第14話「学校に行かせます 2です」
「すみません、待たせちゃいました
というか、本当に助かりました、まさか海人さんが頭を縦に降っていただけるなんて」
あの後、嫌々とした様子だったが、なんだかんだ代役を務めて貰えた。
本当に翠川と海人には感謝しかない。協力し合いながら、物事を進めていくというのは素直に心が幸せで満ちる。
「壊れたゼンマイ人形みたいに言うなよ
別にいいって、ってお前なんかどえらい名家の娘みたいだな」
まじまじと体を凝視される。体つきはいつもと変わらないが
整えた艶のある髪と以前来ていた貴族用の服で雰囲気がだいぶ変わって見えたのだろう。
以前金髪の男に触られた時は嫌悪感を覚えたが、海人に見られるのはあまり悪くは思わない。
容姿からくる自慢話の一つでもしてやろうかと思ったが
その視線はもう一人の幼子程度の背丈の子に目が映っていた。
「…で、お前は相変わらずちんちくりんだな」
「そういうあなたは無理して背伸びしている中坊みたいで可愛いですね」
あぁ、また始まってしまった。二人の喧嘩はいつもヒートアップしていき、周りのこともお構いなしに周りを巻き込んでいく。今に始まったことではないが、毎回二人の喧嘩を見るといつ通報されるのかとはらはらしてしまう。
「あ、もうすぐ始まりますよ、こんなとこで茶番していないでさっさと行きましょ」
「茶番じゃねぇから!」「茶番じゃねぇです!」
…案外気が合う二人なのかもしれないな。
「なんか、俺親になったみたいだなぁ」
「ですね、学校なんて行ったことないから分からないですけど」
「じゃあ言うなよ」という視線が二人から感じられる。仕方ないとしか言えない。
唯一行けたのは魔法学園、名の通り魔法を学び、恋を学び、来る戦争の合間
ささやかな楽しみを見つける為に想像を膨らましていたのに
実際には名ばかりの名義上の在籍を置いて、結局はいつも通り政治に身を置く日々。
戦争など見ず知らず、こんな雑音の響き渡る毎日を送れたら、どんなに幸せなことなのだろうか。
だから、この世界の子供たちにはどうも嫉妬してしまう。
でも、子供たちには、そんなつまらない事に囚われず生きてほしいとも思う。
だから自身の為にも、この世界を謳歌して見せようじゃないか。
そんなことを考えている間も小競り合いが続く二人。というか、セシリアもいつの間にか随分と丸くなっているな。以前は貴族としてのプライドが高くて、私を馬鹿にする奴には鉄槌を下すと、鬼の形相で通り過ぎる人々を睨んでいた気もするが、今はそんな様子は見られない。
そうして二人の声を聞きながら、ある目的地に向かっている。
気付けば洗練された印象を受ける黒色の扉の前にいた。
続く廊下は、淡い光が差し込む心地よい空間で、この空間だけは静けさを感じさせる。
壁に飾られた数々の賞状や、生徒たちの作品が通り過ぎるたびに目に入る。
そして、私たちはついにある一室の目の前に到着した。その扉は重厚で、四隅に金の装飾が施されている。まるで、この部屋が特別な役割を持つことを示すかのように、神聖な雰囲気を漂わせている。
息を吐き、一度瞼を閉じてまた開ける。
二人も先程の喧嘩は存在していないかのように神妙な顔つきを持つ。
扉を開けると、一人の男が佇んでいた。気品のある一般体系の男。
姿は整然としており、身にまとった服は洗練されたデザインで、まさに貴族の風格を感じさせる。
その瞳は深い知性を宿し、優雅さと威厳が同居しているようだ。
「あぁ、ご足労をお掛けしました
えぇセシリアさん、まずはご入学おめでとうございます
この小学校の校長を務める、長谷と申します、以後お見知りおきを」
その声は柔らかく、安心感を与えてくれる。
「早速ですが、質問などはありますか?
