第11話「服と寝具を選びます/アイスクリームです」


「こ、ここが…!」

「えぇ…!ここは中々に探索のし甲斐がありそうですね…!」


異世界人には縁もゆかりも無い場所に何故いるのか。

セシリアが言うには少々この恰好には人の目に留まりすぎるらしい。

私はこの衣装でも気にしないが、流石は貴族の護衛兼専属人。

確かに、こんな奇抜な格好はそうそういないだろう。


「今回はアリス様のお洋服を選びます!無駄遣いは禁止ですからね!」


そうは言うが、セシリアだって辺りをキョロキョロと探索し回っているじゃないか。

瞳は純粋に物を買いたいという欲求に満ちており

今にも買い物かごを持っていたら菓子類を入れそうな勢いだ。


しかし、今日の目的は洋服屋で私の服を買うこと。

そんなこんなでひとまず庶民の味方「たかむら」へと赴いてみた。


高価なブランド品とは違い店舗が多く気軽に足を運びやすい。

それになんといっても値段が安い。流石庶民の味方たかむらだ。


「わぁ~!沢山可愛いお洋服がありますね!これは気分が上がります!」

服を選ぶために店内へと歩みを進めると、目を離した隙にセシリアは何処かへ行ってしまった。


流行に敏感な彼女には心躍る場所だったのだろうか。

自分の服を探しながら、セシリアがどんな服を

チョイスしてくるのか、少しばかり期待を胸に秘めておく。


ちらほらと辺りを一人見渡す。壁には様々なデザインの服が掛けられ流石ファッション界のドン。

マネキンには服が着飾られ、その姿はまるでファッションショーから飛び出してきたモデル。


実のところ、理想体型なマネキンだからこそ似合うという話であり

私が着たら似合わないんだろうなぁと思う品の数々。

平たい謙虚な胸、女の欠片も無いような小さな尻。無機物と比べるのも笑える話だが。


「アリス様ー!中々良い服が見つかりましたよー!」


自分の体形にしょんぼりと落ち込んでいると、どこからかセシリアの声がする。


どんな奇抜で今時のナウい服を持ってくるのかと思えば、そんな期待も空しく、セシリアは市民が普段着ているようなシンプルなデザインのものしか手に取っていなかった。

歳にして感性有り、無骨な物が心を燻ったのだろう。


一方の目を閉じて私の体に服を合わせる。お気に召したのか、少し離れて私を見る。

そしてまた私の体を見て、少し離れてまた見るのを繰り返す。


その行動が何度か続いた後、ようやく決まったらしい。


「か、可愛いですよアリス様!流石メアリー様の娘!

本当に顔が良いだけに性格が残念です!あぁ反則的に可愛すぎる!これにしましょうよ!」


エリシアは興奮気味に次々と服を手に取る。

褒めてるのか貶しているのか。まぁ、普段は不愛想な彼女が喜んでいるのならなによりだ。


そうして服を購入した。

ちなみに代金は二着合わせて三千円以下だった。物価高の今なら、かなり安いのではないだろうか。




「こ、ここが…!」

「もうそのくだりいいですから…

ってなんでここに?服は買ったじゃないですか」


家具や寝具、生活をする上でありとあらゆる物が揃うであろう大型店舗。


そう、ミトリである。

働き、食う物を買う、野を駆け回ることなく金というなの対価を払い気兼ねなく肉を手に取る。

呑気に今日の飯のことを考える。

そんなことが出来るようになったのは、この世界に馴染んできた証拠である。

だが、それは私の中での思い込みであり、人々はそれを井の中の蛙と呼ぶであろう。


それ故、未だこの世界に無知といっても過言ではない私にとって

ここは夢のような場所であり、欲しかったものがすべて揃っているのだ。


「流石に地べたに寝るのも贅沢を覚え始めた私たちにとっては少々厳しいものがありますからね

明日からはもやし生活になりますが二人分買いましょう」

「え、いいんですか、お金ないでしょ」


「いいんですよ、いつまで経っても地べたとはいきませんし」

昨日の出来事でようやく理解した。何故発熱したのか、それは布団がないからである。

体に鞭を打ち、冷える夜中幼虫の様に丸く眠る。そんなことをしていては、熱を出すのも当然だ。


というわけで、ちゃんとした品質で且つ安いという布団を買いに来ている。

しかし、これがまた種類が多いのなんの。羽毛布団やらコットンやら。


「今日は太っ腹ですね、じゃあこんなのはどうです?」


指差す気を見てみると如何にも高そうなマットレスが鎮座している。

厚みがあり、触れればふわふわとした感触が伝わってきそうだ。

あれに横になって、瞼を閉じて、静かにリラックスする。

さらに、柔らかな毛布があれば、最高の安らぎが得られるだろう。


しかし、こんなことを妄想していてなんだが既に割と金欠である。

虚しくポケットの中で、硬貨のぶつかり合う甲高い音が響いている。


最初はマットレスなるものも案には入れたのが、品質はピンキリらしく断念した。

つまり、必然的に購入するのは安価で最低限品質の保証されているせんべい布団となる。


そんな思いとは反してセシリアは買う気満々のようだ。ねだるように小さく微笑んでは私の裾を掴むの繰り返し。そんな気に入る程かと触ってみると、たしかに品質は確かなものだ。

