第9話「この世界の魅力を伝えます/二人で食べ歩きです」
「なんですかこの古臭い物置小屋は?!」
「私のお家です」
「この質素な食事は?!」
指差す先には粥と水がある。とはいえ、米と水の比率は圧倒的に乏しく、無論それは米の方だ。
故に、それはスープといっても過言ではない。どろりとした液体の中に、米粒がほんの少し浮かんでいるだけ。まるで、米の存在を確認するための名ばかりの粥のようだ。
「今日の夜ご飯です」
質素な暮らしの実態、貴族とは正反対な生活水準。
彼女の期待とはまったく異なる為か、非常な現実を突きつけられるようだ。
「あぁぁぁ!帰りたいいいい!」
鳴り響く壁ドンの嵐。その民度の悪さは、彼女にとっての「最低限の生活水準」である心の防護壁をぶち壊されたようで歳に見合わぬ鳴き声が、ぎゃんぎゃんと夜中に響くのであった。
「アリス様は!アリス様はこんな場所で!更には地べたで寝られるんですか?!」
「住めば都ですよ」
「あぁぁそうだった!アリス様は貴族の品がまるでないんだったぁ!」
実際に、寝具や家具などは何もないが、野ざらしで風と悪戦苦闘するよりかは幾分にマシ。
というか家主は私で、本来身分も私の方が上だ。だからセシリアにだけは文句を言わせたくない。
セシリアは腹を括ったのか、先の陰鬱として表情を凛と正し颯爽を寝る支度を始める。
「うううぅぅ…そうですね、えぇ、そうです、うだうだ言っていても埒があきません
小言を言っているとメアリー様に叱られちゃいますからね、もうお布団に入って寝ますか」
「ありませんよ」
「え?」
……今日は良く冷えますね。
冷気が壁の隙間を伝っているのが感じられます。
屋根は吹き曝しも同然です。でも、星空は良く見えて綺麗ですよ。正直家の中でもとっても寒いですが。
凍える季節、そこには芋虫の様に丸く眠りにつくセシリア。微かな魔力を使用して炎を生み出し暖を取っていたらしいが、霜焼けの手を擦りその瞳には涙を浮かべている。
「全然…全然眠れなかったです…これはもう、人の住む環境じゃないでしょ…」
共に生活をする上で、このままでは唯一の安らぎの場である家で心を休めれない。
尚且つ前のように騒がれると近所迷惑だ。
だが、突如として連れてこられてた異世界に戸惑うのも無理はないだろう。
バイト代はまだ残りがある。布団を買うのはせめて明日だ。
寝具を扱う場所、それを探して当日に赴くというのは骨が折れる。
それまで彼女を宥められる何か、何か良い案があれば…………あ、そうだ。
「美味しいもの食べに行きませんか?」
「……食事ですか?食事というのは、栄養を摂取する為に行う行為じゃないですか
食事に楽しいも何もないですよ、それより布団ください」
以前も私はそうだった。貴族が集う場での食事というのは形式的で
儀式のように感じられた。決められたコースを淡々と食し互いの顔を見ながら
政治の会話を弾ませるも心の中では無関心。
だからこそ、私は食事に「楽しい」を見出したかった。
そんなこんなで予想だにしていなかった日本に来たわけだ。
「ははっ、そうですね、ごめんなさい」
だか、思ってもいない言葉が思わず出てしまう。私は昨日の出来事を引きずっているのだろう。
本当は仲良くしたい。でも、大切な人に愛されていないと分かったら、出る言葉も出ないじゃないか。
「…本当に、アリス様は意地悪ですね、分かりましたよ、仕方ないですが付き合いますよ」
セシリアは気怠そうに手際よく髪を整えて晴れ晴れとした青空の屋根の下、靴を履いて部屋を出る。
本当にセシリアには敵わない。
…まずは商店街にでも行ってみよう。安価で味の保証されている場。
何を買おうか、限定ご当地名物?優雅なひと時を過ごせる喫茶店?もしくは甘味系?
長年同じ屋根の下暮らしてきたというのに
何一つ好物する分からないのは何とも苦虫を嚙み潰したような思いだ。
「なんか、この世界って技術力半端ないですね」
セシリアの目の先には天をも凌ぐ建物の数々。あれらがどれ一つ崩れないというのだから
それについては私も同感だ。あちらとは大違いで、でも生活水準は対しては変わらず。
技術力の差はあれど、傲慢にも過度に豪勢な飯の数々を食らっていないのを見ると賛美を送りたくなる。
「すごいですよね」と話題作りの為に肯定するも「すごいしか言えないんですね」と一言で返された。
まぁそうなんだけど、もうちょっと話を合わせてほしいというのが正直なところ。
そうこうしている間に商店街へ到着したようで馴染み深い匂いが鼻を刺激する。
周囲には人々のざわめきとともに、さまざまな食べ物の香ばしい香りが漂っていた。
「アルバイト代入っているので何か気になる食べ物があれば言ってください
とってもこの世界のものは美味しいですよ」
「気になると言っても…って、うん?」
嗅ぎ慣れた甘いたれの匂い。そよ風が辺り一帯を食欲を搔き立てる匂いで包み込む。
目を向けると、焼き鳥屋の前には焼きたての串がずらりと並び、煙とともに香ばしい香りが立ち上っていた。照りつけるタレがじゅうじゅうと焼かれ、肉が炭火でこんがりと焼けていく様子は、まるで食欲を誘惑するかのよう。思わず口が唾液で満たされる。
「おぉアリス……なんだお前の娘か?」
「違いますよ、ってそうだ…海人さん!焼き鳥十本下さい!」
「はぁ?!十本だと?!お前が?!前金無いっつって一本俺が奢ったくらいじゃねぇか!」
そこまで極貧生活を強いていたのかとセシリアの哀れみの目がこちらに痛いほど伝わる。
そうだけどぉ…私の面目が立たないじゃないか…。文句を言う暇もなく十本の焼き鳥が手に渡る、
匂いに興味を釣られたのか、大きな口でセシリアは焼き鳥を頬張る。
「どうですか、美味しいですか?」
「ふん…悪くないんじゃないですか」
……
「アリス様、あれって何ですか?」
セシリアの指さす先には「ラウンドニャン」と呼ばれるスポーツ施設があった。
インターネットで軽く拝見しただけだが、中には「ボウリング」「卓球」などの体を動かせる設備が整っているらしい。主に子供や若者向けに設計された施設のようだ。
「体を動かせる遊びがあるところですよ、セシリアさんには退屈だと思いますが」
体を動かせるといっても、それは日本人の基準での話である。コルコットの住人とは
体の構造がまるで違う。数メートルすら飛べない、魔法も使えぬという者の遊び場は、少々簡易な遊戯なのではないかと勝手な憶測をしてしまう。
「遊び、ですが…んぅ…そうですね、それは対戦型のもありますか?」
「あるんじゃないですかね」
少しの静寂が流れた後セシリアは懐の具合を気にせず、店内にずかずかと入り込む。
興味を持ってもらえたのは何よりだが、もう少し金のことを考えてほしい。
明日からはもやし生活だな。
セシリアの後を続き扉を開けると、辺り一帯は以外にも充実していた。子も大人も楽しめそうだ。
…セシリアは先程から喋らない、彼女にとっては期待外れだっただろうか。
そのような考えに至ると、否定するように不敵な笑みを浮かべる。
「さっきからつまんなそうに喋りかけてこないでください
その陰鬱とした顔、ぶっ飛ばしてあげますよ」
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