第18話「雪合戦です/おもちです」

「もーいーくつねーるーとーおーしょーうがーつー」

そんな歌が通り過ぎる幼子から聞こえる今日この頃。私ことアリススコットは腹を空かせていた。

昨日の出来事など腹が喚くもんだから気に留めることもできない。


しかし、思い老けてみると一生の忘れない出来事となるだろう。

ヴァルガン・ギアが去った後、世界は以前の状態に戻り美しい夕焼けが空に広がっていた。

いつものように世界は進む。たったひとつだけ、変わったことと言えば

セシリアが魔法を使えなくなったことだ。魔力の充満するコルコットに戻らない限り

一生使えることは無い。私の手も、後遺症は残らないものの生涯火傷跡が残るとセシリアから言われた。


「今日のお昼ご飯、何にしましょうかね」


考えても仕方ない、今は頭の隅から手放そう。

正月と呼ばれるおせちやお雑煮など豪華な食事を卓を囲み食う一月一日、そんな日が近づいていた為

お正月特有の食材をどの様にして使うか、そのプランに頭を悩ます日々だった。


金無し調理器具無しというのは、かなり苦しい状況であることが誰の目から見ても伺える。

なんせ一番の問題は金だ。ランドセルを買った日から家計は火の車状態。

正直言って今日のお昼ですら水で凌ぐか悩む程。


「って痛!」

頭を悩ませていると、突如として後頭部に鈍い音と共に痛みが押し寄せてくる。

打撲した部位を押さえながら振り返ると、複数の子の憂慮とした声が響いていた。


「あぁ!すみませんアリス様、わざとではないんです!」

そこには、いつものセシリアと、複数の男女、そしてセシリアの恋する大河が滞在していた。


子供たちに混ざって何してんだという思いもあるが、正直、ほっとしていた部分もある。

彼女にとって誇りである魔法のはずなのに、彼女自身が泥を塗ることになったのだから。


「あぁ、お前がセシリアの言っていたアリスか!」

「大河君でしたっけ、いつもうちのセシリアがお世話になっております」

「ちょっと、大河くん!今人とお話してるんだからこっち来ないでよ!」


「お前、セシリアの言ってたアリスってやつだな!聞いてるぜ!頑張り者で尊敬してるって!」

「もぉー!大河くんったら!」

セシリアも満更じゃなさそうだし、悪い事ではなさそうだな。

少し恥ずかしそうに頬を染めるセシリアの、その反応に、周囲も微笑ましい空気に包まれた。


皆に軽く会釈を済ませ、その場を立ち去ろうとしたが大河に呼び止められた。

目が楽しげに輝き、腕にしがみつき、ぴったりと寄り添っている。

少しの立ち話を所望しているのだろうか、困惑していると、大河が切り出した。


「だから、そんなお前にご褒美をやる!一緒に雪合戦しようぜ!」


――――――――――――


「そういえば、セシリアさんと真剣勝負をするのは二度目ですね」

「えぇ、ラウンドニャン以来でしょうか、今度こそ叩きのめしてあげますよ」


辺りは静寂に包まれる。まるで、嵐の前の静けさのように。


開始の合図とともに、セシリアが雪を形作り、こちらに投げつけてくる。

速度、威力、共に申し分ない。まさに熟練の技。雪玉は空気を切り裂き、それは目にも留まらぬ速さ。

瞬時に反応し、私は身をかわす。その風圧だけで、雪玉が掠めるような感覚に襲われる。

巧にかわした雪玉は、破裂する。爆炎、火炎、名にふさわしい粉塵が舞い、視界を覆い尽くす。


次々と挙がる悲鳴の声と雪玉の衝突する音。


セシリアの狙いは最初からこれだったのだ。視界が塞がる。一方的に蹂躙される様、この一瞬をセシリアは待ち望んでいたのだ。


しかし、私だって負けてられない。相手に呼吸を合わせることこそが勝つための常道だ。

セシリアは、私の呼吸のリズムを完全に把握している。


呼吸を読もうと躍起になるが、完全に逆効果だということを気がついた時には手遅れだった。


煙が地に伏せ、視界が開けた、そのわずかな瞬間、セシリアは間近に迫っていた。

腹部に雪玉のぶつかる鈍い音が響く。同時に、その衝撃で割れて白い粉が舞い散った。


その場に座り込む私に対してセシリアは手を差し伸べる。その手を掴み、立ち上がる。

そして、私が口を開く前にセシリアが言う。

「これは試合だ」と。

この程度では勝負など決まらないと。だから私は手を緩めなかったし、セシリアも緩めなかった。


「はーい皆そこまで!」


一人の女が手を叩く。それは、試合の中断を意味する。

その合図にセシリアは構えていた手を下ろす。私もそれに倣う。


「あれ、大河くんのお母さんじゃないですか」


「あら、アリスさん!久しぶりですねぇ!」


私に対して、にこやかに挨拶をする。彼女と私は面識があった。

しかし、なぜこの人がここに居るのか。


「こんにちわ、優子ゆうこさん、準備が整ったんですね」

「えぇ、ちゃんと皆分作ってあるわよ、そうだ、アリスさんもご一緒にどうです?」


疑問が頭に浮かぶ。そもそも、何故、彼女がここに居て、セシリアと仲良くしているのか。

記憶を巡らすも、頭を悩ます問題は解消することが無かった。


否定しようにも、皆は既に優子の前に整列していた。

セシリアですら、目を輝かせて、まるで子供のようだ。


手を招かれる、唯一呆然と立ち尽くしている私に、甲高い小さなブーイングの嵐が巻き起こる。

こんな状況下で退散するのも気が引けるので、流れに身を任せる事にした。



霰が全身を伝う、梅雨模様の空が何時までも、地平線のどこか遠くまで続いている。

霜焼けの手を擦り、まつ毛の先まで凍る瞼を開くと、一つの一軒家が佇んでいた。


真っ赤になった親指を口元に寄せ、ほぅと息を吐く。白い息が弧を描き、直ぐに風に吹き消した。

家は煉瓦造りの木造平屋で、屋根には煙突が立っている。


玄関先には小さなプランターが並んでおり、そこには咲き誇る花が所狭しと並んでいた。

花々はどれも色とりどりで、赤や青や黄色に白など様々だ。


花の香り、他一つの冷える心をかき消す、優しい匂いが劈く。

導かれるように根源を辿ると、キッチンには輝く白い物体。


思わず卓を囲み、相槌を打って手を合わせる。


「「いただきます」」


白くて艶の良いおもちが並んでいる。光を受けて、柔らかな表面はほのかに輝き、まるで小さな宝石のようだ。ひと口頬張ると、もっちりとした食感が口の中に広がり、甘さと旨みが絶妙に絡み合う。


心地よい弾力は、冬の日々を思い起こさせる。寒空の下、ほんの少しの温もりを

求めて家に帰る日が必ずあった。このおもちもは、そんな思い出に通ずるものがある。


思い出に浸りながら、皆と同じ様にお餅を次々と頬張った。

おもちの中には、こしあんの甘さや、香ばしいきな粉

あるいはちょっぴり塩味の効く醤油でも良いかもしれない。


「おもち美味しいですねぇ」

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ご貴族様の異世界食べ歩きトラベル~箱入りお嬢様は日本の料理を食べ尽くします~ さばサンバ @sabasanba

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