激闘の末



魔族がその力を解放し、周囲に漆黒のオーラを放ちながらヌアインに向かって襲い掛かってきた。その威圧的な魔力は、まるで全てを呑み込むかのような圧倒的な重さを持っていた。空気が震え、地面さえもその震動に反応しているかのようだ。


「これが、かつての俺と同じ力…」ヌアインは心の中で静かに呟いた。かつて、魔王として君臨した時に感じた、あの力の源泉と同じ感覚だ。敵の魔力は、圧倒的で、無慈悲で、どこか懐かしくも感じられた。


だが、ヌアインはその感情をすぐに抑えた。もう、彼は魔王ではない。今の彼は、慈愛の勇者。力を振るう理由も、その使い方も、かつてのそれとはまるで違うのだ。


「恐怖で支配しても、何も得られない。」


ヌアインは冷静に息を吐き、戦闘態勢に入る。その手の中で凝縮された魔力が、今までとは違う感覚で広がっていくのを感じた。過去の力を感じつつも、それを無駄に使うことはしない。今、彼が放とうとしているのは「守るための力」だ。


「これが俺の力だ…」


ヌアインは一瞬、過去の自分に対して疑問を抱きかけた。魔王として、無限の魔力を持ち、世界を支配していたあの時。だが、結局、支配した先にあったのは虚しさと孤独だった。今の自分がその力を使う理由は、そんな過去の愚かさを二度と繰り返さないためだ。


魔族が一気にその魔力を解き放つと、ヌアインの目の前にまるで壁のように立ちふさがるような圧力が押し寄せてきた。しかし、ヌアインはその力を冷静に受け止め、反応を待つ。


「無駄だ。」


その瞬間、ヌアインは一歩踏み出し、全身の魔力を爆発させるように解放した。その圧倒的な魔力は、まるで過去の魔王の力が甦ったかのように、魔族の放った黒いオーラを呑み込み、圧倒していった。


「魔力で押しつぶしてやる…!」魔族の怒声が響くが、ヌアインはただその力を引き寄せ、無駄なく制御していった。魔王だった頃、力を使いこなすことがどれほど容易だったかを思い出しながら、それを今、別の目的で使うことに誇りを感じていた。


「俺はもう、力で支配する魔王じゃない。」ヌアインは、心の中で何度も自分に言い聞かせるように呟いた。「だが、それでも、この力を無駄にしてはいけない。」


魔族は完全にその圧倒的な魔力に呑み込まれ、足元から動けなくなり、膝をついた。それでも、ヌアインは決して攻撃をやめることなく、ただ冷徹にその力を圧し続けた。彼の魔力が暴力的に広がり、魔族の防御を次々に砕いていく。


「これで終わりだ。」


一瞬で魔族は動かなくなり、その場に倒れた。ヌアインはしばらくその場に立ち続け、肩の力を抜いて息をついた。


その瞬間、彼はふと、戦いの後に訪れる静寂の重さを感じ取った。魔族との戦闘は終わった。しかし、勝利に感じるのは安堵ではなく、むしろ一層深まる責任感だった。


「もしも、あの頃の魔王だったら…」


ヌアインはしばらく黙って立っていたが、すぐにその考えを頭から振り払った。彼が今、戦っている理由は過去の自分の延長ではない。彼が戦うのは、ただ「守るため」なのだ。もし、過去の力を振るっていたなら、全てを支配し、無慈悲に破壊していただろう。しかし今は違う。


「これが俺の選んだ道だ。」


ヌアインは静かに魔族の倒れた姿を見つめながら、その手を軽く握った。そして、アイシャが近づいてきて、少し安心したように息をつくのを見届けた。

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