第3話「夜の街で食べ歩きます/おでんです」


「す、すみません…寝る場所が無かったもので…」


そういえば、この世界では野宿をしている人はまだ見ていない。

コルコットを含め、あちらの世界では魔物、かつての魔王軍の残兵が溢れている。

それらを打ち取るために、依頼を受けている者たちは多い。

その影響で、安全な場所を求めて必死に生き延る者と果敢に魔物に立ち向かう者が近年急増していた。

討伐任務に挑むことで、その対価として金を得ているからだ。

そうして、不安定でありながら人々は生活の基盤を整えていった。

その為野宿は冒険者の基本中の基本だ。第一、貴族はあまり野宿に賛成的な人はいないのだがな。

負清潔だとか、虫が気色悪いとか、色々と言われている。私があまり気にしない方なだけだ。


「名前を教えてください」

「…アリス・スコットと申します」

何か神妙な顔つきをする男。仕草、恰好で何となく理解した。

あちらの世界で言う所の治安を維持する兵的なものだろう。

「住所は?」

「多分、ありません、日本には疎いものでここで寝泊まりをしてはいけないのでしょうか」


案外ドレスを身にまとっている私には信憑性があったのか、男は淡々と話しの物事を進める。

「駄目に決まっていますよ、法律で禁止されているんですから

それで、親や保護者などは日本に在籍していますか?」


「大丈夫です、私も成人していますので、自身で何とかしますから…」

思わず口走ってしまう。私すら何故だか分からない。だが「親」という言葉に甚だしい嫌悪感を抱く。

父様はおぼろげながら人を助けることが大好きな人であったと思う。現に現在も厳格な人でありながら市民の信頼は厚い男だ。母様も父様の背中を追いかけながら、父似の芯の通った優しい女性だった。


それじゃあ何故、両親を嫌っているのだろう。


少しの静寂が流れ、その間にぎこちなさを覚える。

「…私たちも仕事があるので、ひとまず退散します

何かあったら、近くに交番があるのでそこに来てください…ではこれで」


平民には助けを求めないというあちらの世界での嫌気が差す常識が頭の中で交差する。

本当は寝る場所の確保だってしたいし飯も食いたい。だが、現在十八歳。

伊達に十年以上も貴族をしているもので、頭では分かっていても体は素直じゃないのである。

だが、そんな願いが男に通じたのか、男は去り際に微声で呟く。


「もし、まだ住所がないのなら不動産という所へ赴いてみてください」


眠気で足取りが重いが、何とか体に鞭を打って足を動かす。不動産か、詳細くらい彼に聞けば良かった。

彼に付いていけば、もしかしたら野宿をしなくても良かった選択肢があったかもしれない。

実際あてなど何もないのだ。宿等の宿泊施設は知る由もないし金も心もとない。

冷たい風が頬を撫でる中、どこで一夜を過ごすべきか思案する間もない。


つまり、今日は食べ歩くぞ!


嫌気が差す。今日はまともに飯も食えていないし別世界に来たという不安もある。

少しくらい羽を伸ばしても罰は当たるまい、未来の自分が金に苦しむだけだ。

え?寝る場所はどうするのかって?まぁ、何とかなるだろう。




「あ、明るい…!」


夜の街、それは夜空に煌めく星々より輝いているもので、静寂が流れているコルコットの夜の街並みとは比べ物にならない。現在残金十五万円。それを糧に私は今日飯を選ばなければいけないのである。

