第2話「金欠です/甘酒です」
おにぎりをあっという間に完食した。
中に入っていた酸味のある「こんぶ」というものがとても美味であった。
ほんのりとした塩気と独特の風味が、米との相性抜群で、一口ごとに旨味が広がる。
貴族の食事程高級感は無いが、肝心の味は一級品。
もし、私が別世界に転移していたのが事実だとしたら、この世界の飯は全てに興味が湧く。
…前の世界では、お世辞にも美味いとは言えぬ料理ばっかりだった。
「……よし、決めた!」
今度こそ、美味い飯を食い尽くしてやる!
「日本」の全ての料理を食らいつくし、ソウルイーターとなるのだ!
そう!大和魂な人々の丹精込められた物を食らうから”ソウルイータ”なのだ!
「あーはっはっはっ!」
不自然にそっぽを向く人たち。だが、そんな人の目も気にせず、甲高い笑い声を挙げる。
興奮も相まって混乱するでもなく、帰り方を探るのでもなく
ただ、目の前に広がる飯屋の数々へと走り出すのだった。
「これじゃ買えませんよ」 「え?」
「やきとり」と書かれた棒に刺さった食欲をそそる肉と四角い青野菜。
ガタイの良いお兄さんが薄い紙を使用して辺りに匂いを漂わせる。
実は、先ほどから良い匂いが鼻を刺激していた。
この店が原因である。この腹をぐぅぐぅと鳴らし続ける原因を作ったのは、きっとここである。
だからここへと赴いたのに金が使えないというのはどういうことか。仮にも銀貨を払ったのだ。
金貨程の価値は無いが、数枚もあれば屋台巡りをすることも不可能ではない。
「あんな嬢ちゃん、ここは日本なんだ、外人っぽいが
訳の分からない通貨をなんで使えると思ってんだ?」
訳の分からない?少し頭がこんがらがるも、すぐに気が付いた。
ここが異世界だということをすっかり忘れてしまっていたのだ。
「では、金を売れるようなところは知っていませんか?」
金貨を掌に乗せ、盗まれぬよう慎重に見せつける。
誰かが狙っている訳ではないが、これらが全財産なため無意識に体が警戒してしまう。
「なんだこれ、金か…?それなら、金を売れるどっかに行けばいいんじゃねぇかな…」
硬貨自体が売れるというのは、何というか、とてつもない違和感がある。
私たちと住む世界が違うのは重々承知しているものの、やはり実感が湧かないものだ。
「その店はどこにあるのでしょうか」
「スマホで調べれば出てくるさ
その金髪に貴族みたいな恰好、外人だとは思うが流石に持ってんだろ」
「す、すまほ?」
「四角い板みたいなやつだよ、それすら持ってないのか?」
「…すみません」
男は露骨に溜息をつき店の隙間から見える暖簾をくぐり、そのまま姿は見えなくなった。
怒らせてしまったのだろうか。でも、そこまで怒ることもないだろう。
トントンと足踏みを繰り返し、私自身も苛立ちを抱いているのが分かった。
そんなこんなで数分経っただろうか。ちらりと曲がる暖簾は彼の存在を気付かせるには十分な物だった。
何か言ってやろう、そう決意した時、男はぜぇぜぇと息巻き声を挙げる。
「……ほら、近場にあったぞ
ここから目の前にある三つに点滅する機械の先に行って
右折しろ、直線に少し進んだ先にあるみたいだ」
「プープルマップ」という地図に載っているいかにも胡散臭そうな店。
ここが換金所という場所なのだろうか。でかでかと店の頭上に張られる文字の羅列は金を得れる場所というのがすぐに分かった。
先の態度で少し勘違いしていたのかもしれない。
もちろん、悪い奴だとは微塵も思っていないが、少々冷たい者だと思っていた。おにぎりのおじさん、やきとり屋のお兄さん、きっと、ここの世界の人たちは良い人で溢れている。
「あなたたち「日本」の人たちは優しいんですね」
「…へっよせよ」
「本当に、ありがとうございました!」いつか必ず、ここでやきとりを買いに行きます!」
…三つに点滅する機械。
青になると、馬車とは比べ物にならない程の速さで走行する鉄の塊。
何十もある塊は、黄色になると徐々に速度を落とし
赤になるとその自慢の速さは消えてなくなる。
再度少し経つと速度を取り戻し、その様は見ているだけでも心が躍る。
