ご貴族様の異世界食べ歩きトラベル~箱入りお嬢様は日本の料理を食べ尽くします~

さばサンバ

第1話「転移しちゃいました/おにぎりです」

「お父様!お母様!もうこんな生活はこりごりです!」


静寂が立ち込める空間を、一つの騒音が支配する。

両親、兄が集う食卓、張り詰めた空気にも屈せず勢いよく食卓を叩く。

喧噪な様は貴族にとって相応しくない行為だろう。

「なんだアリス、そんな行儀はスコット家で習わせた覚えがないのだがな」


「もう飽きたのです!毎日毎日似たような食事じゃないですか!」


色とりどりの食材が使われている食事を前にしても食欲は進まない。

香り、見た目、どれを取っても一級品である。

専属の料理人が直接仕入れ、食事は世界最高峰といっても過言ではないだろう。


しかし、私は脂っこい物が食べたいのだ。

生まれてきてから一度も油の滴り落ちる肉、手を汚すことも厭わぬ豪快な飯

「そんなもの貴族には似合わない」という理由で一度も食べたことが無い。


「兄様も、毎日毎日同じような食事に嫌気が差さないのですか?!」

彼の名はフランシス・スコット。父に似たブラウンの髪色

端正な容貌、そして優れた身体能力から今市民からの支持が最も熱い男。

その魅力は一瞬で人々の心を掴み、彼の青い瞳は冷静さと情熱の両方を秘めている。


優れた身体能力も、彼の魅力の一端だ。身のこなしは、時に舞踏のように優雅で

時に獲物を狙う猛獣のように力強い。市民たちは、彼の姿を見ては息を呑み心を奪われていく。


フランシスは、ただの人気者ではなかった。様々な活動に参加してコミュニティのために尽力していた。

その姿勢が、多くの人々に感動を与え、彼を英雄視させる要因となっている。


「何を言っているんだアリスよ

ジェイムズ・スコットという偉大なお父様がいる場での、その発言、聞き捨てならんぞ」

フランシスはジェイムズに目を配ると、ジェイムズはうんと頷く。


「あぁ、流石スコット家の長男……貴族というのは、市民とは違う人種なのだ

なら、市民と同じ物を食らうのは間違いではないか」


威厳ある姿とともに、誰もが振り返る存在感を持った男。

背筋を伸ばし、凛とした表情で歩く彼は、まさしく貴族の手本のような雰囲気を漂わせている。

彼のダークブラウンの髪は程よく整えられ、知的な印象を与えるだろう。


「ははっ、そうですねお父様」

二人は微かに笑いあった後、その後は何事もなかったかのように

再度静寂は訪れ、その静寂は私の居心地を悪くさせる。


「もういいです!そんなこと言うなら家出してやりますよ!」


周囲に居るメイドを跳ねのけ、装飾の施された煌びやかな大扉を開き場を後にする。


「はぁ、またアリスは家出などとお戯れたことをするのですか…」


金髪の輝きと共にその存在感を放つ女性。

そして、人々の視線を引きつけてやまないその透き通るような青い瞳は神秘的な色合いを持つ。

そんな母「メアリー・スコット」の溜息交じりの声が遠くから聞こえる。


そう、実は数回に渡り家出を繰り返していたのだ。ここの屋敷は市民の住む街とはかけ離れている為

毎度毎度行きの運賃で金を使い果たしてしまう。そんなこんなで、結局は連れ戻されるのがオチだった。


だが、今回は違う。何を隠そう、半年も前から小遣いを貯め続けてきたのだ。

月の小遣いは金貨一枚程。硬貨の中では一番に価値が高いものである。

今はそれが六枚、良い宿に泊まり、はち切れる程の飯を食らってもおつりがくる。


「皆のばかぁ!」

そう叫び、自分の部屋へと向かう。


………


メアリーは、私の行動を案じているのだろう。

彼女の心配は、自由を束縛する鎖のように感じられた。


「これと、これと、これも持っていこうかな」


そんな思いを頭の隅に追いやり、バッグの中には、はち切れそうな程荷物を詰める。

人形に金にコンパスに……とりあえず、大切な物や使えそうな物を詰めた感じだ。

このくまさんの人形は、私の誕生日に両親からもらった物。

