第15話「学校に行かせます 3です」
「みんなぁ!保護者の方が見ていても、緊張しないで出来るかなー?」
「「「「はーい!」」」
初の授業参観、保護者にとっても子供にとっても大切なイベントである。
普段は見られない一面を知ることで、互いの理解が深まる瞬間でもあるのだ。
一限目と二限目が保護者が同席出来る時間。
赤いランドセルを机に引っ掛け、想像することすら困難な可愛らしい恰好をしているセシリア。
この服は、私の懐事情を察してのことか、翠川がくれたおさがりのうちの一つだ。
そんな彼女を後ろから眺めながら静かに授業を見学していた。
…つもりだったが、周囲の視線が痛いほど刺さる。保護者の、ある女性、それは私である。
以前購入した控えめのシンプルを題材とした服。平々凡々である私が、こんな格好で目立つという方がおかしい。好奇の目に晒されていてもセシリアは普段通りでノートにペンを走らせている。
この姿で特に障碍となるものが現れたとかではない。
時折、生徒から送られるウインクの嵐を受けつつも
授業参観に来れたことに感謝をしながら、私は授業を受けるセシリアを温かく見守った。
子供たちが必死に担任の話を理解しようと静寂が立ち込める中、打ち破るように一人が声を挙げる。
「じゃあ、まずはこの問題分かる人ー!」
先の静けさはどこへといったのやら。
子供は風の子とはよく言ったものである。冬の寒さにも負けず元気よく挙手する子供達。
セシリアも負けじと背筋を伸ばして挙手。その頑張りもあってか、当てられたのはセシリアだった。
…ただ皆に合わせていただけなのか、その勢いは空しく指名されたのが自分だと分かると、セシリアは恥ずかしそうに顔を俯かせながらゆっくりと立ち上がった。
「え、えぇとですね」
「大丈夫だよ、セシリアちゃん、みんなも頑張ってって応援してねー!」
「「「頑張って!セシリアちゃん!」」」
まるで公開処刑。二桁の足し算、これは私でも難問だ。
一桁なら、最近は分かるように私でも、その数十倍の数だと頭を悩ませる。
頬を赤らめうんと悩む仕草をして、更には励ましの声で、ようやくセシリアは先生の質問に答える。
しかし、その答えが間違っていたらしく、先生はセシリアに質問し直した。
すると、セシリアはまたも間違った答えを言ってしまう。
「大丈夫!分からないことは恥ずかしくないよ!人という漢字はそれぞれ支え合っているんだから
他の子が問題を解けなかった時、セシリアちゃんが代わりに教えてあげればいいんだよ!」
良いことを言うじゃないか。普段セシリアは、その支えている方なのだ。
だから分からないことは恥ずかしがる必要はない。私は心の中でセシリアを応援する。
しかし、そんな私の応援は無駄だったようで、セシリアの回答にまたも間違いを指摘していた。
そして、またセシリアは頬を赤らめうんと悩み始める。
「…じゃあ、セシリアちゃんの代わりに発表したい人ー!大丈夫だよセシリアちゃん!次があるからね!」
そんなやり取りを繰り替えして流石に時間を食い過ぎてしまったのか、別の子を担任は指名した。
その後も皆に慰められ、涙目になりながら着席するセシリアを見て、新鮮だなと他人事に思うのだった。
…小学生の休息の時間、五分休みだ。各々トイレを済ませたり雑談を交わす時間。
次の時間は体育だ。そんな欲求に蓋をして、黙々と準備を進める。
低学年ながらやるべき事を正確にしているのは素晴らしいことだと思う。
ちんまい立派な子たちが着々と教室から退出して前方に整列する中
ただ一人が居残り不敵な笑みを浮かべていた。
見慣れた顔に背丈、そのあくどい顔は、あまり他人事として避けていたい。
内心嫌気が差すが、そう、セシリアだ。限られた時間、純粋無垢に笑みを浮かべて保護者の元
に駆け寄る子たちとは打って変わって大人特有の好ましくない考えを持った顔で近付いてくる。
「アリス様、先は情けない姿を見せてしまいましたが、次はそうともいきませんよ」
鼻を鳴らし、そんなセリフを場に残し教室を後にした。周りの大人は開いた口が塞がらない。
「面白い子だけど、大変そうねぇ」
同情を誘うように他の人々が体育館に向かう中、一人の女性が歩み寄ってくる。
「えぇぇと、お名前は…」
「大空と申します、これからよろしくお願いしますね」
大空…何処かで聞いたことある名前だ。
初対面の相手にそんなこと思うのも杞憂なのでネットで拝見しただけだろうと頭の隅に追いやる。
「ですよね、あの子には本当に苦労するばかりです」
他愛もない話をしながら階段を降りて体育館を目指す。
到着した時点で準備体操が終わっていたようで、最初に見えたのはスタートの体勢を整えるセシリアだった。何時になく「マジ」の目だ。合図とともに桁外れの速度で走り始めるセシリア。
力を抜いていることだけは分かる。なんせセシリアが本気を出した日には地が抉れるのだから。
それでも、速い。速度は徐々に増していき、人間離れ一歩手前で踏みとどまる。
他の誰もが追いつけない中、そんな些細なことには目もくれず
当然のことだが圧倒的な差をつけて勝利を勝ち取ったのだった。
「はは…本当に、あの子面白いね…」
苦笑交じりの大空の顔を見て、私も思わず釣られて苦笑いを浮かべていた。
―――――
「ふー…本当に疲れましたよ」
疲弊した声を挙げるセシリアに自販機で購入した缶の飲み物を放り投げる。
巧みに受け取り活気のある音と共に蓋を開ける。
「お疲れ様です、そういえば前々から気になっていたのですが冬休みの予定とかってあるんですか?」
「えっとですね、大河くんが初詣に行こうって言ってくれまして、予定の日になったら家に来てくれるみたいなんです、もしかしたらくんと二人で行ってくるかもしれません」
…大河……あぁ、思い出した、大空と名乗る女は、セシリアの恋しているであろう「大空大河」の母だ
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