数百の人が一団となる姿は、日常の些細な一部でありながらも私からすれば素晴らしいことだと思う。
この塊も、人々の共存も、何百何千の歴史が作り上げた賜物なのだろう。
「っていけないいけない……青になったら渡ればいいのかな」
その心の鳴りを空腹で書き換える。頬をパチンと叩き、他の者を真似して機械の先に歩き出す。
……
「…ここでしょうか…」
「金うれ~る」と書かれたいかにも商売を生業としていそうな店。意を決して、恐る恐る中へと進む。
穏やかな風に乗って鳴るちりんちりんとした鈴の音、背後部を晒す中年女性の風貌の彼女。その音で彼女を前方を向く。
「あら、その恰好…」
じろりと全身を凝視される。何か不適切な態度を取ってしまったのかともじもじと体を縮こませる。
「もしかして、金を売りに来たのですか?」
「あ、そうです」
だが、その心配は無用だったようで、彼女は手をこまねき、本来の貴族を敬う平民のよう。
その姿を見てほっとする。何もかも分からない為、そそくさと金貨を掌に乗せる。
「これは…なんでしょうか…?何かの肖像みたいですね…」
ここに書かれている者は、昔悪魔の王「魔王」を打ち取ったとされる勇者らしい。
なんでも、どこかの世界から転移した者だとか。
「ふむ、純金ではないですが、多少含まれているのも事実ですね…」
何度か磁石を引っ付けるの繰り返し、水に沈め虫眼鏡でまじまじと目を凝らす。
「すみません、少し時間が掛かるので腰を掛けてお待ちください」
先程の感情の高ぶりは消えてなくなり、随分と落胆したよう。
だが、敬いこそ消えていなく、この世界の住人が良い人達であることが伺える。
………
時間にして数分程。椅子に腰掛け足をぷらぷらと揺らしていると声を掛けられる。
「お待たせして申し訳ありません」
ドキドキと心臓の鳴りが収まらない。なんてったって、金貨六枚を生贄にしたのだ。
これではした金だったら、現世の知識に疎い私には身売りしか無くなってしまうのかもしれない。
それはあってはならないこと。最低でも当分の生活費には困らない額だとありがたいのだが。
「それで…お値段はいかほどでしょうか…」
「金額にして十五万円程といったところでしょうか」
十五万円、やきとりの価格が百円程であったことから
少なからず、短期間であるが食料や寝床には困らなそうだ。
ひとまず、一生に九死を得られたとでも言っておこうか。
「それは、今貰えるのでしょうか?」
「えぇ、この金額なら、手渡し可能ですよ」
価値は良く分からないものの、ひとまず金を得られたのである。
……金は貰ったものの、辺りはすっかり夜更けで。
この世界でも星々は輝き、無数の星が一番星の脇役となっている。
寒さが厳しくなる冬のある夜、自販機なるものの前に立っていた。周りの空気は冷たく、息が白く舞い上がる。凍える手は飯よりもまずは温かい飲み物を欲していた。
「あたたかい」と書かれた目の前の自販機に無意識に手を伸ばす。
指先が「甘酒」のボタンに触れると機械の中で小さな音が響き、やがて甘酒の缶が出てきた。
甘酒の一口目は、まるで甘い夢を口にしたかのようにほんやりとして感覚。
自然な甘みが広がり、ほんのりとしたアルコールの香りが鼻をくすぐる。
豊かな味わいにうっとりしながら、二口目を頂く。
……やはりうまい、外の冷たい風が頬を掠める中、微かな温かみに体を預けていよう。
「むう、仕方ありませんが、今日はここで野宿するしかないですね」
少量の甘酒なるものは数分もあれば十分に飲み干せるものだ。
近くにあった、本来腰を休めるであろう場所に横たわり
眠りにつく。そよ風が身を震わせ、眠るものも眠れない。
更には、今日はまともに飯を食べれていない。そんなことも相まって、寒気と空腹で
がたがたと身震いに苦闘していると、どこからか声を掛けられた。
同時に照らされるライトの光、直で目に映るもんで、思わず目を遮る。
「ちょっと、あなた、ここは寝る場所じゃないんですよ」
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