第13話「学校に行かせます 1です」
手続きは、やはり頼れる翠川様だ。家に訪れた私にも多少の責任があると、費用の負担や色々と難しそうなことを引き受けてくれた。感謝感激、翠川様には缶ジュースの一本でも奢らないと割に合わないことを成してくれた。
「おぉ、赤色のランドセル、可愛くていいじゃないですか」
唯一の私の役目はセシリア用のランドセルを買うこと。
ということで大手のショッピングセンターに来てみた。服を買いに行ったあの店だ。
数々のランドセル、機能性や色合い、デザインなど、選べる品は実に多彩。
しっかし、こんな小物程度しか収納出来なさそうな物に何万も掛けるのかと思うと、今まで働いていた時間が無駄骨のような気がしてしまう…
…が、買わねば何事も話は進まない、これを機にセシリアが良い方向に
向かってくれることを固唾を呑みながら願おう。
「赤って…ガキじゃないんですから、地味な色で良いですよ」
ふんと鼻を鳴らしそっぽを向くも、そんな駄々をこねる時間は無い。
なんせ今日はやることが山積みだ。この程度のことで喚かれても困る。
「いいから、ちゃっちゃと背負ってください」
両手を伸ばし、ぶっきらぼうに赤いランドセルを肘に通して背筋を正させる。
するとどうだ、その体勢のまま硬直して動かない。
強情が嘘のように、赤い顔でちらちらとこちらを見ながら何か言いたげにしている。
「く、屈辱ですー!」ようやく絞り出した言葉は、たったの一言。その姿形、誰がどう見ても
可愛い幼子と言えるだろう。しかし彼女は歳にして三十路である。
三十路というのは、本来ならば男女同棲をしている人も珍しくなく
早ければ、子も身ごもっている歳。母がそんな幼気な恰好をしているのを想像してみてほしい。
そんな背徳感が頭にうごめく中、私は思う。
「可愛い!」
――――――
「はぁ、俺が見ず知らずのガキの為にわざわざ知らない学校に行くのかよ?!」
「一度だけでいいんです!本当に困っているのでお願いします!」
「こんな、こんなガキのお守をする為にわざわざバイト休まねぇといけねぇってのかい!?」
「はぁ?!たかが一市民が、私に反するなど…ふざけんじゃねぇです!」
「お前も一市民だろうが!」
そう、この事態を予想していたから時間を掛けたくなかったのだ。
学校は保護者同伴でなければいけないらしい。少なくとも、この世界に来てから日の浅い私にとって保護者を務めることは難しいだろう。ならどうするか、この世界の常識が備わっていて
尚且つ知人である海人に代役を務めてもらおうという魂胆。
「お願いします、一度だけ、一度だけで構わないんです!あ、焼き鳥も買いますから!」
「いや、買う買わないの問題じゃねぇっつーの…」
無理なお願いをしているのは重々承知。なんせ時間がないのだ。
普通はこんなお願い事、一蹴されてもおかしくはない。
だからこその海人、図々しいなんて私が一番理解している。
「そうですよ!私たちのお願いが聞けねぇってんですか?!」
「さっきからお前は誰なんだよ!」
言い争いはどんどんヒートアップしていく。
周囲など気にも留めず、二人だけの世界がそこにあるようだ。
やんややんや、ぴーちくぱーちく、そんな言い争いをしていては埒が明かない。
だが、疎外な私を侮ってもらっては困る。頑固なセシリアと正反対な性格をしている海人を仲良くさせる為私はこの事態を予想して、予めある準備していたのである。
「そうだ!皆の交流を深める為にパーティーでもしませんか!」
…時は夕暮れ、私の家で結局パーティーをすることになりました。
「折角料理を作ったのに台無しにするんですか?」と泣き落とし作戦を実行したところ
嫌々そうに着いてきてくれた。二度も言うが、図々しいことなど私が一番理解しているつもりだ。
「…で」
不満そうに家中を眺める。しかしそれは内装への不満ではなく目の前に映る品の数々に主が原因のようだ。
「なんですか、もやし美味しいですよ」
野菜は基本値が高い、しかし腹持ちの良いドーナツなどを夕飯に出すわけにもいかない。
うんと悩んで、手に取ったのが、このもやし達である。
「ちげーよ!パーティーっつから来たのになんでよりによってもやしパーティーなんだ?!」
「こんな家、こんな家…他人に見せるのも屈辱ですが少しの辛抱です…」
各々が不満を垂れ流し意味もなく貧乏ゆすりを繰り返している。
反して、忙しなくキッチンでは、夕食の支度が続いていた。
茹でられたもやしが湯気を充満させて、周囲の不満と交じり奇妙な緊張感が漂う。
表面的には平穏を保とうとしているが、正直、私が一番ぎこちなさを覚えている。
なんだよ、もやし美味しいじゃないか。
新鮮で感じたことのない触感に素朴で健康そのものを具現化したような味
うん、実に美味しそうじゃないか。
「まぁまぁ、まだもやし料理ありますから、食べないことには美味しさも分かりませんよ」
「マジのもやし尽くしかよ…」
皿一面のもやし、もやし、もやし。もやしをメインとした料理、もやし以外の食材は見当たらない。
落胆する海人を横目に、百均で購入をした箸を人数分並べて食事の挨拶を言う様促す。
「「「いただきます」」」
まずは、一口。箸でつまんで口に運ぶと、モヤシのシャキシャキとした食感が心地よく広がる。
軽く塩味が効いていて、そこにごま油の香りがふわっと漂う。
シンプルながらも、しっかりとした味付けが施されている。
周りの反応を見るに思った以上に美味だったのだろう、口を押えて悔しそうに他の品も皿に盛る。
…舌鼓を打ちながら思ったのだが、確かにもやしだけのテーブルは少し寂しい。
「やっぱ焼き鳥も買うべきでしたか…」
「いや、それは別にいいよ、お前どうせ金無いだろうなぁと思ってたし」
皆の視線に映る様に、まるで見せびらかしているのかおもむろに箱を取り出す。
嗅ぎ慣れた匂い、何度商店街を通るたび唾液を口の中に満たしたことか。
箱の中からは、焦げ目のついた焼き鳥が顔を覗かせている。
そう、焼き鳥だ。
セシリアも先程から私に向けていた、荒んだ目は瞬く間に輝きを取り戻す。
「ははっ、お前らは単純で良いなぁ…で、まじめな話俺はどうするべきなんだ?
そこまで困っているのなら、手伝ってやらんこともないが俺にだって生活がある
バイトを休むということは、その分貰える金が減るということだ
生半可な思考で俺を利用としてんならお断りだぜ」
「…ここまでしといてなんですが、ぶっちゃけ強制するつもりはないですよ
半分今までのお礼も込めてのパーティーですし、今回のことも不自由な生活を強いられてきた
セシリアさんの為におこなったことですから
私も大人に片足突っ込んでるんで多少なりとも自己解決は出来ます」
今まで思うように利用してきたが、これは事実だ。私だって一端の貴族。
そこまで他人を頼る程落ちぶれてはいない。
私はまだ海人にお礼すら返せていない。別に恩を着せたいわけじゃないが
それでも私と海人の関係性には貸し借り無しが理想だと思っている。
だからこのパーティーは私にとってのチャンスでもあるのだ。
海人が頭を縦に振らないというのなら、それを止める抑止力も無いし従うのみだ。
「はぁ、そんなこと言われてみすみす見捨てる方が難しいぜ
…俺はお前に利用されてきたんだろうが、いいぜ、今回も良い様に利用されてやるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます