作戦会議の翌朝



夜明けが近づく頃、兵士たちは戦の準備に追われていた。冷たい北風が吹きすさぶ中、各自が装備を整え、仲間と共に戦地へ向かう決意を新たにしている。そんな中、ヌアインの姿はどこか異彩を放っていた。彼の表情には焦りや恐れが微塵もなく、まるで戦場そのものを受け入れるような静かな覚悟が漂っている。



ヌアインは自分の装備を軽く点検し終わると、周りの兵士たちの様子を見渡した。彼らの間には戦の緊張感が走り、いくつかの冗談を飛ばして気を紛らわせている者もいるが、内心では誰もが恐怖と向き合っているようだった。



その様子を見たヌアインは、そっと歩み寄り、近くにいた若い兵士に声をかけた。

「心配するな。私がいる限り、お前たちに害は及ばない。皆が無事に帰れるように努めるから、安心して戦え。」

若い兵士は驚きながらも、その言葉にほっとしたような表情を浮かべた。


「ありがとうございます、勇者様…本当に、頼りにさせてもらいます。」

その兵士は一礼し、再び準備に戻っていく。ヌアインの一言が、彼の心を軽くしたのだろう。



そのとき、アイシャがにやりと笑みを浮かべながら、ヌアインの隣に歩み寄ってきた。

「ふふっ、ずいぶん余裕じゃん。さすが、元・魔王様ね。」彼女は冗談交じりに言ったが、そこには信頼が垣間見えた。



アイシャだけが知っている――目の前の「勇者ヌアイン」が、かつて異世界で「魔王」だったという秘密を。召喚された姿しか見たことはないが、どこか底知れぬ力と、威圧感すら感じる雰囲気から、彼が特別な存在であることは確信していた。


「魔王様が優しく戦うなんて、誰が信じるのよ。」心の中で軽くため息をつくアイシャ。彼は異世界の「魔王」としての素性を隠しつつ、今や「勇者」として戦う身だということを、アイシャだけが知っている。アイシャは時折、その慈愛に満ちた立ち居振るまいに妙な違和感を覚えつつも、彼の不思議な魅力に引き寄せられていた。


アイシャはふと、ヌアインを見つめる自分の心に疑問を抱いた。

「この人が…ほんとに魔王だったの?」


ヌアインはアイシャの視線を感じ取ると、穏やかに微笑んで見せた。その微笑には何の偽りもなく、ただ相手を包み込むような優しさがあふれていた。彼が「勇者」であるか「魔王」であるかに関わらず、今この瞬間、彼の側にいることがアイシャにとって安心感すらもたらしているのだった。



ヌアインはアイシャを見やり、肩をすくめて微笑んだ。

「戦場で必要なのは力だけじゃない。仲間と共に戦う覚悟も必要だ。それに、お前がいるのも心強い。」


アイシャはふいに恥ずかしそうにそっぽを向いたが、その耳は赤く染まっていた。

「べ、別に…私はただ、おいしい血をいただきに来ただけだからね!」

そう言いつつも、その口調にはどこか嬉しさが混ざっているのが、ヌアインには感じ取れた。



そして、隊の準備が整った頃、ダリウスが前に進み出て、兵士たちに声をかけた。

「さあ、皆、勇者ヌアインと共に、我らが北の守りを堅固にするために進軍する!恐れることはない。この者がいる限り、我らには勝機がある!」


兵士たちの間に高まる士気が伝わり、彼らは一斉に声を上げて応えた。その声が夜明け前の空気を震わせ、次第に東の空が明るみ始める中、彼らはヌアインと共に戦地へと向かった。

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