覚が広がるのを感じた。今まで敵と見なされてきた彼が、こうして誰かに感謝され、笑顔を向けられる――それは魔王にとって新鮮で、そして不思議な喜びだった。






彼は静かに呟く。




「…この世界では、我が力を使っても良いのだな」






慈愛の魔王は、異世界の人々のために、自らの力を振るう決意を新たにする。その背中には、これから彼が歩むべき新たな道が、勇者としての未来が待っていたのだった。

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