辺りからは昼とは、また違った良い匂いが漂う。どれもかれもが目新しくうろうろと辺りを散策する。


「そこの可愛いおねぇさん!いくら食べて飲んでも二千円!どうっすか?!」

背後から声を掛けられる。振り返ると、煌めく道筋に金髪の男が佇んでいた。

身なりは整っているものの、その体格や肌の質感は放浪者を彷彿とさせる。


「えぇと、私あまりお金を持っていないので…」

「まぁまぁ!おねぇさん可愛いから割引しちゃうよ!」


男の人に突如として体を触られ、思わず頬を赤らめた。

貴族の私にとって、男の人と触れ合うというのは、特別な場面でのみ許される行為だ。

それゆえ、今の状況は予想外であり、戸惑いを隠すことができない。

その体温は、思っていた以上に温かく心に微妙な違和感をもたらした。

無遠慮に感じられるその感触や周囲の視線も相まって、このままここに留まることはできない。

思わず逃げ出してしまった。足が勝手に動き出し

彼の目を背けながらその場から離れた。後ろで彼の声が遠ざかるのを感じる。


……


「あーあ…お腹が減っているというのに…私って本当にお馬鹿ですね…」

自嘲気味に呟くも依然として腹の鳴りは収まらない。

「…って…ん?」

質素な出汁の香りが鼻をくすぐり、思わず辺りを散策する。だが、食欲湧く匂いかと言われると首をかしげる。湯気が立ち上り、その湯気が運ぶ淡泊な匂いが辺りを漂わせる。

しかし、それは百聞は一見にしかずというものであった。

近付くにつれて食欲をそそる。少し歩くと「おでん」と書かれた老舗の屋台があった。

多分、ここが原因だ。その匂いを追いかけるように屋台に近付くと

鍋の中では具材がじっくりと煮込まれてあたたかい光に照らされたそれは、寒さを忘れさせてくれる。

「いらっしゃい、何を選びますか」店主の元気な声が響く。

その声に引き寄せられるようにして立ち止まる。


思わず声を荒げてしまう。

「おじさん!おすすめをください!」



……う、うまい?!なんだこれなんだこれ?!

丸みを帯びた、たっぷりと汁の染みこんだ野菜は口に入れるなり少しの苦みが口いっぱいに広がった。

しかし、それが美味いのなんの!ほろほろと、まるでこの寒い夜に降る雪の結晶のように儚くも崩れる。


私は思い違いをしていたのかもしれない。これが単なる食事ではなく、苦を背負うう人々が集まる唯一の心の拠り所であるということを実感する。火照る体は、肉体の疲労や心の奥底に溜まったものを吐き出させる。

気付けば頬は涙を伝い、がむしゃらにおでんを頬張っていた。


「お前も大変なんだなぁ」

隣に座る、酒を浴びるように飲むおじさん。酒豪のように、いや、その姿は草臥れており半ばやけくそに飲んだくれているようだ。哀愁の漂うその姿は彼が送る人生の苦労を感じさせる。


「うぅぅぅ…私ねぇ…初めて日本に来たからお家がないんですよぉ…」

思わず言葉が漏れた。彼の視線に少し怯えながらも、心の内を吐き出す。

おじさんは心配そうに眉をひそめる。自分でも嫌と言うほど感情をさらけ出しているのが分かってしまう。今の私は、思いもよらないほど脆くなっていた。


酒の匂いのせいで、普段は冷静でいられる自分がどこかへ消えていくのが分かる。

「酒気…大丈夫かよ…」


自分でも嫌と言うほど感情をさらけ出しているのが分かる。

この液体の匂いを嗅ぐと、なんだか変な気分になるのだ。


「つうか、家がねぇってのはまずくねぇか?俺は佐藤ってんだが、近くで

不動産を経営しているんでよ、良ければ訪問してみてくれ」


「いいですねぇ、私お家がないので明日にでも行っちゃおうかなぁ」


それについては兵の風貌をしていた男も言ってた。明日赴くのも良いかもしれないな。

ひとまず、今日は食べて飲みまくるぞ!


「酒だぁ!酒を寄こすのです!」

「ちょっとお客さん?!未成年に酒は提供出来ないんですよ!」

「ははっ!いいじゃねぇか大将!誰も見てねぇんだからちょっとくらい!」


もはや、酔いという名の本性を止められる者は誰もいない。

見ず知らずの地域に気付いたら飛ばされていたんだ


ちょっとくらい、楽しんでもいいじゃないか!

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