第16話「遠出の食べ歩きです/刺客2です」

「この世界って東京だけなんですか?」

「え、違うんじゃないですかね」


突如として発せられる言葉に戸惑いを隠せない。東京だけって、そんなわけないだろうに。

…しかし、言われてみれば確かにそうだ。この異世界に来てから私たちの世界は東京を中心に広がっている。なら他の場所もあるのか? でも、どうやって行けばいいんだ?

疑問を浮かべるが、それを聞く前にセシリアは話を続ける。


「疑問に思ったので、アリス様のスマホで調べてみました

この世界、いうなれば全体は「地球」と呼ばれるそうで、幾百もの世界、「国」があるそうなんです」


プライバシーもクソもないなと呆れていたものの

存外セシリアもこの世界に興味があったのかと喜ばしく思う。


「それで…ですね、アリス様」

「なんですか、今更物怖じしている姿なんて見たくありませんよ、言いたいことあるのなら言ってさい」


「…別の国、県でしたっけ、それに行ってみませんか?今は冬休みで、クリスマスの代わりにも良いと思うんです美味しい物も、楽しい場所も、私なりにプランを組み込んでみました」

プレゼント代が浮くことを考慮すれば、更にはセシリアも珍しく肯定的でやる気も充分。それらを踏まえれば、確かに悪い話ではない。


「……分かりました、厚意に甘えさせてもらいましょうか」

笑顔で承諾するセシリアを見て、そんな彼女の優しさに甘える事にした。



――――


といっても日帰りだ。朝一番に家を出てては電車に数十分ほど揺られて目的地の駅にたどり着く。……と、その駅がまたすごい。

周囲にはカフェやショップが立ち並び、小さな世界が広がっているかのよう。

「はー…すごいですね……」

「ね、ね、早く行きましょうよ!」

「はいはい」

今日は休日ということもあってか、周りは人でごった返していた。

本来ならば限られた時間でどこへ行くべきかと

慌てる二人が人の目に映るはずだったが、手を取り合って呑気に辺りを見回している。

セシリアのプランのお陰もあってか順調に進行していた。

最初に二人で軽く食べ歩き、その後観光名所を観ながらショッピングを楽しみ、最後はがっつり食べ歩きという流れ。


駅の上り階段を上がると、それはもう絶景。一望することすらできないほどに、目の前にはぎっしりと立ち並ぶ建物の群れが広がっていた。高層ビルが空に向かってそびえ、まるで競い合うかのように次々と顔を出している。その姿は、巨大な迷路のように複雑で、どこまでも続く景色が心を惹きつける。

階段の両脇にはお店が並びキッチンカーのような軽食もある。

香ばしい匂いのオーケストラ。個々が独自の役割を持ち、全体のハーモニーを作るのだ。


そうして、私が注目している場所はあの有名な中華街だ。

辺りを散策していると、気になるスポットが目に入った。


「可愛いカップに入ってあるあれってなんですか?」


「ん、小籠包ですかね」


「食べますか?」

「いいんですか!?」

「もちろん、ついでに私も食べたいです」

「やった! ありがとうございます!」


お言葉に甘えて、私は小籠包を二つ頼むことにした。湯気を立てた熱々の小籠包。

薄皮を一口噛むと、中から肉汁がじゅわっとあふれ出す。この瞬間、思わず笑顔になる。

蒸したて特有の香りが立ち上り、温かさが伝わってくる。

一口目は肉の旨味が口いっぱいに広がり、皮のが絶妙にマッチする。ちょっとしたアクセントとして、生姜や酢を加えると、また違った味わいが楽しめるだろう。甘みとコクがある肉と、さっぱりとした調味料が絡み合い、まさに至福のひとときだ。


…計画では、さまざまな料理で舌鼓を打つはずであったが、小籠包にすっかり心を奪われた私たちは、他の料理に手を伸ばすことをすっかり失念していた。しかし、後悔の念は微塵も抱いていない。この小籠包は、まさに「幸福の味」と呼ぶにふさわしいのである。


