第10話「本音で話し合います/もやし炒めです」
昨日は結果として中々に良い一日だった。存外ラウンドニャンは退屈しない。スポーツの他にも様々なゲーム機が設備されており、思ったよりも楽しむことができた。
特に対戦型のスポーツは充実していて、熱く戦い合い、時には白熱した試合が
決め手となったのだろう。セシリアの顔も晴れ晴れとしており私も嬉しく思う。
特に「バトミントン」は私個人としても楽しめた。コルコット住人の俊敏な動きに着いていける
しなやかなラケットは長年の賜物から培った製造技術だ。
……なんだか、妙に体が熱い。筋肉痛のような症状に見舞われ、思うように体を動かせない。
以前のように野を駆け回り日光を浴びる日が減ったせいだろうか。
もしくは、休日は寝るかスマホを呆然と眺める自堕落な生活をしていたのが仇となったのか。
「ラウンドニャン」で久々に体力のある限り体を動かしたのが中々に堪えたのだろう。
一歩一歩、歩く度に身体が悲鳴を上げるのを感じる。
「おはようございます、アリス様」
「………あぁ、エリシアさん」
「………?」
「仕事に…仕事に行ってきますね」
「ちょっと、具合が悪いのなら休んでくださいよ
私にまで移されたらたまったもんじゃありませんから」
そりゃあ私だって休めるものなら休みたい。
しかし、生きていく為には稼がなければならない。更には、前とは違い同居人が共に居るのだ。
私のせいで露頭に迷うのが一人増えるとなると、休むに休めないじゃないか。
重たい足取りに苦難しながら扉の前に立つ。
「あっ」
最後の力で、ドアノブに力を込めると同時に意識が闇の中に落ちる。
………
……
…冬の夕暮れ時、空は薄い青から深い紺色へと変わりつつあった。
冷たい風が頬を刺すように吹き抜け、木目調の板は静かに揺れている。
それと共に天井が歪み吐き気が込み上げてくる。いくらボロアパートだからって
そよ風程度で歪むなんてことあるのだろうか。
…あぁ、違うな、視界歪んでいるのだ。
歪む視界の中セシリアの背中が見えた。油の弾ける音、おこげの香ばしい匂い。
彼女はキッチンで忙しそうに動き回り油の弾ける音が部屋に響く。
「おや、起きていたのですか、消化に良いもの作ってみました
熱っぽいので安静にしていてくださいね」
小さな手であちあちと小言を溢すも彼女の声にはいつになく優しさが溢れていて
その声を聞くと心が少し落ち着く。
「…って、もやし炒めじゃないですか」
「我慢してください、金もない知恵もないオマケに主は不甲斐ない
そんな中必死こいて作ったものなんですから黙って食べてくださいよ」
セシリアが拗ねた様子で言い返す。不甲斐ないとはなんだと言いたかったが
こんな体調じゃあ言い返そうにも声が出ない。
たった一つのフライパンを囲むように床に座り込みフライパンを地面に置く。
周りには他に何もない質素な部屋の中、派手な盛り付けもなく
シンプルなもやし炒めが煙を上げている。
その素朴ながら素材本来の匂いは部屋中に広がり、少しだけ食欲をそそった。
「「いただきます」」
うん、正直に言うのもなんだが予想していた味だ。不味くはないが、美味しくもない。
料理が得意とは言えない私だが、さすがにこれは素人でもわかる。
全ての工程が雑すぎるのだ。フライパンに火加減も何も気にしないで全てぶち込んで炒めたような味がする。更には焦がしたのかおこげの苦い風味が口を刺激した。
セシリアは料理が出来ないで有名だったのに、いつも「私は母様の専属人なのだから余裕です」といっては厨房を木端微塵にして父様にこっぴどく叱られていた。
現に今だってそうだ。不要な洗い物だって溜まっているしモヤシ炒めは病人に出す料理とは
言い難い。最悪金は余分に掛かるが、コンビニで適当なものを買っても良かったのだ。
さっきはよくもまあ不甲斐ないとか言ってくれたな。治ったらいじりまくってやろう。
…ふと、セシリアの手を見てみると、包丁で負った切り傷が幾つかあった。
小さな傷は、彼女がどれだけ一生懸命に料理をしようとしたかを物語っていたのだ。
…そんなことを言うのも眉唾だしやめとくか。
「「ごちそうさまでした」」
手料理は完璧ではないかもしれないけれど、その不格好な飯の形にはセシリアの愛情が詰まっている。
そんな思いが、今の私を支えているのだ。少しすると吐き気や気怠さはだいぶ収まった。
それと同時に自分の体温が上昇しているのが分かったので冷却シート…があれば良かったのだが
ないものねだりすることもおこがましいので我慢だ。
「ありがとうございました、ちょっとだけ体調が良くなったみたいです」
「そうですか」
皿を洗いながらちらりとこちらを見てくる。ぶっきらぼうに返答するもその仕草がなんとも愛らしくて思わず微笑んでしまう。どうやら、少し気を使っているのかもしれない。
普段は母似の原則に重きを置く彼女だが
ラウンドニャンでの様子を見るに、本来の自分の気持ちを押し殺しているように見えた。
「…少し話をしてもいいですか?」
「えぇ、私も少々話がしたかったんです」
顔を見合わせることは無かったが、その佇まいから話を聞き逃さないようにしていることだけは分かる。
「セシリアさんの禁術魔法を食らった時、母様とセシリアさんが花畑にいました
お母様のあんなに笑った笑顔なんて、見たことも無かったです
なんで私には構ってくれないのか、どうして私の話を耳を傾けてくれないのか、そんな思いで異世界
「日本」に来ました。でも、それは私はお母様を無碍にした
家族すら気にも留めないで、勝手に一人でこんな異世界に来ちゃって
でもそれは誰のせいでも無いんだなって、皆、日々を生きるのに精一杯だったんだなって」
「教えてください、好きな物、次こそは人を無碍にしたくないんです」
「…私は、アイスクリームが大好きです
昔セシリア様と街に赴いた時、ジェイムズ様には内緒と言われて買ってもらったアイスクリーム
甘く爽やかな味わい、濃厚で一生忘れることのない甘味
といっても、それっきり食べたことなんてないんですけどね」
随分と私からの印象とは違う。やはり、両親が変わってしまった原因は魔王によるものがあるのだろう。
改めて感じざるを得なかった。優しかった両親が、どうしてこうなってしまったのか。
その理由を探ろうとすると、彼らを責めるのはお門違いも甚だしいことに気づく。
魔王がもたらした影響は計り知れない。人々の生活や心情にまで深く入り込み
何もかもを変えてしまった。だからせめて、もう間違いは犯したくない。
「ここには、沢山の「幸せ」があります
きっと、そのセシリアさんの故郷の味であるアイスクリームもありますよ」
「故郷の味って…私は直ぐにでも帰りたいんですがね
…まぁ、そうですね、うん、そうだといいな」
「…すみません、あまり具合がよろしくないよう
なので一旦寝ますね、ごちそうさまでした、おやすみなさいセシリアさん」
「分かりました、おやすみなさい、お疲れ様です、アリス様」
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