といっても、幼少期の話のことなので、既にクタクタとなり可愛らしい容姿は見る影もない。

だが、それとこれとは別にこれは大切な物。

親の好意を無碍にするなんて、貴族以前に人としてやっちゃいけないことだからな。


「……ふーんだ、みんなが悪いんですからね…」




……朝早くに起床。現在、日の出もまだ完全には出ていない時間帯。

自室で一に一にと軽くストレッチをして屋敷を出る。


「後から戻ってこいって嘆いても遅いんですからねー!!」


そう叫んでも現在早朝。皆が起きているはずもなく、声がこだまするのみ。

そのまま、私は行きの列車へと向かうのだった。


スコット家は郊外の地である。数時間程歩き続け周囲は徐々に

自然豊かな風景から賑わう街並みに変わっていく。

スコット家で待つ人々、そしてその出発点となる列車。

新たなる食との再会が楽しみである一方、少しの不安も胸に抱えていた。

過去の思い出や、今までの出来事が頭の中を駆け巡る。

しかし、今更そんなことを考えていても後悔先に立たずというもの。



やがて、列車の駅が見えてきた。からんからんと鳴る鈴の音を聞きつけ足早に列車に乗り込む。

都市への行きと帰りはこの列車のみ。なので、大体どの時間帯でも大渋滞、なので出来るだけ早朝に来て

少しでも人混みを避けようという作戦。


結果として大成功だった。

やはり比較的に人が少なく無事に窓側の椅子へと座ることができた。

窓を覗くとすでに日の出が昇り光が溢れ出している。

活気づいた店や行き交う人々の姿。忙しなく動き回り、店先では朝食の準備をしている姿が見える。

笑い声や話し声が遠くから届き、まるで私を呼んでいるかのようだ。


そんなことを考えていると、空気の射出される音が中でこだまする。

どうやら、都市へと着いたようだ。時間にして大体三十分程度。

そそくさと電車から退出し、その目の前に広がる景色に見惚れる。


見たこともない空を飛ぶドラゴン、人々の声。

わくわくと心臓の鳴りが収まりそうにないため、足早に市場へと向かう。



…………


市場という程であり、やはり店も人の数も郊外とは段違い。

その中でも、一際と鼻に刺激する匂いを漂わせる店があった為そこに目を付ける。


「お、おじさん!その、パンの中にお肉があるやつください!」

「ハンバーガーのことか?……なんだ嬢ちゃん、その身なり、貴族様か?」

「…えぇ、スコット家の者ですが」

「そうだったんだな、ほれ、こいつは銀貨二枚だ」


銀貨二枚?銀貨というのはこの世界で二番目に価値のある通貨。

それも二枚、二枚もあれば、ちょっとしたレストランで飯を食えるほど。


「銅貨の間違いではないのですか?」

「あぁ、こっちも商売なもんでね、それくらい頂かないと店が成り立たないんだ」


店主の言葉は、どこか自嘲めいた響きを持っていた。

彼の目は少しばかり虚ろで、商売の厳しさを物語っている。

そういうものなのだろうか、思わずため息をつき財布の中を見つめた。

手痛い出費ではあるが、これも仕方のないことかもしれない。

商売とは、常に難しいバランスの上に成り立っているのだろう。

この辺りはスコット家が支配する周辺とは異なり、あまり経済が芳しくないのだろうか。


金貨一枚を払い銀貨八枚のおつり。ぺらぺらとした「ハンバーガー」を受け取る。

こんななりだが、銀貨二枚。野菜も何もあるわけではないが、値段も相まって期待値は高い。


少し先にベンチがあるため、そこに腰掛け大口を開けて貪る。

「いただきまーす!」

一口で半分は食べただろう。

私の予想する、滴り落ちる肉汁、ふんわりとしたパンが……


「……お肉がぼそぼそしてる」

そんなことはなかった。正直、屋敷の飯の方がずっと美味である。

肉汁は全く感じられず、更には口の中でパサつくような感触が広がった。

追い打ちを掛けるように舌触りの悪いパン、薄切りの肉に、それをごまかすようにふんだんに使われた香辛料。強烈すぎる味が口の中を支配し、肉本来の味を消してしまっているではないか。

