第12話「困っています/出前です」
「アリス様、今日の夜ご飯は何ですか?」
「かんぴょう巻き」
「やったー」
刹那の日々を切磋琢磨しながら生きていく私とは対照的に、外に出たくなったら日を浴びて
腹の鳴りが収まらないのなら、懐事情など気にも留めないで価格の高いコンビニで飯を買う。
以前の彼女はもっと凛としていた。その姿にメアリーは見入り専属人として彼女は勤めていた。
だが、今はどうだろう。メアリーも不在、住まいは物置小屋。
そんな現実が彼女を打ち取ったのだろうか、こうして自堕落な毎日を送っているのである。
「セシリアさん、私だって日々の生活で手一杯なんです
そろそろ手に職付けるか家事でもしてください
私は夜遅くまで働いているのにセシリアさんは
毎日毎日ぐーたらぐーたら、以前の威厳ある姿はどうしたんですか」
「で、でもぉ…私はここの世界について良く分からないですしぃ…」
うるうると潤す瞳。悔しいが、いつもこの瞳のせいで何も言えなくなってしまう。
「……という訳で、困っているんです」
頼れる翠川に思わず愚痴をこぼす。以前スマホの機能をテストしていた時のこと。
カメラで撮った、写真に映るセシリアは不貞腐れながらも憎めぬ顔をしており、それがまた私をイラつかせる。翠川は納得したように頷く。
勿論セシリアが異世界の住人であることは黙っておくことにした。親戚の子供という設定だ。
「ありゃりゃ、こりゃなんともちんまい子だねぇ、でも、こんな子には嫌われたくないよねぇ」
「ですよねぇ…でも、偶には家事でもしてほしいもんです…」
溜息をつくと、そこにはもじもじとしながら、こちらをちらちらと見ている翠川の姿があった。
尿意を催したかの如く股間に手をまたがらせている。
「え、なんですか急にもじもじしだして」
「んっとね、アリスちゃんのお家行ってみてもいいかな?とんでも境遇で気になっちゃった」
…最初はぼろい家を見せるのもどうかとやんわりと断りを入れていたのだけれど
家事を代わりにするだの飯を作るだの、押し問答だったので
仕方なく私の家に連れてきちゃいました。
……徐々に色を変え始めた夕日。沈む太陽が地平線に近づくにつれ、オレンジと紫が混ざり合い
幻想的な風景を描き出している。そして、西の空には最後の光が残っていた。
バイト帰りの帰路のこと。気付けば家の目の前まで迫っていた。
「ここがお家?二人暮らしなんて随分立派だね」
古い家だが、そんなことを言ってくれるとは何とも嬉しい限りだ。
風化した木の外壁や、少し傾いた屋根が頑張った証、私もそう思うことにしよう。
階段を上り扉の目の前に迫る。家のチャイムを押そうとするが
魔力感知が反応したのかその前にドアが開く。
出てきたのは見慣れた蒼髪の少女だ。彼女も一目で分かったのだろう
この少女が私の言っていたセシリアだと。
背尻は少し驚いた様子で、すぐにいつもの調子に戻る。
そして一言。ただ一言だけ呟いた。その一言に込められた意味を私は知らないし、知る由もない。
拳をぷるぷると震わせ頬を赤らめ涙目になっている。
…いいや、本当の意味を心の何処か奥底で理解していたのかもしれない。
私は、惨めな住宅であるが、自身と重ねて現実を受け入れてきた。
セシリアは、まだ、現実を受け入れることができていないのだろう。
「なんで、なんで他人の人を連れて来たんですか?!」
「えぇ、駄目でしたか?」
「駄目に決まってますよ!こんなぼろ屋…私たちは腐っても貴族の生まれ……ってむぐぐっ?!」
「すみません!この子ちょっと夢見がちな性格をしているので時々変なことを言うんです!
気にしないであがっていってください!」
「面白い子だね、ははっ、じゃあ遠慮なく~」
「許しません」と声を潜めながら言われた気がする。腐ってもセシリアは貴族の生まれ。
それが原因で、現在進行形で屈辱を感じているのだろう。
「で、セシリアちゃんは何歳なの~?」
「し、失礼な!私はこう見えても成人しているんですよ!」
「そっかそっか、いつの時代も子供は見栄を張りたいもんねー」
自分の家のように寝そべり、くつろぐ様を見せる翠川。なんと傲慢であるかと思ったが
実のところ、それがありがたかったりする。セシリアと打ち解けた今でも、基本家では喋らない。
母様から教えられた貴族の常識が体に染みこんで離れないのか
基本的に、貴族は家族以外の前で気を抜いてはいけないのだ。
まぁなんだ、ここのところ騒がしい日なんて無かったから新鮮だ。
「そだ、アリスちゃん疲れてるだろうし夕食作ってあげるよ、冷蔵庫の中見ても大丈夫?」
台所、浴槽、トイレ、元々は飯を作る約束だった為、こうして至る所を見て回っている彼女。
しかし何処を探しても見つからない。当たり前だ、そもそも買ってないんだから。
辺りを右往左往とする光景が可哀そうと思ったのか柄にもなくセシリアは声を挙げる。
「…この家には冷蔵庫なんてありませんよ」
「え、あ、そかそか、食材買ってくるから待ってね、ガス使うけどお金とか大丈夫…?」
「最近ガス代払えていなくて止められてるんで使えません」
「え、お風呂とかどうしてるの…?」
「基本銭湯行ってます、それ以外は冷水浴びてますね」
「……出前でも頼もっか」
――――――――
香ばしい香りが立ち上り、チーズがとろけているのが見えた。
思わず唾を飲み込み、その溢れ出すチーズとトマトソースを頂く。
一口食べると、口の中に広がるチーズの濃厚な味わいの中に
激しすぎずの主張を誇る甘いトマトソース。焼きたての生地は、まさに「外はカリカリ中はふわふわ」
の名に相応しい食感。次に、トマトソースの甘酸っぱさが口の中に広がり、最後にチーズがとろけて溶け込む。まさにに幸せの玉手箱だ。
「出前ってお高いから、普段は食べれないんだけどねぇ、偶にはいいよねぇ」
手を頬に付きながら恍惚とした様子で食べ進める翠川。セシリアもうっとりと堪能している。
すると、翠川が突如、何かを思いついた様に手を叩く。そして、不敵な笑みを浮かべた。目が合うと、同様に私も小さく頷く。
「セシリアちゃん、学校に行ってみない?」
「学校?」
「セシリアちゃんくらいの年齢の子供が行く場所だよ
勉強したり、皆で体を動かしたりして人との関わりを学ぶ場なんだ」
そう、何か変わればと学校へ行くように促すことが翠川を招いた本来の理由だ。
決して、家事を任せようなんて思った訳ではない、決してだ。
"あーあ、アリス様、聞こえていますか?セシリアです
今、魔法を使って貴方の脳内に直接語り掛けています"
"え、なんですかセシリアさん、前も言いましたがこの世界では魔力の回復が出来ないんですから
むやみやたらに使うのは控えてくださいよ"
”小学校ってあれですよね、子供たちが教育を受ける場所
透明化魔法で以前侵入したことがあるのですが、年齢的にも普通に無理じゃないですか?”
”大丈夫ですよ、セシリアさんの背丈って子供みたいですしバレないと思いますよ”
”そういう話ではないです、嫌なものは嫌なのです”
”あ、そうだ、給食と呼ばれるものにアイスクリームがあるみたいですよ”
「まぁ、そうですね、だらだら過ごすのも悪くはなかったのですが、一応考えときます
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