「ま、まぁ?!まだ観光名所がありますし?!次いきましょ次!」



…異国情緒あふれる町の風景が広がり、赤レンガの積み立てられる倉庫の姿が目に飛び込んでくる。そのレトロな佇まいは、まるで時間が止まったかのようで、心を惹きつけてやまない。

冬の季節だからだろうか。施された年の瀬を彷彿とさせる多店舗の飲食、物販

幅広い客層に向けた行事の数々が連なっていた。


可愛らしい限定品の数々、温かい飲み物の香りや、色とりどりのクリスマスを催す装飾が施された品が、訪れる人々の心を掴んで離さない。まるで、この町全体が、活気に満ち溢れているのだった。


「アリス様、この世界は、とっても楽しいですね!!」


セシリアは、白い吐息を漏らしながら目を輝かせていた。

すっかり、この町に魅了されたようで、私もまた、そんな顔に自然と笑みがこぼれてしまう。



倉庫を抜けて、多数の雑貨を抱えながら公園で足を止めた。

不思議と人通りが少ないのも、この閑静な冬の街並みの魅力の一部だ。

多くのカップルが、夜景の下、仲睦まじく手を繫ぎ、肩を寄せ合い、愛を語らっていた。

「…そろそろ、お時間ですかね」


「名残惜しいですが、そうですねぇ」


懐中時計を懐から取り出し、時間を確認した。その動作に、思わず息を呑んだ。

セシリアの美しい横顔が、遠い赤レンガ倉庫の照明に照らされていたからだ。

それはまるで、絵画のように美しくて。だから、思わず見惚れてしまった。


「…また、また来ましょうね」

「えぇ、約束です」


――が、そんな時間は長くは続かなかった。

帰路へと赴くため、ふと、空を見上げると陰鬱とした雲が霧掛かり

長らく戦など忘れられていたのなら、放心した顔で今日の飯をどうするか、などと考えながら帰路に就いただろうか。

誰がどうみても人工的なもので、気味の悪い魔力の雲、夜空に輝く綺麗な満月が、怒り狂うかのように赤く濁っていた。


長い旅の終わり、儚げながらも笑っていたセシリアの顔は豹変する。


「…世界が、世界が終わります」


微笑みは消え失せ、目は鋭く光り、まるで心の奥底に潜む暗い感情が一気に表面に浮かび上がったかのようだ。その瞬間、周囲の空気が一変し、静寂の中に不穏な影が差し込む


一瞬の閃光の後、目の前には一体の機械生命体が立ち尽くしていた。


「我が名は魔王軍幹部「ヴァルカン・ギア」である」


呆然する二人の前に現れた機械生命体。生物としての差を、本能で実感してしまう。

見下した目も、不敵な笑みも無く、機械生命体は冷徹な口調で淡々と話す。


「魔王様の秘術、転移魔法が何者かに使われたと報告を受けました

というので痕跡を辿ってみれば、

正直言って、この世界は未知数です、なので、魔王様に代わり私が打ち滅ぼしてあげます」


不気味な空が広がっていた。雲は重く垂れ込め、まるで何かが秘められているかのように、暗い陰影を落としている。風は不規則に吹き荒れ、まるで不安な囁きが耳元で響いているかのようだった。空を見上げると、時折閃光が走り、その瞬間だけ、周囲の静けさが引き裂かれる。


次の瞬間、けたたましい音と共に熱風が舞い、生じた気圧が体を蝕む。



駄目だと、死ぬと、そう思ったとき、花畑にいた。一度見たことのある、あの花畑だ。


「一度きりです、私の魔力は底をつきました

…この魔法は、一定の距離相手から離れると空間の歪みが発生して元の世界に戻ります」


「ほう、これほどまでの使い手がこの世界にいたとは」


「…地上にこの化け物が解き放たれることになりますアリス様

あなた一人で打破しなければなりません、これは、お願いじゃありません、約束です


私のことなど気にせず存分に戦い、勝ってください」


多数の閃光が空から降り注ぎ、闇を切り裂くように舞い散る。


「やっぱ私も守ってください!」

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