一口食べれば、もう良いという思うほどの味だが、無理やり口に押し込む。


「…もう帰ろ」


その後、何を買うでもなく再度列車に乗り込む。

窓から外を見る気力もないため、そのまま腰掛け眠りにつく―――



……からんからんと鳴る鈴の音で目が覚める。

現在昼時、まともな飯など何も食べていない為腹の鳴りが収まらない。

「みんな、怒っていないといいけど」

屋敷に戻ったら皆に謝ろう、誠意を見せたら許してくれるはず。

もういいや、お父様の言う通り、あれは貴族の食うものではなかった。


……いつになったら列車の扉は開くのだ?

鈴の音は先程鳴り響いたものの、その後は音がこだまするのみ。


「何か、あったのでしょうか」


本当に今日は散々だ。体中が熱く汗が全身を刺激する。

ここ何時間も歩きっぱなしだった為体調が優れないのだろうか。


………え?


「あぁぁぁぁぁぁ……!」


突如、目の前が緑色の霧が覆う。喉が熱く、体中が痛い。

皆も苦しそうに口を押え、もがき苦しんでいる。


そうだ、噂で聞いたことがある。

近年生活に困っている者たちの集団が貴族との落差に不平不満を叫び、霧をまき散らす。

この霧は毒だ。吸い込むと体が焼けるように熱くなり、やがて死に至る。

そして、その集団は近年数を増やしていると聞く。

貴族と市民の待遇に腹を立て、その不満も遂に我慢の限界が来たとか。


なら何故、何故この列車に?

そんなことを考える些細な時間すら残されていないのか

薄っすらと、みずぼらしい浮浪者達が列車へと乗り込む景色が目に映る。


本当に、今日は散々な日だ。


……………


………



…………「ちゃん……」


「……お嬢ちゃん!」


「え?」


気付くと、目の前は列車の景色とは言い難いものが広がった。馬車よりもずっと早い乗り物、城より大きい建物。目の前にいる、煤で汚れた中年男性のおじさんは、尻もちをつく私に手を差し伸べる。

「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」

「ありがとうございます、で、ここはどこなんですか?貴方は誰なんですか?」

自身ですら混乱しているのが分かる。だが、無理はない。

目の前に広がる景色はまるで、別世界に来たようなのだから。混乱しながらも、その手を取る。


「日本語は分かるみたいだな…」

日本語?この言葉はコル語と呼ばれるものだ。

転移した先で同じ言語を喋るものがいるのは幸いだったが、どうにも話がかみ合わない。

「その髪に、その恰好、あんた外国人か」

「がいこくじん?」

「あぁ、この地とは別の住人ってことだ」

「えぇ、私はコルコットというところから来ました」

「コルコット?知らないなぁ」


コルコットといえば、他にも名の付く地はあるが

その中でも最大級に勢力を拡大している国、それを知らないとは

もしかして、本当に私は別世界に来たのではないか?


「……まぁ、知らない土地ってのは不安だよな、俺にはこんなことしかできないが」

煤のついたズボンのポケットから三角形の白飯を取り出す。


「ほら、俺の昼飯のつもりだったが少し分けてやるよ

これは、おにぎりってやつだ、中に入ってる昆布が中々うまいぞ」

ぶっきらぼうに「おにぎり」を掌に放り込むとおじさんは去る。ありがとうも言えずじまいだった。貴族は市民に平等に接するという私の中でのポリシーがあるのに、なんたる不覚。


しかし、飯を恵んでもらったのは助かった。

だが先のはんばーがーで理解した。市民の飯はとても人の食べるものとは思えない。

見た目も味もいまいち。これが普通の食事なのかと思わずため息が漏れる程のどこか不安定な質感に

冷たいソースが絡んでいる。見た目以上に味が薄く、モサモサとした感覚だけが残る。

食事というよりかは栄養補給と言った方がまだ理屈の通る飯だ。


……そんな強がりを言っても腹の鳴りもさっきから鳴りやまない、せっかくの好意だ。

頂きはするが、なんとも食欲が進まない。


「いただきます…」


おそるおそる、その三角形の白飯を口に放り込む。


………


…うま!!!


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