ふんわりとした感触が手に伝わり、安定感がマットレス全体に広がる。


「…はぁ、本来は安価なやつを二つ買いに来たんでけどね

サイズはシングルなのに二人で寝ることになりますが大丈夫そうですか?」


「………私の背丈は悔しいですが小さいですからね」


「なら大丈夫ですか、じゃあ毛布でも買ってとっとと帰りますよ」

予想外の品を購入したことになったが、寝れるのなら何でも良いというのが正直なところ。

驚くほどとんとん拍子に事が運ぶことが、きっとこの世界に馴染んできた何よりの証拠だ。


何事もなくレジで会計をする。そのまま扉を開けて、布団と毛布をそれぞれ抱えて帰路につく。

凍える手に息すら吹きかけれないのは辛いったらありゃしない。深々と積もってきた雪の数。

それは追い打ちをかけるように手に降り注ぐ。赤い指先は寒さを表すには十分なものだ。


「ふんっ、寒いのなら手を繋ぎますか?」

断固たる発言だが、セシリアの指先も真っ赤に染まっていて、ただの強がりであることが伺える。

鼻水を垂らし気付かれないとでも思っているのか密かに鼻を啜る。

そんな様子が面白おかしくてついつい笑ってしまう。


「で、繋ぐんですか?繋がないんですか?」


「はいはい繋ぎますよ」


指先を求めるように絡ませる。少しの照れくささを覚えるもこんな寒空の下では気付くものも気付けない。静寂が流れる。冷たい空気が二人の息を白い霧に変える。

掌の中に広がる温もりと、外の厳しい寒さが交錯し、心はあれよあれよと揺れていた。

一瞬、セシリアの方を向く。そこで交わる視線の中に、何を交わすでもなくただ静寂が流れる。


「あ」

ふと目にした乗り物で静寂は破られる。


「あ、あれキッチンカーじゃないですかね」

「キッチンカー?」

移動販売の車両である。主に料理や飲み物を提供するための役割を為しているようだ。

提供されるメニューは地域やシーズンによって異なり多岐に渡るのだとか。


「しっかし、こんな寒空の下でアイスなんて変な人がいますねぇ…」


インターネットで軽く拝見しただけだが、値段は高いし店とは設備も何も劣る為、味も補償出来ない。

継続的に販売するものでもないと思うし一度きりの客を目当てとした商売だと思う。

そんな捨て台詞を言って立ち去ろうとしたが片手が空いていることに気が付く。


「おじさん!これください!」

「えぇ、こんな寒い日に食べるもんじゃないですよ!」

忘れていた、セシリアの好物はアイスクリームだった。


「いいじゃねぇかよ!冬に食うアイスクリームも乙なもんじゃねぇか!」


セシリアの欲を引き立てるようなことを言わないでくれ。

値段も決して安いとは言えないが、ここは顔を立てないとセシリアに落胆されるかもしれない。

なにより、二度も言うがセシリアの好物はアイスクリームだ。

…こんな状況は滅多にないのかもしれない。

私の目標「全ての料理を食べ尽くす」のなら、ゆくゆく食べることになるだろう。


「…じゃあ、それぞれにイチゴ味とミルク味をシングル一つずつ下さい…」



…鮮やかな色合いのイチゴ味を頂く。

寒い冬、こんな凍える季節に凍える物を食べればたちまち身が震え上がるだろうと思っていたが

実際にはそのアイスクリームの美味しさで寒さなど忘れさせてくれる。

冷たいひんやりとした感触が、口の中で甘く溶けていくと同時に、舌の上で広がるフレーバーは

瞬時に美味しい物に渇望した、満ち溢れる野望を満たしてくれる。


「美味しいですね」

「ですね、これですよこれですよアイスクリームというのは!」


「来てよかったですね」


「ですね!」


「ははっ、何よりだ!」


店主の男性もにこりと笑っている。予想外の痛手な出費だが、終わり良ければ総て良し


……と思っておこう。

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