今日は顔合わせということで、細かな事情はまた別の日なのですよ」
「えっと、今日転入する訳ではないのですか?」
「いや、今日は軽く見学だけになりますね、実際に学校へ行くことになるのは
もう少し時間を要します」
説明に頷きながら、心には期待と不安が交錯していた。新しい環境への一歩を踏み出す準備はできているが、果たしてどんな日々が待っているのか、想像もつかない。
長谷という人物直々に校内を紹介してくれるのだろうか。彼は既に部屋を離れていた。
それに続くように三人は部屋を出ると、一人の洟垂れ小僧が辺りを陣取っていた。
「お前転校生ってやつだろ!今クラスで話題持ち切りだぜ!どのクラスに転入するのかって!」
校長の長谷ですら苦笑交じり。扉はずっと開きっぱなしだった。
会話が彼の耳に届いていることは間違いない。それにもかかわらず、その子供はそれについて
特に何も言わず、ただその場に立ち尽くしている。
「そうだ、俺が校内を案内してやるよ!」
「え、ちょ、ちょ~!」
強引に引っ張られるセシリアの手を握ろうとするが、その手を引いて守るように立ちはだかる長谷。
セシリアは軽くため息をつきながらも、諦めがついたのか
そのまま彼に引っ張られて、曲がり角に消えていった。
「…張本人が居なくていいのか?」
「良いんですよ、子供というのは元気あってこそ
そうして私はあんな子供たちに元気をもらっているのですから
予想外の出来事がありましたが、今回はお二方を案内するということで」
幸せに満ちた顔で豪快に笑うもんだから、思わず何も言えなくなってしまう。
まぁなんだ、達者でやれよ、セシリア。
――――
…数十分程、海人と長谷と校内を見て回った。
理科室、白い壁を明るく照らし、机の上には色とりどりの試験管やビーカーが整然と並べられていた。
机には生徒たちが実験に使うための道具が並べられ、まるで小さな科学者たちの研究所かのようだ。
体育館、井が高く、バスケットボールのゴールが両端に設置され
いつでも熱気ある試合が行えるように整えられている。
壁には、学校の成績や活動を示すポスターが掲げられ、学生たちの努力と成果を誇示していた。
授業やクラブ活動、さらには学校行事など、さまざまな場面で利用される場所らしい。
その後も音楽室、家庭科室等を紹介してもらった。
時間が限られている為、その後は仕事があると分かれたが
まだまだ数が有り余っているという説明だけ受けた。
「疲れましたね…」
「そうだなぁ、でも、なんだか新鮮だわ」
学校は、今まで在籍を証明するだけの所、という認識だったが
それぞれの大人が仕事という役割を持って、尚且つ設備もしっかりしている。
きっとセシリアも気に入ることだろう。
中身のない会話を繰り返ししていると。
聞き覚えのある三人目の声が廊下に響き渡った。
「あぁぁ、ほっっんとうに疲れました…」
気怠そうにしているのが顕著に分かる。情からは明らかな疲労感が滲み出ていた。
手をだらりと下げ、ゆっくりと歩きながらこちらに近づいてくる。
だがどうだろう。疲労感があるが、その眼に陰りは見えない。
「…好きな子って出来たりしました?」
「なぁ?!」
一応冗談のつもりだったのだが…。
まるで見られたくないかのように目を伏せるの繰り替えしだったもんでついつい口走ってしまった。
三十年間色恋に無縁であった彼女にとっては恋バナなど破廉恥の分類に入るのだろう。
頬を赤らめ露骨に顔を手で隠す。そんな恰好の中、口をもごもごと動かす。
「…大河…「
私は、幼いころに親に捨てられメアリー様に拾われて育ってきました
毎日作法を学ぶ日々だったので、まともに人の手を触ったことが無かったんです
あんなにも、人と触れ合うというのは感情がぽかぽかとするんですね」
その顔は乙女のソレである。思い人を、まるで夢見るかのように見つめ
頬はほのかに赤らみ、瞳はキラキラと輝いていた。
三十路じゃなければなぁ……
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